数日後。
「ママ!アイアンマン!」
TVを見ていたルーカスの声に画面にちらりと目をやると、すぐ隣の町でアイアンマンは敵と戦っていた。が、かつての仲間はそこにはいなかった。アイアンマンはたった1人で強大な敵に立ち向かっていた。
と、アイアンマンが敵に吹き飛ばされた。
思わず拳を握りしめたペッパーは祈るようにTVを見つめるしかなかった。
暫くのち、何とか敵を倒したアイアンマンだったが、彼はその場にバッタリと倒れてしまった。
彼のそばにいたあの頃、幾度となく見ていた光景に、ペッパーは胸が締め付けられた。
(トニー…)
彼は何故そこまでして戦うのだろうか…。
自分の人生を犠牲にし、世間から非難されても、何故戦い続けることができるのだろうか…。
TVからは、アイアンマンことトニー・スタークは重傷を負い、病院に運ばれたと繰り返し流れている。搬送された病院は、奇しくもこの街の病院だった。
「ねぇ、ママ。トニー、だいじょうぶかなぁ?」
不安げなルーカスを安心させるように、ペッパーは何度も深呼吸すると、駆け寄ってきた小さな息子を抱きしめた。
「大丈夫よ、きっと…」
が、ルーカスは気づいた。母親の手が小さく震えていることに…。きっと母親もトニーのことが心配で堪らないに違いない。それならば、2人でお見舞いに行けばいいと考えたルーカスは、母親の顔色を伺うように尋ねた。
「ぼく、トニーのおみまいにいっていい?」
翌日、病院に向かうと、大勢のマスコミが押しかけていた。正面から入れば気づかれてしまうと考えたペッパーは、裏口に向かったのだが、そこには見慣れた人物がいた。
「ハッピー…」
電話中だったハッピーは名前を呼ばれ振り返ったが、ペッパーの姿を見た途端、あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。
「ペッパー……」
ようやく我に返ったハッピーに、ペッパーは悲しそうに笑った。
「この子が…トニーのお見舞いに行きたいって言うから…」
ルーカスに目を向けたハッピーは、息を飲んだ。おそらく、誰が父親か悟ったのだろう。だがハッピーもそれを口に出すほど馬鹿ではなかった。
肩を竦めたペッパーは病室に案内すると、何も言わず先を歩き始めた。
病室に入ると、トニーは眠っていた。
「ボスは…その…。まだ意識が戻らないんだ…」
何か言いたげなハッピーなのに、彼はそれを言うべきか迷っているようだった。
それでも何とか会話の糸口を掴もうと考えたペッパーは、ベッドサイドの椅子に座り、眠るトニーを不安げに見つめる息子の頭をそっと撫でた。
「彼…何か言ってた?」
チラリとルーカスに視線を送ったハッピーは、小さく首を振った。
「ペッパーと偶然再会したって。それから、彼女の息子にも会ったって…。ボスが言ったのはそれだけ…」
そう言ったハッピーは何度か深呼吸すると、重い口を開いた。
「ペッパー、君とトニーはもう、何の関係もないから、話す必要はないかもしれない…。だけど…この4年間のこと…話させてくれ」
ふぅともう一度深呼吸をしたハッピーは、ルーカスには聞こえないような静かな声で話し始めた。
「トニー、言ってた。4年間、君と別れると決めた後…。もう2度と彼女には会わない。会えば恋しくなるに決まってる。彼女のことは、これからも永遠に愛しているんだって。自分といるとペッパーはいつも危険に晒される。いつも心配ばかりかける。だから自分が身を引こうと決めたって。ペッパーに話せば、そんなことはないと言うだろうから、絶対に理由は言わないと。嫌われてもいい…憎まれてもいい…。ペッパーが幸せに生きてくれるなら…自分はどんなに非難されても、辛くても耐るって…。だけど、トニー、酔っ払うと泣くんだ。ペッパーに会いたいって…」
ぐすっと鼻を啜ったハッピーは、この4年間を思い出したのか、目に浮かんだ涙を乱暴に袖口で拭った。
「あれから色んなことがあったんだ。トニーはずっと一人ぼっちで生きてきた…。仲間に裏切られて…世間からは非難されて…。それでもトニーは戦い続けた。自分が傷ついても闘い続けるトニーを見続けるのは、正直きつかった。だから聞いたんだ。どうして闘い続けるのかって。そしたらボスは言ったんだ。君が…ペッパーがどこかで元気に暮らしてるだろうから…。だから彼女のために、この世界を守りたいって…」
やはりそうだった。トニーが戦い続けるのは全て『ペッパーのため』だったのだ。
自分自身を犠牲にしても、彼はひたすら『ペッパーのため』に闘い続けていたのだ。
その彼の気持ち、一番分かっていたはずなのに…。どうしてその思いに気付いていながら気付かぬふりをして過ごしてしまったのだろうか…。それでも彼のその気持ちを無駄にするわけにはいかないのだ。
ペッパーの頬を涙が幾筋も伝わったのを見たハッピーも確信した。彼女もまだトニーの事を愛していると…。
「今更遅いかもしれない。だけど、トニーは君のこと、今でもずっと愛してるんだ…」
何とか2人の気持ちを取り戻そうとそう告げたハッピーだが、ペッパーは首を振った。
「分かってる…。トニーの気持ち…分かってるわ…。でも…ごめんなさい…。もう…遅いの…」
静かに涙を流し続けるペッパーは、ルーカスの手を引くと病室を後にした。
そしてハッピーは、結局肝心な話をペッパーに出来ずに見送るしかなかった。
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