男との約束通り、主人はヴァージニアに客の相手をさせなかった。そればかりか、料理を教え、本を読ませ、知識と教養を身に付けさせてくれた。勿論、他の少女たちの中には、ヴァージニアを酷く妬む者もいた。陰で嫌がらせを受けることもあった。そんな時、いつも助けてくれたのは、ナターシャ・ロマノフという20代前半の女性だった。彼女は半年ほど前から一団に加わったのだが、客の相手をすることは一度もなかった。かなり腕が立つらしく、どうやら用心棒として一団に雇われたらしい…。そんな噂も囁かれており、皆恐れおののいて話しかける者はいなかった。が、何故かヴァージニアのことは何かと気に掛けてくれたため、ナターシャは今や姉のような存在になっていた。
そしてあの日から1年後、ヴァージニアは同じ宿屋の同じ部屋にいた。
ベッドの上に座ったヴァージニアは、膝を抱えると丸くなった。
あの男のことを忘れたことはなかった。それは、側にいなくても、自分のことを見守ってくれている気がしたから。
それに、この1年で自分がどういう仕事をしなければならないのか知った。1年前、あの男もそれが目的でやって来たのだろうが、何も分かっていなかった自分は、男の目的を叶えることができなかった。それなのに彼はただ優しく抱きしめ続けてくれたのだ。
(本当にあの方は来て下さるのかしら…)
もしあの男が今日現れなければ、自分も他の娘達と同じように働かなければならないだろう…。
期待と不安の入り混じった気持ちを隠すようにヴァージニアは顔を伏せた。
どのくらいそうしていただろうか。ドアが開く音がし顔を上げると、外套を被った男が部屋に入ってきた。
侵入者にヴァージニアが思わず身体を震わせると、外套を取った男はあの茶目っ気たっぷりの瞳を輝かせた。
「1年ぶりだな。私のこと、覚えているか?」
ジニーが小さく頷くと、口の端を上げた男はベッドに腰かけた。
少しだけ膝を進め男との距離を縮めると、男はヴァージニアの手にそっと触れた。
「私以外の男がお前に触れたか?」
「いいえ」
力強く返ってきた答えに、男は満足げに頷いた。
「それは良かった」
男の笑顔にヴァージニアもつられるように笑みを浮かべた。その可愛らしい笑顔に胸の高まりを抑えきれなくなった男は、彼女の頬に触れると、そのまま指を唇に滑らせた。と、ヴァージニアが身体をビクつかせた。震える彼女の様子から、先に進むのはまだ早いかと感じた男は何度か頭を振ると、ヴァージニアの頭を撫でた。
「怖いか?」
怖いに決まっている。一体何が待ち受けているのか分からないのだから…。
他の娘たちの中には、快楽と恐怖と紙一重だと言う者もいた。それでも自分たちはそれをすることで金を稼がねばならないということも…。
目の前の男は1年分の金を支払ってくれたが、今年こそは男の目的を達成せねば愛想をつかされてしまうだろう…。
何度も深呼吸をしたヴァージニアは、じっと男を見つめた。
「でも、私と交わるために、お金を払っているのでしょ?」
その言葉に男は眉を吊り上げたが、黙ったままだ。
「他の子たちが教えてくれたんです。みんな、毎晩色々な男の方と夜を共にしてるって…。買って下さった男の方の要望に答えなければならないって…。だから、優しい方ばかりではなく、中には身体中を縛ったり叩いたりと、乱暴なことがお好きな方もいらっしゃるって…。ですからあなたもそういうことを私とするためにお金を払われたんでしょ?」
相変わらず黙ったままの男だが、眉間の皺は次第に深くなっていき、どうやら余計なことを言ってしまったのだと、ヴァージニアは視線を伏せた。
しょげ込んだヴァージニアに、何度か首を振った男は彼女の髪をくしゃっと撫でた。
「いや、お前と話をするためだ。それから、純粋無垢なお前を穢されたくなかったためだ」
意外な言葉に顔を上げたヴァージニアだが、男はニコニコと嬉しそうに笑っており、本当にそう思ってくれているのだと顔を輝かせた。
「ジニー、まずは1年分の話を聞かせてくれぬか?お前の話は愉快で楽しいからな」
「はい!」
抱き付いてきたヴァージニアを膝の上に乗せた男は、楽しそうに話をし始めた彼女の言葉に耳を傾けた。
5日連続で宿へとやって来た男は、話をしたり本を読んだりと、ヴァージニアと束の間の再会を楽しんだ。
そして、一団が街を去る日の朝、今年こそは…と主人に提案したのだが、たった数日で1年分を稼ぐヴァージニアを主人が手放すはずはなかった。
頑なに拒否する主人に、1年前と同様に、男は金を払い宿を後にした。
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