You’ll be mine. ⑤

馬車の窓から見える町並みも、トニーに抱きしめられたままのヴァージニアには見る余裕すらなかった。
「陛下…3年前、どうしてあのような場所にいらっしゃったのですか?」
国王ともあろう男が、他国の、それもあのような場所をフラフラしているのは、どう考えても不思議極まりない。
鼻の頭を掻いたトニーは、気まずそうに目をくるりと回した。
「一応国王だからな。あまり外をフラフラしていては怒られる。だが、元々こんな窮屈な身分は嫌いなんだ。だから1年に1度、1週間ほど好きにさせてもらっている。国内や近隣諸国の見回りと称して、護衛も必要最小限で、あちこち旅をしている。お前と出会ったのはその旅の途中だったんだ」
確かにトニーは国王らしからぬ雰囲気を醸し出している。自由奔放で茶目っ気がありユーモアに富んだ彼は、数える程しか接していないが、ヴァージニアの世界を変えてくれたのだから…。
そのため妙に納得してしまったヴァージニアは、真面目くさった顔で頷いた。
「だから1年ごと…だったんですね」
「だが、焦らした成果があっただろう。特に今年のお前は私が恋しくて堪らないという顔をしていた」
ニヤニヤ笑みを浮かべたトニーは、ヴァージニアの首筋に唇を滑らせた。途端に、ヴァージニアの胸に初めての感情が押し寄せた。それは、もっと触れてほしいという期待と、この先に何が待ち受けているのかという不安…。だがそれを口に出していいものか分からず、赤く染まり始めた顔を隠すように、ヴァージニアはトニーの胸元に顔を押し付けた。

街を抜けると暫く田舎道を走っていた馬車だが、再び外は賑わいを取り戻してきた。どうやら城下町へ到着したようだが、今まで行ったどの国の街よりも賑わう街の風景に、ヴァージニアは感嘆の声を上げた。
街には沢山の店があり、行き交う人々は皆楽しそうだ。国王の馬車に気づいた人々は、手を振りトニーの名前を呼んでいる。歓声に手を挙げ答えていたトニーだが、ヴァージニアを自分の方へ引っ張ると、窓の外を指さした。
「あれが我が城だ」
トニーの声に車窓に目を向けると、天に向かってそびえ立つ大きな城が目に入った。
「え!!す、凄い……」
城ならいくつか見たことはあるが、スターク国の城はかなり異なっていた。一体どこまでが城なのだろうかと思うほど広大な敷地に、背の高い建物がいくつも並んでいる。そして首が痛くなるような一層高い中央の建物の上部は全面ガラス張りになっており、見たことがない近未来的な建物にヴァージニアは目をぱちくりさせた。
凄い凄いと言っていると馬車が止まった。
「城内は明日にでも案内しよう」
身嗜みを整えたトニーがヴァージニアの手を引き馬車から降りると、恰幅のいい一人の男性が駆け寄ってきた。
「陛下!どこに行かれていたんですか!」
目を三角にした男は額の汗を脱ぐうとトニーに詰め寄った。男の肩をポンッと叩いたトニーは大袈裟だぞと肩を竦めた。
「ハッピー、心配するな。少し馬を走らせてきただけだ」
が、ハッピーの呼ばれた男は、馬で向かったのに何故馬車で帰ってきたのだと眉を吊り上げた。
「左様でございますか。で、その馬はどちらに?」
「ダミーはジャーヴィスに任せた」
ダミーというのはトニーの愛馬の名前なのだろう。となると、馬車に乗る時に控えていた男がジャーヴィスなのだろうとヴァージニアが考えていると、ようやく彼女の存在には気づいたハッピーが顔を輝かせた。
「そちらのお美しい方は…もしや…」
「あぁ、ヴァージニアだ」
得意げに言うトニーに、満面の笑みを浮かべたハッピーは、抱きつかんばかりの勢いでヴァージニアの手を握りしめた。
「お待ちしておりました、ヴァージニア様。私は、陛下のボディーガードをしております、ハロルド・ホーガンと申します。ハッピーと呼んでください」
「ヴァージニア・ポッツです。よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げたヴァージニアと今だに手を握っているハッピーを比べたトニーは、2人を引き離すようにヴァージニアを引っ張った。
「ハッピー、自己紹介は後にしろ。部屋の用意はできているか?」
不機嫌そうに唸ったトニーに、パッと仕事モードになったハッピーは申し訳なさそうに告げた。
「南棟のお部屋は…」
トニーが眉を吊り上げた。
「まだ始末しておらぬのか?ならば、東棟の部屋でよい」
「でしたら、準備は整っております」
先導するように歩き始めたハッピーと、ブツブツと何やら文句を言っているトニーをヴァージニアは見比べた。
(南棟のお部屋には、何がいるのかしら…)
その何かの始末を付けていなかったことにトニーは腹を立てているのだろうが、一体何がいるのだろうかとヴァージニアは興味本位に知りたくなった。だが、機嫌の悪いトニーに尋ねるほど彼女も愚かではなかった。
(陛下がご機嫌な時にまたお尋ねしてみればいいわ…)
そう考え直したヴァージニアは、トニーに続き城へと入っていった。

迷路のような城内をトニーに付いて行きながら、ヴァージニアはキョロキョロとあちこちを見渡した。
先程のキリアンの屋敷も豪華だと思っていたが、それが足元にも及ばない程ここは豪華だった。豪華なのだが、金に飽かした様ないやらしさはなく、ヴァージニアは一目でこの城が気に入った。
だがヴァージニアには一つ気がかりなことがあった。それはすれ違う人々が自分を憐みの目で見ていること。
その時のヴァージニアには理由など分かるはずもなかったが、彼女なりに考えた答えは『自分が場にそぐわない質素な格好をしている』から。
(陛下がお土産に買ってくださったお洋服を着ておけばよかったわ…)
トニーがくれた服は派手ではないがヴァージニアを美しくそして上品に引き立ててくれるため、すっかり気に入ったヴァージニアはとっておきの時に着る服にしたのだ。
(そうだわ…何も持たずに来てしまったけど…。陛下に頂いたお人形もお洋服も、全部置いてきてしまったわ…)
大事な思い出の品を置き去りにしてきてしまったと、しょんぼりと口を尖らせたヴァージニアだが、部屋に到着したと告げられると期待に胸を膨らませた。

部屋の中に入ったヴァージニアは、歓声を上げた。
今まで与えられていた部屋の10倍の広さはあるだろうか、天蓋付きのベッドには見事な彫刻があしらわれ、窓際に置かれた本棚にはたくさんの本が並んでいる。1人どころか5人は暮らしていけそうな部屋なのだから、こんな広い部屋を1人で使ってもいいのかと、ヴァージニアはトニーを見つめた。
「お前のための部屋だ。本当はここではない部屋なのだが、急だったから用意が出来ておらぬ。だからしばらくここで我慢してくれ」
髭を撫でつけたトニーは、感謝の言葉を口にするヴァージニアを抱き上げると、ベッドへと向かった。

⑥へ…(R-18)

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