You’ll be mine.⑬

翌日もトニーはヴァージニアに部屋から出るなと命じた。それも直接自分で言いに来ればいいものを、昨晩の喧嘩のせいで顔を合わせるのが嫌なのか、ジャーヴィスに言いに来させたのだ。結局1人で朝食を食べたヴァージニアは、侍女たちと刺繍を始めた 。
ヴァージニアはトニーの誕生日に向けて、彼がいつも羽織っているマントを作っているのだが、器用な彼女はすぐにコツを覚え、順調にマントは仕上がっていた。最近では同じく恋人や友人への贈り物にしたいという侍女たちにヴァージニアは手ほどきをしているのだ。

クリントへの贈り物を作りたいと張り切っているのに、刺繍や裁縫が壊滅的に下手くそなナターシャにヴァージニアが手取り足取り教えていると、突然部屋のドアが開き、誰かが入って来た。
「そなたがトニー様の新しい妾か?」
漆黒の髪をした女性は鋭い視線をヴァージニアに向けた。相手が誰だか分からないヴァージニアは、突然の乱入者にポカンと口を開けたままだが、彼女の正体が分かっている侍女たちは、一斉にその場に跪いた。
「マヤ様でございます」
ナターシャに囁かれ、ヴァージニアは目の前の女性が噂のマヤだとようやく理解した。
相手は隣国の王妃だ。自分はまだ王妃ではない。つまり、ここは素直に跪いた方が良いだろう。
慌てて跪いたヴァージニアは頭を下げた。
「は、はい…、ヴァージニアと申します…」
マヤはヴァージニアをジロジロ眺めた。
まだ20にもなっていないような少女は、純粋そのものだった。思慮深く、計算めいたことは一つも考えていないようなその瞳は、確かに人を魅了する力があった。世間のドロドロとした荒波に呑まれていないであろう彼女を、トニーが守ろうと必死なのは分かる気がする。だが、それが逆にマヤの逆鱗に触れた。
こんな少女に負けたのだ。いつもならトニーはそれなりに丁重にもてなしてくれた。だが今年は昨年までと違っていた。トニーはマヤをいつも以上に拒絶し、追い返そうとしたのだ。それも目の前にいるこの少女のせい…。彼女は自分が手に出来なかった物を手に入れようとしている。トニーの寵愛を受けるたった1人のオンナになろうとしているのだから…。
キーっと叫んだマヤは、ヴァージニアに近づくと足を踏み鳴らした。
「小娘じゃないの!どうしてトニー様はこんな小賢しい者に心奪われているのです!」
こういう時は何も言わない方が良いだろうと考えたヴァージニアは、黙ったままだ。だがマヤは止まらなかった。相手が何も反論しないことをいいことに、とにかく貶し蔑むことにした。
「そなた、女を売る一団にいたのだろ?聞けばトニー様はそなたに骨抜きにされているとのことではないか。幼い顔をして、さぞかし良いものを持っているのであろう。トニー様をどうやってたらしこんだのだ?淫乱な売女め!」
マヤの侍女たちの間からクスクスと笑い声が起こった。ナターシャを筆頭に侍女たちは、腸の煮えくり返る思いだった。だがヴァージニアが何も言わず耐えているのだから、彼女たちも従うしかなかった。
一方のヴァージニアも悔しさのあまり唇を噛み締めた。屈辱以外何も無かった。だが、昨日アナから聞いた話をヴァージニアは思い出した。マヤもある意味犠牲者なのだ。大人達の都合に振り回され、自由を奪われ育った犠牲者なのだ。そう思うと、ヴァージニアは無下に彼女を批判する気にならなかった。

部屋を歩き回り始めたマヤは、椅子にかかっている布に気づいた。
「これは何だ?」
それは、先ほどまでヴァージニアが刺繍をしていたトニーへの贈り物だった。
「もしや、トニー様に差し上げるのか?ご機嫌取りにか?こんな貧相な物、トニー様がお召になる訳ないであろう!」
顔を上げたヴァージニアは唇を震わせたが、マントを手に取ったマヤはそれを破り裂いた。
呆然とその光景を見ていたヴァージニアは、堪らずマヤを睨みつけた。その視線にイラついたマヤは、ヴァージニアに近づくと頬を叩いた。
「何だ、その目は!私は隣国の王妃であるぞ!お前はただの妾であろう!身分をわきまえろ!」
マヤに肩を押されたヴァージニアは、よろけて床に倒れた。
「ヴァージニア様!」
慌てて駆け寄ったナターシャは、我慢の限界だった。アベンジャーズの紅一点のナターシャは、武術の達人。彼女なら、ものの数秒でマヤを含めた全員を倒せるだろうが、怒りに燃えるナターシャの視線に気づいたヴァージニアは彼女の腕を掴んだ。
「大丈夫…私は大丈夫だから…」
「ですが、ヴァージニア様…」
目に涙を浮かべたヴァージニアなのに、彼女はまだ我慢しようとしている。
泣きもせず、反論もしないヴァージニアがますます憎らしくなったマヤだが、いい加減にしなければトニーがやって来るかもしれないと、引き上げることにした。
「全くトニー様も気が狂われたのか?こんな卑しい身分の者を王妃にしようとされるなんて…。スターク国も堕ちたものよ」
去り際にそう捨て台詞を吐いたマヤだが、その言葉に今までずっと我慢してきたヴァージニアは、拳を握りしめると立ち上がった。
「私のことはいくら悪く言われても我慢します!ですが…陛下のことを悪く言われるのは許せません!」
目を細めたマヤはヴァージニアに近づいた。そして彼女の腕を掴んだが、ヴァージニアは咄嗟にその腕を払い除けると逆にマヤを腕を掴み後ろに捻りあげた。
「痛いっ!何をするのです!この小娘が!」
ギャーギャー喚くマヤを離したヴァージニアは、思わずしてしまったとはいえ、大変なことをしたかもしれないと顔色を変えた。痛い痛いと大袈裟に叫んだマヤは、ヴァージニアを指差した。
「この女を捕まえよ!私を侮辱し罪を償わせよ!」

と、その時だった。部屋の空気が一変した。
「ジニーよ、ロマノフとの特訓の成果だな」
顔を上げると、ドアにもたれ掛かるようにしてトニーが立っていた。
「陛下…」
部屋中の者が慌てて頭を下げたり、跪いたりしたが、トニーはヴァージニアに近づくと、叩かれ赤くなった頬にそっと触れた。
「大丈夫か?」
トニーの優しい声にヴァージニアは泣きそうになったが、彼女を隠すようにトニーはマントで包み込んだ。そして呆然と佇んでいるマヤに向かって静かに告げた。
「ジニーに近づくなと警告したはずだぞ?」
トニーの機嫌を損ねては大変だとマヤは慌てて取り繕い始めた。
「ですが、私にも会う権利がございます。私はトニー様の許嫁。ですから、トニー様の妾をきちんと…」
マヤの言葉を遮ったトニーは口調を強めた。
「妾ではない。彼女は私の恋人だ。あと半年ほどで妃になる者だ。それに、お前は私の元許嫁。今は隣国の王妃だ。私とは何の関係もない者。もう一つ言っておく。私が彼女を選んだ。だから彼女を邪険にする者は、私に歯向かったと思え」
怒りに燃えるトニーの瞳にマヤはたじろいだが、彼女も必死だった。
「トニー様、こんな小娘よりも、私の方がお相手できます!何処の馬の骨か分からないような卑しい身分の者に、王妃が務まるはずがありません!」
マヤの言葉はトニーの逆鱗に触れてしまった。顔色こそ変えていないが、トニーの耳は赤くなり、眉間には皺が寄り始めた。
「小娘ではない。ジニーは…ヴァージニアは立派な女性だ。卑しい身分だと?彼女は生まれながらに尊い血筋を持っている。それは彼女と接していればすぐに分かる。ジニーは賢く心美しく、完璧な女性だ。この国を共に守る王妃にふさわしい人物だ。お前にはないものをジニーは沢山持っている。それに、ジニーは私の知らない世界を沢山教えてくれた。盲目だった私の目を開かせてくれた」
愛に溢れたトニーの言葉…それは初めて聞く言葉だった。つまり、彼が女性をそのように言ったことは今まで1度もなかったのだ。そのため、マヤだけではなく、部屋中の人間が固唾を呑んでトニーの言葉を待った。
まだ何か言おうとしているマヤに、トニーは声を荒らげた。
「まだ分からないのか?私はお前が嫌いだ。その人を見下したような態度、自分よりも身分の低い者を人と思っていないような心無い態度は、この国の王妃にふさわしくない!」
真っ青になったマヤは、ようやく自分の立場が危ういことに気づいたが、皆の前で侮辱されたのだ。睨みつけてくるマヤに、これは彼女を戒めるいい機会だと考えたトニーは、きついようだが決定打を突きつけた。
「出て行け!ジニーを傷つける者は、この国に2度と足を踏み入れるな!」
誰かに怒鳴られたのは初めてだったマヤは、どうすればいいのか分からず顔を覆った。
「トニー様!あんまりです!私があなたにどれだけ尽くしたか、お忘れですか?!」
悔しさと情けなさからマヤの目から大粒の涙が零れ落ちた。だが、ヴァージニアを守りたい一心のトニーは、容赦なく言い放った。
「尽くしただと?お前は私に命令するばかりで、私のために何かしてくれたことはあるか?私の話を一度でも聞いてくれたことがあるか?父と母が死んだ時でさえも、お前は私に慰めの言葉一つくれなかった。そればかりか、我が物のように母上の物を身に付け、自由気ままに振舞っていた。それがどれほど辛く悲しいことだったか、お前には分かるまい。ジニーはもうすぐ王妃となる。スターク国の王妃に。彼女への侮辱は、我が国への侮辱だ。お前は我が国を敵に回す気か?攻め込まれたくなければ、さっさと出ていけ!」
トニーがここまでハッキリとマヤに告げたのは、生まれて初めてのことだった。もう何を言っても聞き入れてもらえないだろう。最大の庇護者だと思っていたトニーを失ったマヤは、唇を噛み締めた。
「覚えてなさい!トニー!この侮辱、一生忘れないわよ!」
キーっと叫んだマヤは、侍女たちを引き連れて部屋を出ていった。

マヤを見送ったトニーは、ふぅと息を吐いた。そして部屋の外にいたジャーヴィスやスティーブたちに告げた。
「マヤ王妃がお帰りになられる。お見送りを」
トニーの言葉に、アナとナターシャを筆頭に、侍女たちもいそいそと部屋を出て行った。

2人きりになり、部屋はようやくいつもの静けさを取り戻した。身を屈め破られたマントを拾ったトニーはヴァージニアを力いっぱい抱きしめた。
「よく耐えたな…。だが、もう大丈夫だ…」
小さく頷いたヴァージニアだが、一気に緊張の糸が切れ、声を上げて泣き始めた。ヴァージニアを抱きしめたままベットに腰掛けたトニーは、彼女の頭をよしよしと撫で続けた。
しばらくして落ち着いたヴァージニアは、顔を上げるとトニーを見つめた。頬に伝わる涙を拭ったトニーは、額をくっつけると鼻の頭にキスをした。
「何だ?惚れ直したか?」
惚れ直したも何も、愛されていること、そして守られていることを再確認でき、何万回か目の恋に落ちてしまった。そして今までハッキリと聞いたことがなかった彼の自分に対する思いも聞くことができたのだ。
「私のこと…あのように思って下さっているのですか?」
何度か瞬きしたトニーは首を傾げた。
「言ったことなかったか?」
「はい」
大きく頷いたヴァージニアは、また言って欲しいのか、目を輝かせているではないか。
だが、改めて言うのは照れくさい。それでも彼女に自分の思いをきちんと伝える良い機会だ。
軽く咳払いをしたトニーは、ヴァージニアの手を握りしめた。
「ヴァージニア、お前は私にとって特別な存在。お前のためなら、私は何だってする…。お前は私の世界を変えてくれた。今や私の世界は、お前を中心に回っている」
鼻の頭を擦ったトニーは照れくさそうに告げた。
「愛してる、ヴァージニア。お前は私が心から愛した初めての女性だ…」
トニーの心からの言葉は、先程までヴァージニアの胸に立ち込めていた怒りと悔しさを鎮めてくれた。トニーの胸に顔を押し付けたヴァージニアは、
「私も陛下のこと…世界一愛しています…」
と、恥ずかしそうに囁いた。

ヴァージニアの頭にキスをしたトニーは、昨夜のことも謝らなければと思い出した。
「昨晩はすまなかった。関係ないと言ったのは、間違っていた。マヤと会わせれば先程のような事態になるだろうと思い、引き離しておかねばと思ったのだが、逆効果だったようだな…」
軽く頭を下げたトニーに、ヴァージニアは首を振った。
「陛下、私の方こそ…」
「いいから黙って聞け」
ヴァージニアの唇をキスで塞いだトニーは、彼女を膝の上に座らせると、軽く深呼吸した。
「アナから聞いたと思うが…。私は酷く歪んだ幼少期を過ごした。12で女を知り…その後は知っての通りだが、本当に愛するということを、この年になるまで知らなかった。この20年の間、誰からも愛されることはないと思っていた。だがお前と出会った。お前は私に愛することを…人を信じることを教えてくれた。お前の無償の愛が私をあの地獄から解き放ってくれた。今でも時折、あの頃に戻れと内なる悪魔が私に囁く…。だが、ジニーといると、その声は消え去る…」
黙ったまま話を聞いているヴァージニアの頬を撫でたトニーは、彼女の目を見据えた。
「お前は私の女神だ。お前なら私の過去も全て受け止めてくれる…。だから私は決めた。お前には一切の隠し事をしないと…。それから、二度と仲違いはしないと…」
嬉し涙を流し始めたヴァージニアにキスをすると、トニーは彼女を腕の中に閉じ込めた。
「お前を抱けず、昨晩は一睡もできなかった…」
拗ねたように告げたトニーは、そのままベットに倒れ込んだ。
「少し眠る。一緒に寝てくれ」
大欠伸をしたトニーは可愛らしく、クスクス笑みを浮かべたヴァージニアは、トニーの頭をそっと撫でた。
「そばにいますから、ゆっくりお休み下さい…」
ヴァージニアの胸に顔を埋めたトニーは、すぐに寝息を立て始めた。
「陛下…本当に一睡もされてなかったのですね」
頭にキスをしたヴァージニアは、毛布を引っ張り自分たちの上に掛けると目を閉じた。

⑭へ…

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