You’ll be mine.㉗

それから数週間経った。
一時はトニー亡き後の話まで出ていたが、ヴァージニアは皆に言い続けた。『陛下は必ず戻って来られます。ですから待ちましょう…』と。
だが、トニーは目を覚ます気配すらない。

自分と息子の声を聞けば、トニーは目を覚ましてくれるだろうかと、ヴァージニアは毎日ハワードと2人でトニーに話しかけていた。
「まー!だっだー!!あーうー!」
トニーの手に触れたハワードは、何か訴えるようにヴァージニアを見つめた。
「えぇ、お父様は、もうすぐ目を覚まして下さるわ。そうしたら、一緒に遊んでいただきましょうね?」
諭すように話す母親に、ハワードは口を尖らせた。

父親を迎えに行くと出かけた母親だが、2人は何日待っても帰ってこなかった。待っていろと言われたのだから、きっと帰ってくるだろうと、ハワードは泣きもせずずっと待っていた。それでも夜になると父親と母親が恋しくなり、泣いた。そんな時、アナは優しく抱きしめてくれた。だから寂しかったが、じっと我慢した。
父親と母親が帰ってきたのは、一週間以上経った頃だった。出迎えたハワードは馬車から降り姿を現した母親に向かって力いっぱい手を振った。駆け寄って来た母親は、涙ながらに抱きしめてくれた。
「ハワード、会いたかったわ。いい子にしてた?」
顔中にキスをする母親に、ハワードはアナやジャーヴィスと遊んでいい子に待っていたと訴えたが、いつまで待っても父親は現れない。キョロキョロと辺りを見渡すと、別の馬車から何かが下ろされた。板のような物に乗せられ、全身白い布で覆われている。
「気をつけてお運びしろ」
数人の男が板を担ぎ歩き出した。それはハワードもよく知っている男達…スティーブ、クリントだった。2人が横を通り過ぎる時、ジャーヴィスが悲痛な声で呟いた。
「陛下…」
ジャーヴィスがそう呼ぶ人物はただ一人…つまり…。
「だっだ…?」
先ほどの布で覆われたのは父親だったのだ。それならば、どうして父親は自分に何も言わなかったのだろう。いや、そもそも、どうして顔を見せてくれなかったのだろうか…。こんなにも自分は父親のことを待っていたのに…。

ハワードの目にはみるみるうちに大粒の涙が溜まり始め、彼はヴァージニアの腕の中で暴れ始めた。
「だー!!だっだーー!!だっだぁ!!」
トニーに向かって手を伸ばし泣き叫ぶ息子をヴァージニアも泣きながら抱きしめた。

部屋に戻ってもハワードは泣き止まなかった。
幼いながらに何か感じ取ったのだろうか、トニーのことを求めハワードは泣き続けている。
と、ドアがノックされ、ブルース・バナーがやって来た。
「ヴァージニア様、どうぞ」
ハワードを抱き上げたヴァージニアは、ブルースに続いてトニーの部屋へと入ると、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
ベッドに寝かされたトニーはうなされ眠っていた。
高熱も下がり、意識不明のままだが、峠は超えたと城へ戻って来た。が、やはり道中の負担は相当なものだったのだろう。キリアンの屋敷を出発した時よりも、トニーは苦しそうだ。
「だっだ…」
青白い顔をした父親の様子に、幼いハワードでさえも、何か大変なことが起こったのではと感じた。手を伸ばし父親に触れようとした息子を押しとどめたヴァージニアは、不安げな顔で自分とトニーを交互にみている息子の頭を撫でた。
「ハワード。お父様はね…大変な怪我をされたの。元気になられるまでしっかりお休みにならなければならないの。だからゆっくり眠らせてあげましょう?」
母親の言葉に頷いたハワードは、早く父親が目覚めますようにと祈ったのだが…。

あれから何週間も経ったが、父親は眠ったままだ。一体いつになったら父親は目覚めるのだろうか…。抱きしめたり、遊んでくれるのだろうか…。何の反応も示さない父親の手を握りしめ、母親は時折泣いていた。父親と母親が悲しんだり苦しんだりする姿は、もう見たくなかった。
いやいやと首を振ったハワードは、声を上げて泣き始めた。
「しー…お願いだから…泣かないで…」
まるで母親である自分の分まで泣くように、小さな息子は泣き続けた。声を上げ号泣する息子を抱きしめたヴァージニアもまた、堪らず泣き始めた。

しばらくして泣き疲れたのか、うとうとし始めたハワードはそのまま眠ってしまった。
トニーの横に息子を寝かせたヴァージニアは、トニーの手を取ると静かに語り始めた。
「陛下…トニー様。あれからもう何週間も経ってます。あなたを傷つける者はもういません。もしいたとしても…これからは私がトニー様をお守りします。だから、そろそろ目を開けてみられませんか?」
そう呼びかけてみたが、トニーは相変わらず身動き一つせず眠っている。
すっかり痩せてしまった頬を撫でたヴァージニアは、ふと出会った時のことを思い出した。あの時、名も素性も知らなかったのに、彼は泣くばかりの自分をただ優しく抱きしめてくれた。何を話す訳でもなかったが、ずっとそばで寄り添ってくれていた。
「ねぇ、トニー様。覚えていますか?初めて出会った時のこと…。あの時、あなたは怯える私を一晩中抱きしめて下さいました。私、あの時思ったんです。この方なら、私のことを守って下さる…だから安心して付いて行って大丈夫だって…」
あの時から、トニーへの想いは変わらない。例え何があろうとも…引き離されようとも…。
すぅと息を吸い込んだヴァージニアは、トニーの手の甲にキスをした。
「トニー様…あなたのこと、世界一愛してます…。これから何があろうとも、私のあなたへの愛だけは変わることはないでしょう。だって…出会った時からずっと、私はあなただけのものですから…。ですから、永遠に…何があろうと、私はあなたのおそばにいます。…愛してるわ……トニー……」
と、その時、小さな唸り声が聞こえた。慌てて手を握りしめると、トニーがゆっくりと目を開けた。
「トニー様…」
彼は戻ってきてくれた。彼は戦いに勝ち、自分たちの元へ帰ってきた…。
ポロポロと大粒の涙がヴァージニアの目から零れ落ち、トニーの手を濡らしていった。
何度か瞬きしたトニーは、微睡んだ視線をヴァージニアに向けると、何やら言いたげに口を動かした。掠れた声は言葉にならず、ヴァージニアは口元に耳を近づけた。
「…なまえ……」
「名前ですか?」
首を傾げたヴァージニアに、トニーは目を細めた。
「……とにー…」
彼の言いたいことをようやく理解したヴァージニアはニッコリと笑みを浮かべた。
「えぇ…。トニー…愛してる…。あなたのこと、世界中の誰よりも、愛しています…トニー」

と、2人の声に目を覚ましたハワードが目を擦りながら起き上がった。大きな欠伸をした彼は母親が涙を流しながらも、嬉しそうに父親を見ていることに気づくと、慌てて父親を見た。すると、父親は薄っすらと目を開けているではないか。
「だっだ!!だっだー!!」
父親はようやく目を覚ましてくれた。こんなに嬉しいことはあるだろうか。
満面の笑みで手を叩いている息子に向かってトニーが右手を僅かに動かすと、ハワードは遠慮がちに近づいてきた。小さな背中をそっと撫でると、トニーの胸元に顔を埋めたハワードは、シクシク泣き始めた。
「この子、ずっとあなたのことを待っていたんです。この子だけではありません。国中の者が、トニー様のお帰りをお待ちしてました」
ふふっと笑みを浮かべたヴァージニアは、トニーの隣に横たわると、そっと抱きついた。
「おかえりなさい、トニー」
待ち望んでいた温もりに、トニーは嬉しそうに頷いた。
(このために、私は帰ってきたんだから…)
両腕には何よりも大切な存在がある…。自分を救い愛してくれる大切な存在が…。当たり前のことだと思っていたが、それがこんなにも幸せなことだったとは…。
何度も何度も頷いたトニーの目から涙がポロポロと零れ落ちた。
(神よ…。私を生かして下さり、ありがとうございます…。感謝します…)
泣きじゃくる妻と息子の身体にそっと触れたトニーは誓った。もう二度とそばを離れないと…。

㉘へ…

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