You’ll be mine.⑯

「ん…」
目を開けたヴァージニアは、自分がトニーに抱きしめられていることに気づいた。
どのくらい経ったのだろうか。周囲を木々に囲まれたせいもあり、辺りは薄暗く、遠くからは獣の声も聞こえる。
身体を起こしたヴァージニアは、自分の身体を見渡した。手足に多少の擦り傷はあるものの、殆ど怪我をしていない。かなりの高さから落下したのにどういうことだろうかと、ぼんやりする頭で必死に考えたヴァージニアは、一つの事実に行き着き、目を丸くした。慌ててトニーを見ると、自分の下にいる彼は気を失っているのか、身動き一つしない。
「陛下!」
薄暗いせいもありよく見えないが、トニーの両足は妙な方向に捻れている。右腕には木の枝だろうか、何かが刺さっているではないか。ぺたぺたと身体を触ると、ぬるりという感触がした。見ると両手は血塗れになっている。血は腹部の負傷部から流れているようで、生温かい血はトニーの身体をどんどん濡らしていく。
大量に血を失うとどうなるかは分かっている。このままではトニーの命が危ないと、ヴァージニアは必死で身体を揺さぶった。
「陛下!陛下!」
だが、トニーは目を開かない。
と、ガサガサと近くで音がした。
血の匂いを嗅ぎつけたのか、獣の声も近づいてくる。ここにいれば喰われてしまう…。助けが来るまで何とかトニーを守らなくてはと考えたヴァージニアは、涙を拭うとキョロキョロと辺りを見渡した。すると少し先に洞穴が見えた。あそこならば、獣から逃れられるだろうと、立ち上がったヴァージニアはトニーの腕を引っ張ると必死に前へ歩き出した。

***

「…下……陛下…」
自分を呼ぶ声にトニーは薄らと目を開けた。
朝日が差し込む明るい中に見えたのは、最愛のヴァージニアの顔だった。
最後に見た光景は、恐怖に歪むヴァージニアの顔と近づいてくる地面。
(そうだ…崖から…落ちて…)
ぼんやりとする頭を覚醒させようと首を振ったトニーだが、酷く目眩がし、小さく呻いた。
「ジニー…無事か?」
あの時、とにかく彼女を守らねば…と、必死で抱きしめた。地面に叩きつけられ、痛みとともに失神してしまったようだが、果たして彼女は怪我していないだろうか…。
左手を伸ばすと、無理やり笑みを浮かべたヴァージニアは、その手を握りしめた。
「私は大丈夫です。陛下が守ってくださいましたから…。でも…陛下が…」
ずっと泣いていたのだろう、真っ赤な目をしたヴァージニアに新たな涙が浮かんだのを見たトニーは、顔を顰めた。
どれだけ大怪我をしているのか分からないため、怪我の具合を確認しようと首を伸ばすと、途端に激痛が全身を走った。両脚はおろか右手も動かないし、頭は朦朧として何も考えることができない。
ヴァージニアをちらりと見ると、彼女の服は裾が引きちぎられたように破れているではないか。おそらく両足や腕の傷を固定したりと、応急処置をしてくれたのだろう。ヴァージニアの血に塗れた服を見たトニーは、彼女を不安がらせてしまったと、胸がチクリと傷んだ。と、ヴァージニアが冷たい布を額に置いてくれた。熱でもあるのか、先程から熱さを感じていたトニーの頭は、おかげで少しだけハッキりとしてきた。
「森の中は夜になれば動物も出ます。ですからこちらの洞窟にいれば少しは安全かと思いまして…」
ヴァージニアが引っ張って運んでくれたのだろうが、ここが洞窟の中ということにトニーはようやく気づいた。
「助けを…呼ばねば…」
「崖からよく見える川沿いに、目印を置いてきました。どなたか気づいて下さればいいんですけど…」
正直、用意周到なヴァージニアに、トニーは驚いた。ヴァージニアは、ここまで自分を連れて来た後、手当をし、助けを呼ぼうと1人奮闘していたのだ。
礼を言おうと口を開いたトニーだが、喉はカラカラで乾いた咳が立て続けに飛び出した。
「お水、飲まれますか?近くの川で汲んできました。それと、もし何か召し上がりたければ、木の実もございます」
「いや…水だけくれ…」
ヴァージニアはトニーに水を飲ませようと身体を支え、口元に水をあてがったが、トニーは息を詰まらせ飲み込むことができない。それでも何とか水を口に含んだトニーは、ほんの僅かだが喉を潤すことができ、ふぅと大きく息を吐くと再び横になった。
目を閉じると耳障りな程に自分の鼓動が聞こえてきた。肺がやられたのか、一息吸うごとに胸が痛み、段々と呼吸しにくくなってきた。
(このまま…死ぬのか?)
いつ助けが来るか分からないが、場合によっては死を覚悟せねばならないだろう。だが、ヴァージニアに不安を残したまま死ぬ訳にはいかない。彼女は何かに怯え、城を飛び出したのだろうから…。そこでトニーは自分の隣に横になるようヴァージニアを手招きした。そして遠慮がちに横たわったヴァージニアを抱きしめると自分のマントで包んだ。
「寒く…ないか?」
大怪我をして喋るのもやっとな状態なのに、どうして彼は優しいのだろう。
「陛下…酷く怪我をされて苦しいはずです。なのに、どうして私に優しくして下さるんですか?」
新たな涙がヴァージニアの目から零れ落ちた。シクシクと再び泣き始めた彼女の背中を左手でそっと撫でたトニーは、頬を流れる涙を唇で拭った。
「お前が…大切な…存在だから…」
軽く深呼吸したトニーは、唇を震わせ見つめてくるヴァージニアに向かって無理矢理笑みを浮かべた。
「ジニーは…私が…世界一…守りたい存在…。だから…お前のためなら…何だってする…」
その言葉に、ヴァージニアは身勝手な自分の行動を酷く恥じた。
(あぁ…どうして私は、陛下の愛を信じ切れなかったのかしら…)
彼は出会った頃から変わらぬ愛を見せてくれていたのに、それを信じ切れなかった。
『ヴァージニア、お前は私にとって特別な存在。お前のためなら、私は何だってする…。お前は私の世界を変えてくれた。今や私の世界は、お前を中心に回っている』
彼はあのマヤの一件の際、そうはっきりと告げてくれたのに、どうしてその言葉を忘れてしまっていたのだろう…。
トニーの服をぎゅっと握りしめたヴァージニアは、ごめんなさいと何度も何度も繰り返した。
ヴァージニアの様子から、彼女が逃げたのはおそらくよからぬことを吹き込まれたのだと考えたトニーは、もしこのまま自分の命が潰えても、彼女が安心して暮らしていけるようにせねばと、言葉を選び話し始めた。
「なぜ…逃げた?…子が…できた…からか?」
顔を上げたヴァージニアは目を丸くした。どうして知っているのかというように、顔を強張らせた彼女は、恐怖からか小さく震え始めた。
「…ブルースから…聞いた…」
言葉を詰まらせたトニーはヴァージニアを見つめたが、優しい瞳に見つめられた彼女は、きちんと本当のことを話すべきだと考えた。
「陛下は子供はいらぬと…以前陛下のお子様を宿された方は…殺されたと聞いて…。でも…愛する陛下のお子様です。だから私…この子を守らないと…と思って…」
お腹にそっと手を当てたヴァージニア再び泣き始めたが、予想すらしなかった話にトニーは目を細めた。
確かに王位について間もない頃、ある女性が身籠った。彼女は大人しく控えめで優しく、いつも従順で笑っている人だった。だから彼女とは、少しだけだが心が繋がったと思っていた。子供が出来たと知らされた時、これで自分も家族というものが持てると喜んだ。が、翌朝彼女は部屋で死んでいた。朝食に盛られていた毒物が原因だった。犯人は結局分からなかったが、彼女の妊娠を快く思わなかった者の犯行だったことは確かだ。子が出来れば再び悲劇が繰り返されると感じたトニーは、それ以来、関係を持つ女性には薬師に調合させた避妊薬を飲むよう命じていた。が、ヴァージニアとは最初から結婚を考えていたため、彼女には薬の存在も知らせていなかったのだ。
「誰が…そんなことを…」
苦しそうに顔を歪めたトニーは軽く咳き込んだ。
「あれは…私の命ではない…。妃ではないのに…子を宿したと…快く思わぬ者に…あの者は…殺された…」
ふぅと大きく深呼吸したトニーは、ヴァージニアの額に軽く口づけした。
「私は…父と母を…早くに亡くした…。だから…家族が欲しかった…。あの者から…子が出来たと…聞いた時…家族が…できたと喜んだ…。だが…叶わぬ夢だった…。お前に出会い…その夢が…叶うかもしれぬと…期待した…」
やはりあの侍女を一時でも信じたのは間違っていたのだ。最初からきちんとトニーに話しておけば、今頃は抱き合って喜んでいただろう…。
「では…陛下…。私は陛下のお子様を産んでもよろしいんですか?」
震える声で呟いたヴァージニアに、トニーは口の端を少しだけ上げた。
「あぁ…。こんなに…うれしい…こと…ない…」
微かに目じりを下げたトニーだが、彼の息遣いは次第に荒くなってきた。
「ジニーは…わたし…の……せか…い…を………かえ…て……」
言葉を切ったトニーが咳き込んだ。苦しそうに顔を歪めたトニーは、息を詰まらせた。途端に大量の口から血が流れ落ち、ヴァージニアは顔色を変えた。
「陛下?」
身体を起こしたヴァージニアが顔を覗き込んだが、トニーの視線は合っていなかった。と、虚ろな目をしたトニーが、繋がれた手をギュッと握りしめた。
「ジニー……あい…し…て……」
段々と力の抜けていく手を握り返したヴァージニアは、何とかトニーを呼び戻そうと必死で叫んだ。
「陛下!しっかりなさって下さい!トニー様…」
ずっと願ってきたこと…それはヴァージニアに名前で呼んでもらうこと。それを最後に聞けたことは、トニーにとって喜ばしいことだった。
(ようやく名で呼んでくれたな…)
泣き叫ぶヴァージニアの声を聞きながら、目を閉じたトニーは意識を手放した。

⑰へ…

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