Until the last moment⑤

それから数日後。
幼稚園にルーカスを送り仕事に向かおうとしていたペッパーの元にハッピーからメールが届いた。
『一応知らせておく。ボスが意識を取り戻した』

ペッパーは迷った。このままもうトニーとは会わない方がいいのかもしれない。
だがあの日、ハッピーからトニーの話を聞いたペッパーはずっと一人で考えていた。
このままお互い何事もなかったかのように生き続けるべきなのかもしれないが、こうやって再会したということは、そろそろ自分の気持ちに素直になれということなのかもしれないと。そしてそれはきっとルーカスにとっても良いことになるだろうから…。
(きっと神様が与えてくださったチャンスなのよ…)
そう考えたペッパーは、仕事先に今日は休むと連絡すると、病院へ向かった。

まさかペッパーが来るとは思っていなかったのだろう。
ペッパーの姿を見たトニーは言葉を失ってしまった。
トニーの顔色は酷く悪い。それに息苦しいのか何度も大きく息を吸い込んでいる。
「大丈夫?」
不安に眉を潜めたペッパーは椅子に座ると無意識のうちにトニーの手を握りしめた。ペッパーの手は共にいた頃と変わらず温かく、懐かしい感触にトニーは少しだけ頬を緩めた。
「あぁ…」
目を閉じたトニーは久しぶりに心が晴れ渡る気がしたが、2人きりという状況はどうも居心地が悪い。
「ルーカスは?」
彼にとって今やペッパーと同等に大切な小さな存在が見当たらないことに気付いたトニーは、繋いだ手をキュッと握り返した。
「幼稚園に行ってるわ」
「そうか…」
トニーの残念そうな声色に、今の彼なら絶対に全てを受け入れてくれると感じたペッパーは、自分の想いを話すことにした。
「あの子…日に日にあなたに似てくるの…。寝顔はあなたにそっくりよ…。生まれた時からアイアンマンが大好きで…。それに…教えてないのに、ロボットを作り始めたわ…。あの子ね…本当に父親にそっくりなの」
トニーは視線を伏せ黙ったままだ。
「妊娠が分かったのは…あなたと別れてすぐよ…。あなたに知らせようと思った…。でも、あなたは私を捨てた…。私から…仕事も何もかも奪った…。だからあなたのことが…憎くて堪らなかったから…知らせる必要はないって思おうとしたの。でもね…あの子を見る度に…あなたを思い出した…。あの子、あなたに何もかもがそっくりだったから…。だからあの子を見る度に、あなたが恋しくて堪らなかった…。それにね、気づいたの。あの子が生まれて…守るべき存在が増えて、ようやく気付いたの。あなたは私を守るために…自分が悪者になって、私を捨てたんだって…。だからね…本当は何度もあなたに連絡を取ろうかと思ったわ…。1人で戦うあなたを見る度に…。でも、出来なかった…。あなたの思いを…あなたが選んだ道を…無駄にしたくなかったから…」
ペッパーの目から零れ落ちた涙がトニーを手を濡らしていった。トニーの目にも薄っすらと涙が浮かんでおり、その涙を隠すようにトニーはギュッと目を閉じた。涙を拭ったペッパーは、トニーの手を両手で包み込むと甲にそっと口づけした。
「でも…間違ってたわ…。私ね…あなたのこと…忘れたくても忘れられなかったんだって…。この間、あなたと再会して…あなたのこと…憎らしいほど愛してるって…あなたは私の人生そのものなんだって気付いたの」

つまりペッパーは自分のことをまだ愛してくれており、やり直したいと考えているのだろうか…。だがそれは、ペッパーを苦しめることになるかもしれない。彼女とやり直したところで、結局自分は今の生き方を変えることはできないだろうから…。
それでもトニーは伝えたかった。彼女を愛していることを…。決して嫌いになり別れを決断した訳ではないことを…。それを伝えられるのはおそらくこれが最後のチャンスだから…。

何度か深呼吸したトニーは、ペッパーの目をしっかりと見つめた。
「ペッパー…。あの日…君に会ったのは…偶然ではないんだ。社員に、君を偶然見かけたと言われ、君のことが気になって…様子を見に行ったんだ…」
偶然を装っていたあの再会が偶然ではなかったと知り、ペッパーは目を少しだけ丸くした。
「ペッパー…君のこと忘れられなかったのは…私も同じだ。私が愛してるのは君だけだから…。だが…もう遅いよな…。君は新しい人生を歩んでいる…。平穏で幸せな人生を…。だから、君とルーカスを危険に晒す訳にはいかないんだ…」
自傷気味に笑ったトニーは、ペッパーの手を離すと頭を下げた。
「すまない、ペッパー…。本当にすまない…。私は馬鹿な男だ。君を傷つけた上に、さらに君のことを傷つけようとしている…。これ以上、君の人生に私は存在してはいけないんだ…。だからペッパー、もう2度と…君とルーカスには会わない…」
頭を下げ続けるトニーは震えていた。必死で自分の感情を押し殺し、とにかくペッパーとルーカスのことだけを考えている彼の姿に、ペッパーは胸が締め付けられた。

思いは今も同じなのに、すれ違ってしまった道はもう元に戻らないのだろうか…。
いや、それは違う。トニーが自分たちを守りたいように、自分もトニーを守りたいのだから…。そしてそれはきっとルーカスも同じはず…。
今ならまだ間に合う…。この再会はきっともう一度やり直しても大丈夫ということなのだから…。

堪らなくなったペッパーは、ベッドに腰掛けると小さく震えるトニーをギュッと抱きしめた。
「トニー…あなたはいつだって私の世界の中心なの…。このままルーカスと2人で生きていくのも道なのかもしれない。だけどね、違うの。私の心にはね、大きな穴が開いたままなの。あなたがいないと、その穴は埋まらない…。だからお願い…。そばにいさせて…。あなたのこと…愛しているの」
何と言うことだろう。ペッパーは全てを赦し、再び自分を受け入れようとしてくれているのだ。
彼女に悲しみと苦しみしか遺してやれないと思っていたが、つかの間でも愛情と喜びを遺すことを神は御赦しになるだろうか…。
「ペッパー…愛してる…」
ペッパーを抱きしめたトニーは唇を奪った。
4年ぶりのキスに、ペッパーの目からは嬉し涙が流れ落ちた。
貪るようにお互いの口腔内を味わいながら、ペッパーはトニーの身体に跨った。
「あぁ…トニー……お願い…」
キスの合間に囁いたペッパーは、トニーの涙を拭うと包帯の巻かれた胸元に指を滑らせた。

***
お互いの叫び声を飲みこむようにキスをした2人は、同時に達した。
トニーが入り込んできた時もそうだったが、身体の奥深くがトニーの放った温かい物で満たされた瞬間、ペッパーはようやく自分があるべき場所に戻って来たと感じた。
倒れ込んできたペッパーを腕の中に閉じ込めたトニーは、余韻に浸るようにペッパーの首筋にキスを繰り返した。

と、ペッパーの携帯のアラームがけたたましい音を立てて鳴り始めた。
その音に現実に引き戻されたペッパーは、どこかぼんやりしているトニーから身体を離すと起き上がった。
「ごめんなさい…お迎えに行かないと…」
慌ただしく身だしなみを整えたペッパーは、トニーにキスをするとニッコリと笑みを浮かべた。
「後でルーカスを連れてくるわね」
そう言い残すと部屋を出て言ったペッパーだが、その後ろ姿を見つめながらトニーは祈った。
(神よ…もう少しだけ…もう少しだけ時間を下さい…)

⑥へ…

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