ケリーと名乗った少女はまだ18歳という若さだった。
「一体何があったの?」
ケリーをタワーに連れて帰ったトニーとペッパーは、リビングのソファーに腰を下ろすと彼女に尋ねた。プレイマットの上で遊んでいるジニーを見つめたケリーは、ポツリポツリと身の上話を始めた。
デザイナーを目指し16歳でNYへやって来たが、学費を払うことができず結局学校は中退し、昼はウェイトレス、夜はバーでアルバイトをしながら生活していた。そんなある日、バーのカウンター越しに一人の中年の男性が声を掛けて来た。自称一流デザイナーと名乗ったその男性と意気投合し、勢いで一夜を共にした。何度もデートを重ねていたが、数か月後に妊娠した。そのことを男性に告げると、自分には家族がいるからと、その後ぷっつりと連絡が取れなくなってしまった。遊ばれ捨てられたのだと気付いたが、どうすることもできなかった。望んだ妊娠ではなかったが、せっかく授かった命なのだからと、産む決意をした。妊娠したことを隠しアルバイトを続けていたが、日に日に大きくなっていくお腹を隠すことはできず、クビになってしまった。貯金を崩しながら生活していたが、臨月になる頃にはもうどうしようもない程貧窮してしまった。病院で検診を受けることもできぬまま、自宅で一人出産した。出生届を出すこともできず、親子共々このまま命を絶とうかと何度も考えたが、娘の顔を見るとできなかった。娘に洋服やおもちゃを買い与える金もなく、自分の服を利用し一つ一つ作った。狭く暗いアパートの一室で、夜泣きする娘を抱きしめ、毎晩泣くことしかできなかった。誰かに助けてもらいたかったが、どうすればいいのか分からず、ずっと一人で抱え込むしかなかった。そんなある日、娘が風邪を引いてしまった。熱は下がらず苦しそうな娘に堪らず近くの病院へ駆け込もうとしたが、支払う金もないのだと、そのまま娘を抱き街を歩き回った。ふと顔を上げると、首が痛くなるような高さのタワーが見えた。スターク・タワーだった。娘は自分のところに生まれてきたばかりに辛い思いをさせてしまっている…もしスターク家に生まれていたら、もっと幸せな人生を送れるだろう…。そう考え、断腸の思いだったが、娘を『捨てる』ことにした。きっと裕福な家庭に養子に貰われるだろうと信じて…。
「まさかスタークさんたちがこの子を育ててくれるとは思ってもいませんでした…」
涙を拭ったケリーは遊ぶ手を止め心配そうに様子を伺っているジニーを見つめた。
「よかったです…。スタークさんたちなら、この子のこと…幸せにしてくれますから…」
と、ケリーが立ち上がった。そしてトニーとペッパーに向かって深々と頭を下げた。
「スタークさん…この子のこと…これからもよろしくお願いします」
ケリーは頭を下げたまま動かない。トニーとペッパーは顔を見合わせた。確かに自分たちの養女になれば、ジニーは不自由なく暮らしていけるだろう。だが、本当にそれでいいのだろうか…。誰からも援助がないばかりに、愛する我が子と離れ離れに暮らさなければならないなんて辛すぎる。
「本当にいいのか?」
ポツリと呟かれたトニーの言葉に、ケリーは顔を上げた。トニーの真剣な瞳に見つめられたケリーの目から、再び大粒の涙が零れ落ちた。
「こうやって様子を見に来たってことは…本当はこの子と暮らしたいんだろ?」
優しく尋ねるトニーの言葉にケリーは顔を伏せた。立ち上がったペッパーはケリーの隣に立つと、そっと背中を撫でた。
「あなた…この子のこと…愛してるんでしょ?」
ケリーが顔を上げた。涙の零れ落ちる頬を拭ったケリーはトニーとペッパーを交互に見つめると、力強く頷いた。
泣きじゃくるケリーをソファーに座らせると、ペッパーはトニーの隣に腰を下ろした。妻の手を取ったトニーは指を絡めると軽く咳払いした。
「なぁ、提案がある。君のこと、援助させてくれないか。君がデザインの勉強をしたいのなら、協力させてくれ。それから、子供のことも…。こうやって、知り合ったのも何かの縁だ」
どこまでも寛大なスターク夫妻に、戸惑ったケリーは唇を震わせた。
「でも…でも…」
おそらく、何の面識もない自分に、どうしてこんなにも親切にしてくれるのだろうと思っているのだろう。
はいはいし足元にやって来たジニーを抱き上げたトニーは、彼女を膝の上に座らせた。
「この子と…ジニーと出会えたことで、私は親になる決心がついた。ペッパーと結婚し子供を持つ自信が付いた。だから感謝してるんだ」
なぁ、ジニーと言いながらトニーが柔らかな頬にキスをすると、ジニーは「だー!」と言いながらトニーの髭を引っ張った。
「ジニーって…」
名を聞き、再び戸惑いの表情を浮かべたケリーに、ペッパーは慌てて首を振った。
「名前が分からなかったから、アメリア・ヴァージニア・スタークって名付けたの。でも、あなたが付けた名前があるわよね」
ごめんなさいねと呟いたペッパーだが、ケリーは顔を輝かせた。
「その子…ヴァージニアって名前なんです…。私、ずっとペッパーさんに憧れてて…。この子はペッパーさんみたいに、素敵な女性になれますようにって…」
「え…」
何という偶然なのだろうか。まさか本当にジニー、つまりはヴァージニアという名前だったなんて…。
ははっと笑い声を上げたトニーは、髭を撫でつけるとペッパーの肩を抱き寄せた。
「それなら尚更縁があるじゃないか!ケリーとジニーが一番幸せになれる方法を考えよう」
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