You’ll be mine.⑰

陛下……トニー様!

何度も呼ばれる名前にトニーがようやく目を開くと、そこはあの薄暗く洞窟ではなく、暖かな部屋の中だった。頭の下にはふわふわの枕があり、花の匂いもする。見覚えのある光景に、ぼんやりとする頭でここが寝室のベッドの中だとようやく理解したトニーは、ふぅと深呼吸した。
(助かったのか?)
あれから一体何日経ったのか定かではないが、どうやら無事に救出されたらしい。途端に喉の乾きを覚えたトニーは、水を飲もうと起き上がろとしたが、指先を動かそうとしても身体に激痛が走り動けない。部屋には人の気配もなく、どうしようか思案していると、ドアが開き誰かが入ってきた。
ヴァージニアだった。
(ジニー、無事だったか…)
彼女の無事を確認し安心したように息を吐くと、トニーが目を覚ましたことに気づいたヴァージニアは駆け寄って来た。
「陛下、お目覚めになられましたか?」
ベッドの淵に腰掛けたヴァージニアは、トニーの左手を握りしめた。
「じにー…」
掠れた声だが、ハッキリとした言葉に、ヴァージニアの目にはみるみるうちに涙が溜まり始めた。
「よかったです…。陛下…よかったです…」
後でブルースから聞いた話では、10日も意識不明で昏睡状態だったらしく、いつ意識を取り戻すか見通しも立たない中で、ヴァージニアはずっとそばに寄り添ってくれていたらしい。
「ジニーは…けが…ないか…」
見た目には無事なようだが、気になるのは我が子のこと。
「はい、私は大丈夫でした。それに…この子も…」
そっとお腹に手を当てたヴァージニアは、トニーを安心させるように頷いた。
「陛下がお目覚めになられたこと、皆に知らせて参りますね。皆、陛下のことを心配して、ずっとお城に泊まり込んでおりますので…」
トニーの額にキスをしたヴァージニアは、皆に朗報を知らせようと部屋を飛び出して行った。

***
目覚めて暫くは痛みと熱で意識朦朧としており、話すこともままならなかったトニーだが、1週間もすると食事も取り話しも出来る状態まで回復し、今回の一件についてようやく落ち着いて話ができるようになった。
ヴァージニアは侍女から聞いた話をトニーにした。酷く憤慨したトニーはその侍女を連れてくるよう命じたが、あの事件の日以降、彼女は姿を消していた。
「もしや、他国のスパイだったのかもしれぬ。私とお前の仲を引き裂こうとする誰かの…」
その人物の検討が付いた2人だが、今更どうすることもできない。
「寝たきりでなければ、お前に子ができたことを、国中に知らせに回りたいくらいだ」
そう言って笑ったトニーはヴァージニアのお腹にそっと触れた。その顔は本当に嬉しそうで、トニーの手に触れたヴァージニアも、満面の笑みを浮かべた。
トニーにはもう一つ話しておかねばならないことがある。座り直したヴァージニアは、トニーの手に指を絡めると、静かに話し始めた。
「陛下、ナターシャから聞きました。3年前、初めてお会いしてからずっと、私のことを見守ってくださっていたことを…」
見知らぬ場所に連れて来られ泣いていたヴァージニアのことは、国に帰ってからもトニーの心にずっと引っかかっていた。だが、再会は1年後。自分はそばにいることができない。それならば、代わりに信頼出来る人物に護衛の役を頼むしかない…。そう考えたトニーはナターシャにあの一団に潜入しヴァージニアを守るよう命じていたのだ。ナターシャは定期的にヴァージニアの様子をトニーに手紙で知らせていたので、離れていた間もトニーはヴァージニアの様子を知ることが出来たのだ。
そしてもう一つ…。
「それから…父と母を探してくださったことも…」
実はヴァージニアはあの一団に誘拐されていたのだ。あの一団は、将来美しく成長するであろう娘を商売道具にするために、親元から攫い集めていたのだ。ヴァージニア以外の娘も、殆どが誘拐された子供だった。それも、潜入中のナターシャによって突き止められた事実。そのため、キリアンの屋敷での一件の後、主人夫妻は誘拐の罪で捕まり、一団は解散させられていた。主人は誘拐した娘たちの身元が分かるものを残していたため、大半の娘達は親元に返されたのだが、ヴァージニアに関しては、一切の手掛かりがなかった。そこでトニーは、『ポッツ』という姓を頼りに、あちこちに人をやり調べ始めた。だが、国内にも近隣の国にも『ポッツ』という姓のものはおらず、諦めかけたのだが、最近になりスターク国から遠く離れた小さな国にその姓の者がいることが分かった。
ヴァージニアはその国のとある領主の娘だった。庭先で遊んでいる最中に突然姿を消した娘を彼女の両親もずっと探しており、数年ぶりに遠い国で見つかった娘に、彼女の両親は泣いて喜んだ。そしてあの日…ヴァージニアが城を抜け出した日に、彼女の両親はスターク国へとやって来て、再会する予定だったのだ。

あの日慌てて飛び出して行き、満足に話もできなかったが、ヴァージニアによく似たポッツ夫人をトニーは思い出した。
「…会ったのか?」
顔を緩めたトニーに、ヴァージニアはニコッと笑った。
「はい。陛下が眠っていらっしゃる間に…。父も母も、私が無事でいたことをとても喜んでいました。そして驚いていました。陛下に『3年前、偶然出会った彼女に心奪われ、手籠めにしてしまった。だから責任を取って結婚する』と言われたと…」
クスクス笑ったヴァージニアに、トニーは照れくさそうに視線を反らせた。

確かに彼女の両親にはそう告げた。言い方が悪かったのか、自分と同年代の彼女の父親は、3年前に関係を持ってしまったと勘違いしたらしく、『まだ12歳だった娘を…』と卒倒しそうになっていたが、その後ヴァージニアを探しに行ったため、結局どうなったのかトニーは知らなかった。だが、ヴァージニアの様子から考えると、彼女の両親も自分たちの結婚には賛成してくれているのだろう。

「そうか…。これで何もかも、首尾よく収まったな」
彼女を両親と再会させ、結婚の許しも貰った。後は結婚し子供も無事に生まれれば、昔から夢見てきた自分の家族というものが築ける…。そう思うと、トニーはこの先が楽しみで仕方なかった。そしてその未来を共に叶えてくれる最愛の女性を今すぐ抱きしめたくてたまらなくなってきた。が、自分はまだベッドから起き上がることすらできない。そこでヴァージニアを手招きすると、彼女も待ちわびていたのか、そそくさとベッドに上がるとトニーに身体をくっつけ横になった。
左腕でヴァージニアを抱きしめると、彼女は負担にならないように腕をそっとトニーの身体に回した。
「陛下…私は陛下に初めてお会いした日から、ずっと陛下のことを考えておりました。父と母が亡くなったと聞かされ頼る者のいなくなった私には、陛下しかおりませんでした。ですが、それ以上にあなたは私の心を捉えてしまったんです。陛下のことを愛しています。世界中の誰よりも…。陛下、ありがとうございます。父と母のこともですが…。全てのことに感謝しております」
感謝の言葉を口にするヴァージニアに、トニーは小さく首を振った。ずっと言おうと思っていた。感謝の念を伝えねばならないと思っていたが、照れくささもあり、なかなか口に出すことができなかった。だが命を落としかけて分かった。思いは素直に…そしてそれもすぐに伝えなければ、分かり合えぬまま別れなければならないこともあるのだと…。今回のこともそうだ。彼女にちゃんと子供のことを話しておけばこのようなことにならなかったのだ。だから決めた。これからは、きちんと言葉にして自分の思いを伝えようと…。
ヴァージニアの頭にキスをしたトニーは、左手で彼女の背中を撫でた。
「感謝せねばならないのは私の方だ。ジニー、お前は私を地獄から救ってくれた。人を愛することなどできないと思っていた私に、お前は愛というものを教えてくれた。お前は私の世界を変えてくれた。そして家族を与えてくれようとしている…。ありがとう、ヴァージニア…。お前は私の光…。だからこれからも、ずっと私と同じ世界にいてくれ…」
「はい、陛下」
顔を上げたヴァージニアはニッコリと微笑んだ。美しく輝くばかりのその笑顔に、トニーはようやく自分があるべき場所に帰ってきた気がした。

⑱へ…

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