102.夜まで待って の続きです。
NYのアカデミーから帰宅した翌日。今日は月に1度のお茶会ということもあり、ペッパーの母親は朝から張り切って用意をしていた。
お茶会のことを知ったトニーは、お世話になったお礼だと、ハーニー&サンズの紅茶や、ベニーロのケーキ、ボーション・ベーカリーのマカロンなどをお土産にと用意してくれていたのだ。
中西部の街ではあまりお目にかかることのないNYの名物に、今日の話のネタが出来たと、ペッパーの母親は大喜びだった。
いそいそと用意をしていると、次々と友達がやって来た。そしてお茶会は始まったのだが、話題はもちろん、『ポッツさんは3週間もどこに行っていたのか?』だった。
「NYの娘の所よ。実はね、娘の彼氏が大怪我をして何ヶ月も入院してたの。で、退院することになったんだけど、暫く車椅子生活だっていうから、手伝いに行ってたのよ」
ポッツ家の一人娘のヴァージニアは、NYのアベンジャーズ・アカデミーに通っていることを思い出した友達は、うんうんと頷いた。
「それは大変だったのねぇ…」
と、ここで気づいた者がいた。その彼氏には世話してくれる身内はいないのか…と。それに、手伝いに行ったということは、ヴァージニアはその彼氏と同棲でもしているのだろうか…と。だがそんなことをストレートに聞くわけにはいかない。
「あら、この紅茶、美味しい!お菓子も美味しいわ!ポッツさん、どちらの?」
少しずつ切り崩していこうと頷きあった面々は、まずはどれもこの辺りには売っていないようなものばかり並ぶ今日のラインアップを褒めたたえてみることにした。
「NYの有名なお店のよ。娘の彼がね、私がお茶会を開くって言ったら、お土産に用意してくれたの!」
嬉嬉として叫んだペッパーの母親は、まるでこの3週間を思い出したのか、頬杖を付くとため息をついた。
「彼ね、本当にね、いい子なのよ。娘のことも凄く大切にしてくれてるし。いっそのこと、あのままお嫁にもらってくれないかしら…」
はぁ…ともう一度ため息をついたペッパーの母親は、紅茶を啜ると「あら、美味しいわ」と、マカロンを摘んだ。
娘だけではなくその母親までも虜にするヴァージニアの彼氏とは何者なのだろうか…。
顔を見合わせた友人達だが、その内の1人が我慢ならぬと本題を切り出すことにした。
「娘さんの恋人、本当に素敵な方みたいね。お名前は何とおっしゃるの?」
ようやく話に乗ってくれたというように、フフッと笑ったペッパーの母親は、ベラベラと話し始めた。
「トニーくんよ、トニー・スタークくん。彼はね、ご両親を早くに亡くされたんですって。詳しくは知らないんだけど。うちのヴァージニアよりも2つ年上なの。だけど凄く頭が良くって、アカデミーを卒業したらMITに行くそうよ。だからヴァージニアも卒業したらボストンの大学に行くって張り切ってるの。で、大学を卒業したら結婚するんですって。トニーくんは家業を継がなくちゃいけないらしいけど…。そう言えば、何をしているお家なのか聞かなかったわねぇ…」
うーんと首を傾げているペッパーの母親だが、友人達は口をあんぐりと開け固まってしまった。
静まり返った部屋に、ようやく気づいたペッパーの母親は、一体何事かと目を白黒させた。
「トニー・スタークって………」
ポツリと呟かれたその言葉を皮切りに、部屋中に絶叫が響き渡った。
「スタークって…あのスタークよね?!」
「トニー・スタークって、アイアンマンでしょ?!」
「嘘でしょ!あの…あのトニー・スターク?!」
「ポッツさん!あの、スタークなの?!」
「え…」
ギャーギャーと騒ぎ始めた友人達だが、状況が分からないペッパーの母親はポカンと口を開けたままだ。
というのも、ペッパーの母親は知らなかったのだ。元々ゴシップ記事には疎いし、ペッパーからもトニーの素性については詳しく聞いていない。しかも、追々聞けばいいかと思い、今回も詳しい話は聞いていなかった。
全くもって状況の分かっていないポッツ夫人に、友人達は呆れたように目を見張った。
「まさか…知らないの?!トニー・スタークを!」
「そうよ!スターク・インダストリーズのCEOの!スターク・インダストリーズといえば、世界中で5本の指に入る大企業…つまり、アラブの石油王もビックリな大金持ちよ!!」
「しかも、天才・金持ち・ハンサムと3拍子揃った、今どき珍しい超優良物件よ!」
「それに、彼はアイアンマンでしょ!金持ちのヒーローとか、ハイスペック彼氏よ!」
『娘の彼氏のトニー・スタークはアイアンマン』と聞き、ペッパーの母親はようやく理解した。
数ヶ月前にアイアンマンは任務中に敵に捕まり、瀕死の重傷を負い救出されたと言っていた。だからトニーは何ヶ月も入院する程の大怪我を負っていたのだ。そして彼はあの『スターク』だったのだ。スターク・インダストリーズについては、さすがに知っている。先代のハワード・スターク夫妻の痛ましい事故についても、当時ニュース番組でも連日連夜放送していたのだから…。
だが、娘はそんなことは一言も言っていなかった。トニーが自分のことを心から愛してくれていること、彼といると楽しくて仕方ないこと…。毎日嬉しそうに電話やメールで報告してくるヴァージニアにとって、トニー・スタークは、ただ単に2歳年上のアカデミーの仲間だったのだ。そのため、彼は何度も自分のことを守ってくれたから、彼の所有するタワーに引っ越すことにしたと告げられても、特に反対はしなかった。そしてトニーが事故に合い大怪我を負ったと告げられても、まさかそれがアイアンマンの任務中の怪我とは考えもしなかったのだ。
「そのスタークみたいね」
暫くして、やっとの思いでそう呟いたペッパーの母親だが、周りの盛り上がりは落ち着きそうにない。
ハイスペック彼氏かどうか知らないが、トニー・スタークは娘にとっては最高の恋人なのだ。それは彼が金持ちでヒーローだからではない。娘のことを心から愛してくれているからだ。
(来週トニー君がうちに来るって知ったら、みんな大騒ぎね)
こぼれる笑みを隠すように、ペッパーの母親は口元に手をやった。
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