You’ll be mine. ①

「ヴァージニア!さっさとしなさい!」
路地裏に響き渡る怒声に、男は思わず足を止めた。声の方を見ると、中年の女性が怒りあらわに足を踏み鳴らしているではないか。その女性の足元では自分よりも大きな籠を抱えた赤毛の少女が震えている。少女を散々罵った女性は、籠を取り上げた。その反動で地面に倒れ込んでしまった少女だが、埃で薄汚れた顔を拭うと、女の跡をついて宿へと入って行った。

物陰からその様子を見ていた男はその場を立ち去ろうとした。が、先程の少女の姿が心に焼き付いてしまい、気がつけば男はその宿へと入って行った。

宿の中は薄暗く、辺り一面から艶めかしい声が聞こえていた。こういう場に男は足を踏み入れたことはなかったが、ここが金を払い欲を発散させる場であることは分かった。先程の小さな少女も働かされているのかと胸が痛んだ男だが、いつまでも入口に佇んでいてはいかぬだろうと、小さな椅子に座っている主人らしき男に声を掛けた。
「ヴァージニアという赤毛の者はいるか?」
男をちらりと見た主人は、申し訳なさそうに首を振った。
「おりますが、まだ人前に出したことがなく、客の扱いに慣れておりませんので…。ですが旦那、上物を沢山揃えておりますので、代わりに他の娘でもいかがです?」
だが、男は頑として譲らなかった。
「彼女がいい」
何度か押し問答していた2人だが、男の熱意に折れた主人は、一番奥の部屋へと男を案内した。

部屋に入った男の目に飛び込んできたのは、粗末なベッドの上で震えている、先程見かけた幼い少女だった。

少女が怯えているのは無理もない。少女がここへやって来たのは数日前。それも突然のことだったので、本人も状況を理解出来ていなかった。そしてこの部屋で待つよう告げられたため待っていると、見知らぬ男が部屋に入ってきたのだ。
男の身なりはみすぼらしく、外套を深々と被っており顔は見えない。素性も分からない男性と2人きりにされ、恐怖のあまり少女の目には涙が浮かび始めた。
と、男が外套を脱いだ。猫っ毛の髪は乱れ、無精髭の生えた髭面のため、男の年齢は分からないが、自分よりも随分と年上なことは確かだ。男がゆっくりと近づいてきた。思わず後ずさりした少女だが、男の琥珀色の瞳には優しさが見え隠れしており、初対面にも関わらず少女は男に対し安心感を覚えていた。
男がベッドに腰かけた。ギシっと音がし、少女は身体を強張らせた。
「名は?」
優しい声に少女は掠れた声で囁いた。
「…ジニー…」
「なぜ震えている?」
「…怖いの‥」
「初めてなのか?」
「うん…」
どうやらこの少女は何も分からないままこの場に連れて来られたらしい…。そう気付いた男はますます目の前の少女が愛おしく感じた。
「なぜここにいる?お前の親は知っているのか?」
唇を尖らせた少女は頭を振った。
「分からないの…。突然、旦那様とおかみさんがやって来て、お父様とお母様は天のお星様になってしまったって言われたの。そして、私をここへ連れて来たの…」
ぐずぐずと泣き始めた少女は大粒の涙を流すと、膝を抱えた。必死で泣き声を堪える少女はいじらしく、ベッドの上に座りなおした男は少女を手招きした。
「可哀想に…。さあ、おいで…」
腕を広げた男はまるで亡き父親のような寛大さを持っており、少女は思わず男に抱きついた。

「今夜、また来る」
泣きながら眠ってしまった少女を一晩中抱きしめていた男はそう告げると宿を後にした。
そして夕方になり、男は再び宿へとやって来た。
「昨日の娘を頼む」
使い物にならないと思っていた少女が2晩続けて客を呼び込んだと、主人は満面の笑みで男を同じ部屋へと連れて行った。

「ジニー、今日は土産を持ってきた」
大きな荷物を解いた男は、美しいドレスに首飾りに靴、珍しい食べ物や欲しくて堪らなかった人形など、次々に取り出した。
見たこともないような豪勢な贈り物に、ヴァージニアは狼狽した。
「でも…私…あなたのお相手をできてません…」
ここに来て日は浅いが、客の相手をし満足させれば褒美が貰えるということは分かっている。だが、昨晩の自分は泣きじゃくっただけで、何もしていないのだ。だからこのような贈り物がもらえるなんてとんでもないことだとヴァージニアは考えた。
だが男は首を振ると、ヴァージニアの手をそっと握った。
「相手ならしてくれた。話し相手になってくれた。今はそれで十分だ」
微かに笑みを浮かべた男だが、その目は怪しく光っていた。が、幸か不幸かヴァージニアは気づいていなかった。

結局その晩も、2人は話をしただけだった。話といっても、ほとんどヴァージニアが話をしただけだったが、それでも男は満足だと笑っていた。
そして男は、少女をこの場から助け出そうと考えた。
「あの少女を連れて行ってもいいか?」
次の街に移動する準備をする主人に提案した男だが、主人は拒んだ。
「すまないね、旦那。あの娘は我々の商品だ」
少女をこの一団から救い出すことができないのか…と、男は気付かれないように唇を噛んだ。
「次はいつ来る?」
「来年、同じ時期に」
それならば、少女が傷つかないよう守るしかない。
「では、1年分の金を払う。彼女を他の男の前に出さないで欲しい。いくらあればいい?」
お世辞にも金持ちには見えない男に、主人は眉を吊り上げた。きっと高額な値を告げれば諦めるだろうと考えた主人は、普通ならば1年必死に働いても稼ぎきれないような破格の金額を告げてみた。すると懐から袋を取り出した男は、中身を確認することなく主人の目の前に置いた。
「これだけあればよいか?」
袋の中の金貨は、十分すぎる額だった。
きっと目の前の男は高貴なお方だが、幼女を好むという趣味のため身分を隠しているのだろう…。それならば、良いカモになるぞと内心嫌な笑いを浮かべた主人は、へこへこと頭を下げた。
「はい、十分でございます。あの娘は来年まで他の客の相手をさせないでおきます」
頭を下げ続ける主人にその旨を一筆書かせた男は懐にしまうと、少女がいる2階へと目を向けた。
「それからあの娘には、しっかりと教養を身に付けさせておいてくれ」

馬に乗り去って行く男をヴァージニアは窓からこっそりと見送った。
彼は自分の人生を変えてくれる気がした。が、結局男は自分のことは何も語らず、名前も素性も何一つ分からなかった。
『1年後に…』という言葉…今のヴァージニアはその言葉を信じるしかなかった。

②へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。