翌朝、ペッパーに胸の内を話したおかげで、幾分かスッキリしたトニーが朝食を食べていると、ドアをノックする音がし、一人の男性が病室内へ入ってきた。
自分と同じくらいの年齢だろうか?メガネを掛けニコニコと笑みを浮かべているその男性は、内ポケットから名刺を取り出した。
「どうも、グレアムです。すみません、まだ食事中でしたか?」
「先生がカウンセラーか?すまないが、手渡しは嫌いだ。机に置いてくれ」
顔を顰めたトニーにグレアム医師は苦笑いしながらも、トニーが指差した場所へ名刺を置いた。
「分かりました。あなたのカウンセリングをしに来たんです。でも、初対面でいきなり話したくはないですよね?なので、僕の話でも…」
ベッドの脇の椅子に腰掛けたグレアムは、何を話しましょうかねぇ?としばらく考えていたが、トニーが朝食を食べ終わるのを見届けると、姿勢を正し目をじっと見つめた。
「僕もこの商売が長いんで、いろいろな人を見て来ました。僕自身も、摩訶不思議な体験をしたことがあります。その話でもしましょうか?」
「あぁ…」
最初はカウンセラーなんて…と思っていたトニーだが、何となく自分と似ている目の前の男に興味を覚え、話を聞いてみることにした。
「あれはもう随分昔の話です。ある嵐の日、同僚のある女性が自分の夫を殺しました。その夫は僕の上司でした。彼女…夫を殺した女性ですけどね…は、とても 優秀な心理学者で、夫婦の仲も円満でした。すぐに僕の務める病院へ運び込まれた彼女を僕は診察しました。彼女は自分はやっていないと言いました。もちろん信じたかった。でも、証拠は彼女がやったという物しかなかったんです。すると彼女は、自分は誰かに操られていたと言い出したんです」
「…何が言いたいんだ?」
こいつはホラー話をしにきたのか?と変な顔をしているトニーに、グレアムは笑いかけた。
「先を急ぎましょうか?全部話すと長くなりますから…。結末から言うとですね、彼女の夫は過去に何度も残忍な罪を犯していました。彼女にはその事件の犠牲者の霊が取り付いていたんですが、彼女に自分が死んだ事件を解決させるために事件を起こしたんです。事件の最中、彼女は僕に何度も言いました。「信じて…」と。僕は最初、彼女の言うことを信じることができなかったんです。でも、最後の最後で信じ、彼女を助けることができました。要するにですね、スタークさん。事件解決の一歩は、誰かを信じることなんです。自分が最も信頼を寄せることのできる大切な誰かを…。あなたにもいるはずです。大切な誰かは…」
成る程、そう言うことか…と気づいたトニーは目をグルリと回すと、グレアム医師をじっと見つめた。
「あぁ、いる。一人だけいる」
トニーの言葉に、グレアム医師は微笑んだ。
「それならよかった。その人にあなたが抱え込んでいる思いを全てぶつけましたか?」
昨晩のことを思い出したトニー。今まで溜め込んでいた思いを曝け出したトニーをペッパーは逃げることなく受け止めてくれた…。そして、ペッパーの言葉に、笑顔に救われた…。彼女の笑顔を思い起こしたトニーは、グレアム医師の目を真っ直ぐ見つめた。
「昨日話をした。彼女は…ペッパーは、全て受け止めてくれた」
トニーの手をそっと取ったグレアム医師は、両手で手を包み込んだ。
「そうですか。スタークさん、あなたはもう一歩目を踏み出しているではないですか。それなら、次に進めますよ。今度はあなた自身が打ち壊すんです。まずは、行ってみて下さい」
「どこへだ?」
「NYです」
グレアムの言葉にトニーは耳を疑った。
「は?ちょっと待て!NYだと?!あそこへか?NYという言葉を聞くだけでもパニックになるんだぞ!」
激怒するトニーとは正反対に、グレアムは笑っている。
「大丈夫ですよ。今、僕はNYと言ったし、あなたも二回口に出したけど、パニックを起こしてない」
「あ…」
確かに目の前の男もだが、自分も無意識のうちに言葉にしたが、パニック症状は出ていない。
喉元に手を当て、何やら考え込んでいるトニーに見つめていたグレアムだが、トニーの肩を軽く叩くと椅子から立ち上がった。
「あなたは自分が無力だと思ってる。でも、あの場所へ行って自分で確認して下さい。あなたは無力じゃない。今までもあなたのおかげで救われた命はたくさんあるんです。あなたの大切な人とそれを見届けてきて下さい。今度お会いするまでの宿題ですよ」
僕はこれで…と、帰り支度をしてドアへ向かうグレアムの背中にトニーは声をかけた。
「先生、一つ聞いていいか?」
「何です?」
ゆっくりと振り返ったグレアムにトニーは気になっていることを聞いた。
「彼女は今どうしてるんだ?」
そう、グレアムの話に出てきた彼女。話の筋からすると、どうやら彼女は彼にとって大切な人らしい。そうならその後二人はどうしたのだろう…。興味本位ではない、自分もペッパーという大切な女性がいるからだろうか…。妙にその女性のことが気になったトニーは、プライベートなことで失礼かと思ったが、思いきって聞いてみることにしたのだ。
真剣な顔をしているトニーを見たグレアムは、内ポケットから一枚の写真を取り出した。
「彼女ですか?いつも僕の隣にいてくれますよ。今日もこの後、子供たちを迎えに行って、家族でランチなんです」
写真には、グレアムと綺麗な女性、そして男の子と女の子が写っていた。
写真とグレアムの顔を交互に見つめているトニーに、彼は楽しそうに笑った。
「そういうことですよ。彼女は僕にとってかけがえのない存在です。あの時、彼女を信じた選択は間違っていなかったと思いますよ」
何か言いたげなトニーから写真を取ると、グレアムは手を振りながら病室を後にした。
病室の外では、ペッパーが待ち構えていた。グレアムには昨晩のやり取りを事前に話していたペッパー。同席しようかと迷ったが、自分がいることでトニーが本心を曝け出せないのでは…と、外で待っていたのだった。
「先生…」
トニーの様子が心配で、泣き出しそうな顔をしているペッパーの肩をグレアムは優しく叩いた。
「大丈夫ですよ、ミス・ポッツ。後はスタークさんの選択次第ですが、彼は必ず立ち直ります。それまで大変でしょうが、彼の支えになってあげて下さい」
「はい!ありがとうございます」
頭を下げたペッパーの目からは、嬉し涙がポロポロと零れ落ちた。
しばらくして、ペッパーが病室へ入ると、トニーはベッドの上に起き上がり窓の外を眺めていた。ペッパーに気づいたトニーの瞳は何か吹っ切れたように澄み切っており、とても穏やかな顔をしている。
ペッパーを手招きしたトニーは、歩み寄ってきた彼女をベッドの淵に座らせると抱きしめた。
「ペッパー…頼みがある」
首筋に顔を押し付けたトニーはくぐもった声を出した。
「退院したら、一緒に来てくれないか?…NYへ…」
「うん…」
トニーの背中をギュッと抱きしめたペッパーは、零れそうな涙を耐えるようにギュッと目を閉じた。
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IM3後のトニペパ。カウンセリングを受けるトニー。ちなみに、カウンセラー→精神科医→ゴシカ…という単純な発想で、グレアム先生に登場してもらっていますが、名前と一部設定だけお借りして、口調やらその後の設定などは捏造です