「ママ!」
いつもよりも少し遅めのお迎えに、幼稚園の玄関ではルーカスが座り込んで待っていたが、彼は母親の姿を見ると手に持っていた物を自慢するように走ってきた。
「ママ、あのね。トニーにこれ、つくったんだ!」
それは厚紙で作ったアイアンマンだった。
「あら、上手に作ったのね」
「うん!」
母親に褒められキラキラと瞳を輝かせたルーカスだが、その母親は良い事でもあったのか、子供のルーカスから見てもとても幸せそうだった。
「ねぇ、ルーカス。トニーのお見舞いに行く?」
母親の口からトニーの見舞いに行こうという提案が出たのには驚いたルーカスだが、こんなチャンスは滅多にないかもしれないと、彼は喜びのあまりその場で飛び上がった。
「うん!」
病院に到着すると、そのまま走って行きそうなルーカスを押しとどめるように手を繋いだペッパーは、ゆっくりと歩き出した。
先ほどの2人きりの時間を思い出すと、身体の奥底が疼いてしまう。トニーといるとどうしても1人の女性になってしまうのだが、今は小さな息子がいるのだ。母親としての顔を引っ張り出したペッパーは、いつの間にか到着していた病室のドアをノックするとそっと開けた。
「トニー!」
ベッドに駆け寄ったルーカスに、目を覚ましていたトニーはニヤリと笑いかけた。
「よう、ルーカス。元気にしてたか?」
トニーの顔色は先程よりも悪い。容態はどうなのか本人に聞こうとしたペッパーだが、ルーカスが楽しそうにトニーに話しかけているのを見ると、後にしようと口を噤んだ。
「あのね。これ、ようちえんでつくったの。トニーにあげる!」
アイアンマンを差し出したルーカスと、それを受け取ったトニーの笑顔はそっくりだ。
「凄いな、上手にできてるじゃないか」
憧れのヒーローに褒められたのだ。ルーカスは嬉しくてたまらなかったのだが、それを見守る母親も今朝までとは違い嬉しそうで、2人とも機嫌の良い今なら、本当のことを教えてくれるかもしれないとルーカスは考えた。
「ねぇ、トニー。きいていい?」
遠慮がちに聞いてくるルーカスの頭をくしゃっと撫でたトニーは大きく頷いた。
「あぁ」
ニコニコしているトニーに安心したルーカスは、母親に聞くとまたはぐらかされるかもしれない質問をトニーにぶつけた。
「トニーとママはおともだちだったの?」
トニーは思わずペッパーを見た。
一体どう説明すればいいのかと、困惑するトニーだが、ペッパーはここに戻ってくる間に覚悟を決めていた。息子に真実を話そうと。
そしてきっとトニーは受け入れてくれると信じていた。
ベッドサイドの椅子に腰を下ろしたペッパーは息子を膝の上に乗せると言葉を選びながら話し始めた。
「ママとトニーは…一緒に働いてたの。それからね、一緒に暮らしてたの」
目を丸くしたルーカスは、トニーとペッパーを交互に見つめた。
黙ったままのトニーは視線を伏せているが、きっと言葉に詰まれば彼は手助けしてくれると、ペッパーは信じ話し続けた。
「ママとトニーは愛し合ってわ。トニーはね、いつだってママの世界の中心だったの。ママはトニーのためなら、何だってしてみせるってずっと思ってたわ。トニーも…ママのことを命を懸けて守ってくれたの。だけどね、トニーはアイアンマン。アイアンマンの敵は沢山いるの。だからトニーはママを守るために…お別れすることになったの」
ルーカスはいつになく真剣に話を聞いている。
「トニーとお別れして…ママは一人ぼっちになってしまったの。だけどね…それからすぐに一人ぼっちじゃないって分かったの。ママのお腹には…赤ちゃんがいたの…」
「あかちゃんって…ぼくのこと?」
トニーに似て聡明な彼は、話をきちんと理解しているようだ。
「そうよ…」
ルーカスの頭を撫でたペッパーは、すぅっと息を吸いこんだ。
トニーは相変わらず視線を伏せたままで、その手は小さく震えていた。おそらく、ルーカスがどのような反応を示すか分からず怖いのだろう。
(大丈夫…大丈夫よ、トニー。だってこの子はあなたの子だから…)
心の中でそう囁いたペッパーは、ルーカスの手を取るとトニーの手の上に重ねた。そして自分の手もその上に重ねると2人の手を両手で包み込んだ。
「ルーカス、トニーは…あなたのパパよ」
ゆっくりと一言一言噛みしめるように告げると、ルーカスは何度も瞬きをした。
そして母親とトニー…いや、父親の顔を見比べると、もう一度母親に顔を向けた。
「トニーが…ぼくの…パパ?」
驚いたように口を覆ったルーカスの瞳には戸惑いの色が浮かんでいたが、次第に喜びの色が濃くなってきたではないか。
「そうよ。あなたのパパ…。世界でたった1人の…あなたのパパよ」
母親の言葉にルーカスが大きく頷いた。そして彼はトニーに顔を向けると、上目遣いで父親を見つめた。
「トニー……。ぼくのパパなの?」
ルーカスの言葉に、トニーはようやく顔を上げると息子を見つめた。
「あぁ、そうだ」
父親の力強い視線と言葉に、ルーカスは彼が本当に自分の父親なのだと確信した。が、何故今まで黙っていたのだろうかという疑問が彼の小さな胸に襲いかかった。
「パパなら…どうしてぼくにあいにきてくれなかったの?」
口を尖らせたルーカスは、ぐすっと鼻を啜った。
「ぼく…ずっとパパにあいたかったのに…」
彼の大きな瞳には、みるみるうちに涙が浮かび、息子の涙にペッパーとトニーは胸が痛んだ。
「ルーカス、違うの。ママがね、パパに知らせなかったの。パパはあなたのこと、知らなかったの。ママが意地を張ったせいで…パパはあなたに会うまであなたのことを知らなかったの…。ごめんなさい、ルーカス…」
「いや、ペッパーは…ママは悪くない。悪いのは…パパだ…。君たちを守る方法は他にもあったはずなのに…。ペッパー、君のことを傷つけてしまった…。すまなかった、ペッパー…。それから、ルーカス…許してくれ…」
お互い謝ってばかりの父親と母親を見つめたルーカスは、涙を拭った。
どうやらパパとママは子供の自分には難しい事情で別れ、今まで会えなかったらしい…と理解したルーカスは、トニーの手をそっと握りしめた。
「パパ…ぼくにあえてうれしかった?」
息子の言葉に、トニーは今日一番の笑顔を見せた。
「もちろんだ。出来ることなら、お前が産まれる前に戻りたいくらいだ…」
こんな父親の笑みは見たことがなかった。テレビで見るアイアンマンは、いつも悲しそうな顔をしていた。だが目の前で笑っているトニー・スターク…いや父親は本当に嬉しそうで、顔を歪めたルーカスは大粒の涙を流し始めた。
「パパ……。ぼく……。トニーがぼくのパパでよかったよ…」
泣きだしたルーカスは腕を伸ばすとトニーに抱きついた。声を上げて泣き始めた息子の小さな身体を抱きしめたトニーの目からも涙が零れ落ちた。
(ようやく大切な物を取り戻すことができた…。間に合ってよかった…)
大きく深呼吸したトニーはペッパーに向かって腕を伸ばした。
その手を握りしめたペッパーも、涙を流し喜んでくれている。
「ペッパー…愛してる…。よかった…。君にまた愛してると言えて…。それから、ルーカスにも…。私たちの息子にも会えて良かった…」
4年間離れていた時の想いを吐き出すかのように、トニーは何度もペッパーに向かって『愛している』と言い続けた。
「私も…愛してるわ…」
トニーに抱きついたペッパーは彼に何度もキスをしながら祈った。
この幸せが今度こそ永遠に続きますように…と。
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