You’ll be mine.㉘

…お前は愛される資格のない男だ…

闇から聞こえて来た声に反論しようとしたが声が出ない。いや、声だけではない。吊るされた身体は指一本動かせない。床に目を落とすと、何かが転がっていた。それは切断された腕と足…。指には見覚えのある指輪が嵌っていた。それは、ジニーから誕生日の祝いに贈られたあの指輪だった。
目を見開いたトニーは、悲鳴を上げようとしたが、やはり声は出なかった。代わりに切断された四肢の付け根から血が噴き出した。
途端に全身を猛烈な痛みが襲った。あの時…ハマー国に囚われた時と同じように…。

声にならない悲鳴を上げ続けるトニーの目の前に、外套を被った男が現れた。暗くて顔は見えないが、大小2つの袋を引きずっている。袋はもごもごと動いており、何か生き物が入っているようだ。何が始まるのかと凝視するトニーだが、男は剣を取り出すと、袋に向かって振り下ろした。

叫び声が響き渡った。やめろともがくトニーだが、鎖が嫌な音を立てるだけでどうすることも出来ない。
トニーの顔を見つめながら、男は何度も剣を振りかざした。
すぐに声は聞こえなくなった。何処の誰かは分からないが、また助けることができなかった。
目をキュッと閉じたトニーは、早く夢から覚めてくれと願った。いつもならここで目が覚めるのだが、今日は違った。
男が袋の口を開けたのだ。
夢の続きが出て来たのは初めてだった。
目を開いたトニーは、これ以上の悪夢を見せられるのかと唇を震わせたが、いよいよ袋の中の正体が分かるのだと、ゴクリと唾を飲み込んだ。

お前はあの時、死ぬべきだった…。過去の罪を贖うために…。だが、お前は生に執着した。これがその報いだ…

いつの間にか男は消え、目の前には袋だけが残されていた。と、袋が消え、中の物が現れた。それを目にしたトニーは、言葉を失い震え始めた。

袋の中から出て来たのは、切り刻まれたヴァージニアとハワードだったのだから…。

***
「ジニー!!!ハワード!!!」
自分の叫び声に目を覚ましたトニーはベッドから飛び起きた。途端に全身に痛みが走り小さく呻いたトニーだが、その痛みに夢から覚め現実世界にいると実感し、安心したように枕に顔を埋めた。

またあの夢だった…。しかも今宵は今まで以上に酷い悪夢。
あれから数か月経ち、ようやくベッドの上で起き上がれるまでになってきた。だが、毎晩のように悪夢の襲われ、トニーは眠れない日々を過ごしていた。
悪夢のせいで眠れないことをヴァージニアを含め他の者は知らない。トニーがゆっくり休めるようにと、ヴァージニアとはあれ以来別々に眠っていたから。
独り寝のせいなのか、あの拷問により心を傷つけられたからなのか、目を閉じうとうとしかけると悪夢に襲われるのだ。
『お前はあの時、死ぬべきだった…。過去の罪を贖うために…』
男の言葉が蘇り、トニーの目から小さな涙が零れ落ちた。
「私は…生きていてはいけないのか?」
だが、誰もいない部屋では答えはあるはずもなく、頭を振ったトニーは朝日の差し込み始めた窓に目を向けるとため息を付いた。

***
「だっだ。あいっ!」
数日前から歩き始めたハワードは、ヨチヨチとベッドに近づいてくると、手に持っていたお菓子をトニーに差し出した。
「ん?父にくれるのか?」
ニコニコと笑みを浮かべたハワードからお菓子を受け取ろうとしたトニーだが、まだ手に力が入らないせいで、受け取れずに落としてしまった。
「あぅ…」
床に落ちたお菓子を見たハワードは、一瞬悲しそうに口を尖らせた。
「すまんな、ハワード…」
父親の申し訳なさそうな声に首を振ったハワードは、ベッドの上によじ登ると、トニーの横にペタンと座った。そして元気のない父親を励まそうと、何やらお喋りし始めた。

懸命に話をしている息子に耳を傾けていたトニーだが、ふと自分の震える手に視線を落とした。
数か月経っても手の震えは止まらない。いや、手だけではない。身体中が自分のものではないかのように、自由が効かないのだ。
死の一歩手前まで追い込まれていたのだから、回復するまでに相当な時間が掛かると言われたが、いつになったら元の生活ができるのだろうか…。
日に日に回復しているとはいえ、見通しが全くつかない状況に加え、あの悪夢ときたものだから、トニーは心が折れそうだった。

と、そこへ、ヴァージニアがやって来た。
起きておくのがまだ辛いのだろう、ボンヤリとしていることの多いトニーだが、今日はハワードが何か訴えるようにお喋りしているのを嬉しそうに聞いており、ヴァージニアは安心したように息を吐いた。
「トニー、お薬の時間です」
嬉しそうに近づいて来たヴァージニアは、薬草の入ったカップをトニーに差し出した。
「あぁ…」
浮かない返事をしながらカップを受け取ったトニーは一気にそれを飲みほしたのだが、顔色の悪い夫にヴァージニアは眉を潜めた。
「どうかされたんです?」
「いや…」
悪夢の話を妻にすべきか迷ったトニーだが、小さな息子の目の前でする話ではないだろうと、言葉を濁した。何か言いたげな夫だが、今日はこれから会議のため側近たちがやって来るのだ。そのため、夜にでも話を聞けばよいだろうと考えたヴァージニアは、ハワードを抱き上げると部屋を出て行った。

ヴァージニアたちと入れ違いに、スティーブを筆頭に側近たちが部屋に入って来た。
週に一度の側近のみを集めた会議では、動けないトニーに代わり国内の様子を見聞きしてきた彼らが報告を行っているのだ。
報告を聞いているトニーだが、いつにも増して顔色は悪く、息苦しいのか何度も深呼吸をしているトニーを皆心配そうに見つめた。
今日は早々に引き上げた方が良さそうだが、どうしても話さなければならないことがある。それは、ハマー国の領地のことだった。かの国は滅亡し、スターク国が統合したのだが、領内に潜む残党を始末し終えた今、広大な領地をどう治めていくかが目下の課題だった。誰か信頼できる者を要所に置くべきだということで、誰がどこを守るべきか案は考えてきた。後は国王であるトニーの承認を得るだけなのだが…。
「陛下、ハマー国の領地の件ですが…」
クリントの言葉に、トニーが動きを止めた。『ハマー国』と聞いたトニーの脳裏に、あの耐えがたい拷問の様子が思い浮かび、彼は身体を強張らせた。
途端に、あの時の痛みがトニーに襲い掛かった。終わりのない苦痛と、永遠にヴァージニアやハワードと会えないかもしれないという恐怖…。
もう二度と味わいたくない痛みだが、今朝の夢に出て来た男の言葉通り、過去の行いの報いならば、死ぬまで味わななければならないのだろうか…。

顔色を変えたトニーは息を詰まらせた。息が出来なくなったトニーは胸を押さえるとゴホゴホと咳き込み始めたのだが、激しい頭痛にも襲われた彼は、頭を抱えると叫び声を上げた。
「陛下!」
急変したトニーに、慌てて駆け寄ったブルースが落ち着かせようと背中を撫でた。が、パニックになっているトニーはその手を払いのけると、ベッドの上に倒れ苦しみ始めた。
「ヴァージニア様をお呼びしろ!」
だが、叫び声を上げ続けるトニーは暴れだし、落ち着く気配はない。そこで懐から眠り薬を取り出したブルースがトニーに嗅がせると、大きく息を吐いたトニーは眠り始めた。

㉙へ…

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