You’ll be mine.⑮

それから2か月ほど経ったある朝のこと。
気分が悪いと朝食を口にしないヴァージニアに慌てふためいたトニーは、ブルース・バナーを呼び寄せた。ブルースはアベンジャーズの一員なのだが、医師である彼はトニーの主治医もしていた。
「ジニーが気分が悪いと何も食べない。悪い病気かもしれない」
部屋の外でオロオロとするトニーはブルースにそう告げると部屋の中に入ろうとしたが…。
「陛下、お待ちかねの者が参りました」
呼び止められたトニーは眉を吊り上げたが、それはヴァージニアにも関係のある者だったため、ブルースに任せるとその場を足早に去った。

ヴァージニアをじっくりと診察したブルースは、不安で押し潰されそうになっている彼女ににっこり微笑んだ。
「ヴァージニア様、おめでとうございます。妊娠されています」
「え…」
妊娠ということは、トニーとの子供が出来たということだ。穴が開くほどブルースの顔を見つめていたヴァージニアだが、彼はニコニコと笑みを浮かべ何度も頷いているのだから、しばらくしてようやく現実だと理解し、嬉しさを堪え切れなくなったヴァージニアの目からは涙が溢れた。
嬉し涙を流し続けるヴァージニアの背中をそっと撫でたブルースは、
「陛下に知らせて参りますね」
と、飛ぶようにして部屋から出て行った。

(陛下の…お子様が…私のお腹にいらっしゃるの?)
そっとお腹に手を当てたヴァージニアだが、まだ実感が湧かない。一人っ子だったヴァージニアは、乳児と接したことがなかった。それはトニーも同じだろうが、本人曰く随分と歪んだ子供時代を過ごしているのだから、子供が生まれた後のことを考えたヴァージニアは急に不安になってきた。
(私たち…ちゃんとこの子のこと、育てることができるのかしら…)
その時、部屋の隅に控えていた侍女が、様子を伺うようにヴァージニアのそばにやって来た。
彼女は半年ほど前に城にやって来た。年が近いこともあり、気さくで明るい彼女はヴァージニアの侍女になったのだが、日が浅いこともあり彼女とはあまり話したことがなかった。
「どうしたの?」
血相を変えてやって来た侍女に首を傾げたヴァージニアだが、彼女は肩を掴まん勢いで叫んだ。
「ヴァージニア様、お逃げください!」
「逃げるって…どういうこと?」
状況がさっぱり分からないが、侍女は声を潜め話し始めた。
「実は、ペギー様からお聞きしたんですけど…。数年前、陛下の子を宿された方がいたそうです。ですが…陛下は子はいらぬと激怒されて…。その方は…首を切られたそうです」
ペギーというのは、昔から城に仕えており、侍女たちを取り仕切っている女性だ。ジャーヴィス夫妻とも旧知の中で、トニーの父親であるハワードにも物言える数少ない人物だったらしく、トニーも彼女には頭が上がらない状態だ。そのペギーの話なのだから、彼女が語ったことは真実なのだろう。
だが、トニーがそんなことをするとは思えなかった。
「でも…陛下がそんなことをされるとは…」
唇を震わせたヴァージニアに、侍女は追い打ちをかけるように告げた。
「ですが、陛下は一度でもお子様の話をヴァージニア様にされたことはありますか?それに、今までの女性の方には、子が出来ぬような薬を薬師が飲ませていたそうです」
侍女の言葉にヴァージニアはゴクリを唾を飲み込んだ。
確かにトニーは一度たりとも『子供が欲しい』と言ったことはない。結婚を申し込まれた後でさえも、その話をしたことはなかった。それに何十人もの女性を過去に関係を持っていたのだから、子供がいてもおかしくはないはずなのに、そういう話は一度も聞いたことがない。
「ヴァージニア様。陛下が優しくされるのは、ヴァージニア様と肉体関係を持つためです。陛下は毎日女性と交わらなければ気が済まないお方です。時折数日かけて見回りにお出かけになられますが、ヴァージニア様がいらっしゃらない時は滞在する村一番の女性を一晩中抱いていらっしゃるのをご存じですか?ですが、所詮彼女たちは一夜限りの女性です。陛下のお心の中にはヴァージニア様以外の女性はおりませんから。ですが、お子様が出来れば話は別です。ヴァージニア様がお相手できないとなれば、その間、陛下は別の女性で欲を満たさねばならないでしょう。先程も申しましたが、今の陛下はヴァージニア様だけを愛しておいでです。ですから、お子様ができたせいでヴァージニア様がお相手できないとなれば…おそらくお子様はいらぬと激怒されると思います」
神妙な顔をして頷く侍女に、彼女の話は今や全て真実のように思え、ヴァージニアは震え上がった。
「…どうすれば…」
涙を浮かべ震えるヴァージニアに、侍女は外套を手渡した。
「ここにいればヴァージニア様はお命を奪われます。バナー様が陛下にお話に行かれましたから、陛下がいらっしゃるのは時間の問題です。その前に、お逃げください」
すっかりパニックになっているヴァージニアは侍女の話を信じ込んでしまった。そして命の危険を感じたヴァージニアは、外套を受け取ると城を後にした。

裏門からヴァージニアを送り出した侍女は、ニンマリ微笑んだ。
「マヤ様にご報告せねばなりませんね」
まずはヴァージニアを城から追い出した。だが、彼女が命を絶つところを見届けなければならない。外套を深々と被った侍女は、こっそりとヴァージニアの後を追いかけた。

***
その頃トニーは城の中を歩き回っていた。
「ジニー?ジニーはどこにおるのだ!」
部屋を覗いてもいなかった。それならば図書室だろうかと思ったが、彼女の姿はなかった。
「大事な人が来ているというのに…。ジニーを探しだせ!」
イライラと命じるトニーの声が城中に響き渡った。

あちこち探し回ったトニーだが、ヴァージニアの姿はどこにも見当たらない。家臣たちも総動員で探したのだが、誰一人としてヴァージニアを見つけることはできなかった。
もしや何かあったのではと、顔色が変わり始めたトニーの元に、ブルースがはぁはぁと息を切らせやって来た。彼もまた、城中を歩き回っていたトニーを探し回り、玉座に座りヴァージニアの捜索の手を広げるよう家臣に命じている彼をようやく捕まえることができたのだ。
「陛下…お話があります」
額の汗を拭ったブルースは、何度か深呼吸をして息を整えた。
「実は、ヴァージニア様ですが、ご懐妊されました」
「何だと?!」
椅子の上で飛び上がったトニーは、目を見開くと喚き始めた。
「子が出来ただと?!何かあったら大変ではないか!早くジニーを探し出せ!!」
トニーはイラついたように足を踏み鳴らした。こんなにパニックになっているトニーを見るのは初めてなので、ブルースや家臣達は目を丸くしてトニーを見つめた。と、ヴァージニアを探し回っていた家臣の一人が転がるように入って来た。
「陛下!ヴァージニア様によく似た女性が、森に向かうのを見たという者が!」
立ち上がったトニーは、周りが止めるのも聞かず、駆け出した。

***
その頃、ヴァージニアは森を抜け、崖の上に立っていた。
このままどこに向かえば安全なのだろうか…。何も言わず城を出てしまったから、きっとトニーは探し回っている頃だろう。先程の話が頭から離れない。パニックになり飛び出してきてしまったが、真相をトニーに聞いてみればよかった。もしかしたら、自分となら、トニーも子供のことは考え直してくれるかもしれないから…。
「そうよね…。まずは陛下にお話して…」
だが、あの侍女の話が本当にならば、その場で首を切られてしまうかもしれない…。それならば、一層のこと、このまま姿を消し、一人で子供を育てるしかないだろう…。

「ジニー!」
聞き覚えのある声に振り向くと、馬に乗ったトニーが血相を変えてこちらへ向かって来るではないか。
見つかってしまったと、身体を強ばらせたヴァージニアは、1歩後ろへ下がった。
ヴァージニアの後ろは断崖絶壁。下には森が広がっており、大きな岩もあるのだから、落ちれば一溜りもないだろう。
馬から降りたトニーは、手を差し出すとゆっくり近づいた。
「ジニー!何をしている!危ないからこっちへ戻って来い!」
「い、嫌です!私…陛下と一緒にいることができませんから…」
ポロポロと涙を流すヴァージニアは怯えており、一体何があったのかとトニーは唇を噛みしめた。
が、まずは安全な場所に彼女を移動させなければならない。何度も深呼吸をしたトニーは優しく尋ねた。
「何かあったのか?」
「私…私…」
シクシク泣くヴァージニアに向かい、トニーは一歩ずつ歩を進めた。が、トニーから逃げるようにヴァージニアは後ろへ下がったのだが…。
「キャー!!」
彼女の後ろにはもう道がなかった。足を滑らせたヴァージニアの身体が宙に浮いた。
「ジニー!!」
駆け寄ったトニーはヴァージニアの腕を掴んだ。が、足元は草で滑り、このままでは2人とも転落してしまう。トニーは必死に崖の際に生えている小枝を掴んだ。
「くっ…」
小枝は2人の体重を支えるには細すぎた。枝は撓り、2人の身体は大きく揺れた。
何とかヴァージニアだけでも引き上げようと、トニーは彼女を引っ張ったが、自分が体勢を崩してしまい、枝は今にも折れそうだ。

このままでは、あの枝は折れ、崖下に転落してしまう。が、今、自分が手を離せば、トニーだけでも助かる。国王であるトニーを道連れにする訳にはいかない。彼はこの国に必要なのだから…。

「陛下!手をお離し下さい!」
そう叫んだヴァージニアだが、トニーは首を大きく振った。
「ダメだ!絶対に離さない!お前は私に必要な存在だ!何があっても、絶対に離さないからな!」

力強い視線と言葉にヴァージニアはハッとした。
彼は心の底から自分のことを愛してくれている。だからもし、この先何があろうとも、彼ならばちゃんと受け止めてくれる…。どうしてあの侍女の言葉を信じてしまったのだろう…。彼にきちんと話せば、きっとこんなことにはならなかったのに…。

大粒の涙がヴァージニアの頬を流れ落ちた。
「陛下…。お願いです。手をお離し下さい…。陛下はこの国にとって必要な方です…。ですから…」
「うるさい!黙れ!お前がいない人生を歩めというのか?絶対に許さんからな!」
一か八かだと、トニーがヴァージニアの腕を引っ張った。が、小枝の方は限界だった。
ポキッという鈍い音が聞こえた時には遅かった。2人の身体は宙に浮いていたのだから…。

「陛下!」
「トニー様!」
背後から、スティーブやハッピーたちの声が聞こえた。駆け付けた家臣たちが手を伸ばしたが、一歩遅かった。

ヴァージニアを抱きしめたトニーは、そのまま崖下へと姿を消してしまった。

⑯へ…

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