9月になり、今日はルーカスが転園した幼稚園に初めて当園する日だ。
新調したアイアンマンのリュックを背負ったルーカスは、車から勢いよく降り立つと、続けて出てきた両親と手を繋ぎスキップしながら歩き始めた。
「ペッパー…ルーカスは大丈夫なのか?」
不安げなトニーに、ペッパーは夫を安心させるように微笑んだ。
「前の幼稚園ではね、すぐにお友達が出来て、毎日楽しく通ってたから、大丈夫よ」
トニーたちが教室に入ると、途端に部屋は黄色い歓声に包まれた。何と言っても、あのトニー・スタークが教室にいるのだ。
園児達はさる事ながら、新年度の初日だからと付き添いでやって来ていた保護者は、トニーの姿に色めきだっていた。
が、トニーもこんな状況には手馴れたもので、ふんっと鼻を鳴らすと、見せつけるようにペッパーにキスをした。と、部屋中はため息に包まれた。
てっきり独身を謳歌すると思っていたトニー・スタークが、今や妻帯者。しかも息子までいるのだ。妻の座は無理でも、あわよくば一夜を共に…と考えていた者は、トニーのペッパーに対する愛情表現を目の当たりにし、付け入る隙がないと、ガックリ頭を垂れた。
一方のルーカスはと言うと…。
この数カ月で、父親の人気の凄さは実感した。自分と同じようにアイアンマンのファンの子供たちが大勢おり、外出先でも父親はサインや写真撮影に幾度となく応じていたからだ。勿論大人たちにも父親は人気なのだが、それがどうして女性の方が多いのか、そして隙あらば抱きついたりキスをしようとしてくる女性がいるのかも、幼いルーカスにはよく理解出来なかった。
今も母親たちはトニーを羨望の眼差しで見つめているし、幼稚園の先生までもが、目をキラキラさせているではないか。
(パパにはママがいるのに!)
頬を膨らませたルーカスだが、先生が名前を呼び始めると姿勢を正した。
「ルーカス・スタークくん」
「はい!」
初日にも関わらず、堂々と返事をするルーカスをトニーもペッパーも誇らしげに見つめてた。
***
頭も良く、優しく格好いいルーカスは、あっという間に幼稚園で人気者になった。
『ルーカス・スタークくんは、みんながしらないこともしってるし、たのしいおはなしをたくさんしてくれる』と園児の間であっという間に広まった噂のおかげで、ルーカスの周りには常に大勢の園児たちが集まるようになっていた。が、ルーカスは決して人気を自慢するような子供ではなく、誰にも優しく接しているのだから、彼はますます人気者になっていった。
ルーカスの一挙一動に、特に女の子たちはうっとりと彼を見つめるようになったのだが、それを快く思わない者もいた。それは、去年まで園内での人気を独占していたビクターくんという男の子だった。ルーカスよりも1つ年上のビクターくんは、ハンサムでカッコいいのだが、乱暴者だった。その取り巻きの男の子たちも本当はビクターくんのことが嫌いなのだが、逆らえばいじめられるため、仕方なく仲良くしているふりをしている子も多かった。
「スタークとはなかよくするな」
ビクターくんが言うのだから、男の子たちは従わざるを得なかった。次第にルーカスと仲良くする男の子は、減っていったのだが、それでもルーカスと本当に仲良くしたいと思った数人の男の子は、その命令に従わず、今や園内の男の子たちは、ビクター派とルーカス派に分断されている状態だった。
だが、ルーカスはそんな状況に気づいていなかった。というのも、ルーカスは何とかビクターくんとも仲良くしようと考えていたのだ。
「どうしてビクターくんは、ぼくとおはなししてくれないのかな?」
ある日ルーカスは、一番の友達になったウィルくんにそう聞いてみたのだが、ウィルくんは気まずそうに答えた。
「ビクターくんね、ルーカスくんのことがきらいなんだよ。ビクターくんはいちばんにんきものだったけど、ルーカスくんがきてから、ビクターくんはにんきものじゃなくなったから。ルーカスくんはやさしいから、ほんとうはね、みんなルーカスくんとなかよくしたいんだよ。でもね、ルーカスくんとなかよくすると、ビクターくんがおこるんだ…」
つまり、入園したばかりの頃、仲良くしていたお友達が仲良くしてくれないのは、ビクターくんが命令しているため。そのことにようやく気づいたルーカスは、まるで父親のように眉を吊り上げた。
「そうなんだ…」
そう言うと黙ってしまったルーカスだが、皆と仲良くする良い案は浮かばない。帰ったら両親に相談してみようと考えたルーカスは、大好きな工作の時間になったため、席に付いた。
「今日は、お父さんやお母さんにプレゼントを作りましょう」
何でも好きな物を作っていいと言われ、ルーカスは母親にあげるビーズのネックレスを作り始めた。器用なルーカスはあっという間にネックレスを作り終え、今度は父親にあげようとメダルを作り始めた。
トニーの似顔絵をメダルに描き終えたルーカスだが、見ると他の園児達はまだ1つ目を作成中だ。そこで、生まれてくる妹にもビーズのネックレスを作ろうと、ルーカスが作り始めると、隣に座っていた女の子がルーカスに声を掛けた。
「ルーカスくん、じょうずだね」
隣に座っていたのは、リリーちゃんだ。ルーカスより1つ年下のリリーちゃんは大人しいが、可愛くて優しく幼稚園でも人気者だ。実はリリーちゃんは、ルーカスにすっかりお熱で、何とか仲良くなろうと、勇気を振り絞って声を掛けたのだ。
ネックレスを褒められたルーカスは嬉しくなり、リリーちゃんに向かってニッコリ笑った。
「リリーちゃんにもつくってあげようか?」
「いいの?」
憧れのルーカスにそう言われたのだから、リリーちゃんは頬を真っ赤に染めた。
「うん。ちょっとまっててね」
そういうと、ルーカスはあっという間にネックレスを作り上げた。
「はい、どうぞ」
そう言うと、ルーカスは出来上がったネックレスをリリーちゃんの首に掛けてあげた。
頬を赤く染めたリリーちゃんは、嬉しそうに微笑むとネックレスを見つめた。
「ありがと、ルーカスくん」
そう言うと、恥ずかしそうにリリーちゃんはルーカスの頬にキスをした。
突然キスされ、ルーカスは面食らった。前の幼稚園では、ルーカスのことが好きだと言う女の子は、よくキスをしてくれていたが、この幼稚園に来てから日が浅く、そういう女の子はまだ現れていなかったのだ。
よく見ると、リリーちゃんは可愛らしかった。くるっとした大きな目も、それを縁取る長い睫毛も、色白の肌も…まるで絵本に出てくるお姫様のようなリリーちゃんの存在を、ルーカスは突如意識するようになった。そして2人はお弁当も一緒に食べ、急接近していった。
夕方になり、お迎えの時間になった。
園庭のベンチに座り手を握り合っていると、門の前に真っ赤なAudiが停車した。
「あ、パパだ!」
珍しく父親が迎えに来たと、ルーカスは勢いよく立ち上がった。
車から降りた父親が手を振りながら近づいてきた。会社からそのまま来たのだろう、サングラスを掛けスーツを着た父親は格好が良く、すれ違う母親たちは羨望の眼差しでトニーを見つめていた。
「リリーちゃん、バイバイ」
リリーちゃんに手を振ると、立ちがったリリーちゃんはニコッと笑った。
「ルーカスくん、バイバイ」
そう言うと、リリーちゃんはルーカスの頬にキスをし、ギュッと抱きついた。
「うん、リリーちゃん。またあしたね」
リリーちゃんの背中を撫でたルーカスは、彼女の頬にチュッとキスをすると、トニーの元に走った。
迎えに来たトニーは、ルーカスが女の子とキスをしているのを目撃し、卒倒しそうになった。
「パパ!」
嬉しそうに飛びついてきたルーカスを抱き上げたトニーだが、彼は動揺を隠せないまま車に向かって歩き出した。
「る、る、ルーカス…さっきの子は…」
いつになく声を震わせている父親を不審に思ったルーカスは首を傾げた。
「リリーちゃんだよ。ぼくのこと、すきなの」
「そ、そうか…」
大汗をかきながらもルーカスをチャイルドシートに乗せたトニーは運転席に座ると車を発進させた。
「ルーカスはどうなんだ?その…リリーちゃんのことを…」
息子から聞いた前の幼稚園での出来事を思い出したトニーが恐る恐る聞いてみると、ルーカスはニコニコと笑いながら話し出した。
「ぼくもね、リリーちゃん、すきだよ。リリーちゃん、とってもやさしくて、かわいいんだよ」
確かに遠目で見たリリーちゃんは、色白で目鼻立ちもハッキリした、所謂美少女だった。
「ねぇ、パパ。ぼくね、リリーちゃんとこいびとになりたいんだけど、どうすればいい?」
ギョッとしたトニーは、信号無視をしそうになり、慌てて急ブレーキを踏んだ。
まさか幼稚園児の息子に恋の相談をされるとは考えてもみなかった。
「ルーカス…その…まだ早いんじゃないか?」
そう告げてみたが、ルーカスはため息を付くと首を振った。
「でも、ぼくね、リリーちゃんのことあいしてるの。リリーちゃんをね、およめちゃんにしたいの。リリーちゃん、ぼくの『ペッパー』になってくれないかな?」
出会って間もない…しかもまだ幼稚園児同士なのに、結婚したいとは…と、トニーは頭を掻きむしりたくなったが、所詮はまだ恋愛が如何なるものかも分かっていない、幼い者同士なのだ。本気にする必要はないと考え直したトニーは、咳払いをすると車を発進させた。
「ルーカス…その…リリーちゃんをお嫁さんにするのは、恋人になって、もっとお互いのことをよく知ってからでもいいんじゃないか?」
父親の助言にうーんと考え込んでいたルーカスだが、大きく頷いた。
「そうだね。パパのいうとおりだね」
その夜。
ルーカスを寝かしつけリビングに戻ってきたペッパーに、トニーは車中での事の顛末を話すことにした。
「ルーカスに好きな子が出来たらしいぞ」
そう切り出すと、目を丸くしたペッパーは飛び上がると、急いでトニーの隣に腰掛けた。
「リリーちゃんという子らしい。向こうもルーカスのことが好きだそうだ」
「そ、そう…」
動揺しているのか、ペッパーは何度も瞬きすると、気持ちを落ち着かせるように大きく深呼吸した。
「ルーカスに聞かれたよ。リリーちゃんと恋人になりたいが、どうすればいいかと…」
やれやれと首を振ったトニーは、ペッパーを膝の上に座らせると首筋にキスをした。
「まさかこんなに早く息子から恋愛相談をされるとは…」
「あなたの血筋かしら?」
クスクス笑い出したペッパーに、トニーは肩を竦めた。
「おい、ペッパー。さすがの私もルーカスの年の頃からオンナを口説いてはないぞ?」
そう言いながら、ペッパーのお腹に手を当てたトニーは、囁くように娘に声を掛けた。
「頼むからお前だけはずっとパパだけのお姫様でいてくれよ?」
と、お腹の中の娘が動いた。娘はまるで父親に同意するように、トニーの掌を蹴り始めた。
「いい子だな。パパの言うことが分かってくれたらしい」
誇らしげに言うトニーに、ペッパーは苦笑い。
「あらあら、この子が産まれたら大変ね」
「当たり前だ。変な虫がつかないよう、ルーカスにしっかりガードさせないといけない」
ふんっと鼻を鳴らしたトニーだが、ペッパーと顔を見合わせると笑い始めた。笑いながらキスをし始めた2人は、次第に貪るようなキスを繰り返し始めた。
「ん……」
キスの合間に吐息を漏らしたペッパーは、トニーの耳朶を軽く噛んだ。
「ここじゃいや…」
妻に囁かれたトニーは彼女を抱き上げると、キスをしながら寝室へと向かった。
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