179. Triangle

とある日曜日。とあるショッピングモールを母親と歩いていたエストは、背後から聞こえて来た声に足を止めた。
「エステファニア。君は今日も美しいバラのようだ」
古めかしいキザなセリフに振り返ったエストは、見るんじゃなかったと頭を抱えた。
背後にいたのは、あのキリアンだった。1週間前にこっぴどく振ったはずなのに、あれ以来毎日しつこく声を掛けてくるのだから、面倒極まりない。しかも最初は『スタークさん』と呼んでいたはずが、いつの間にか『エステファニア』と名前を呼んでくる始末。一体何度『私はパパみたいな人がいいの』と諭せば分かってくれるのだろうか…。
頭を抱え小さく呻いた娘に、母親であるペッパーは一体誰なのだろうかと首を傾げた。
「ほら…例のキリアンくん」
耳元で囁くと、母親は「あぁ…」と妙に納得したような声を出した。と、ペッパーはここでようやく気付いた。キリアン少年の後ろにいるやけにすかした男性が、自分をぎらついた瞳で見つめていることに…。
「あなたがキリアンくんのお父さんですか?」
目が合ってしまったのだから無視することはできず、ペッパーは仕方なくその男性に声を掛けた。
(もう、トニーったら…。どこのトイレに行ったのよ!)
先程トイレに行くと離脱した夫は、どこまで行ったのかまだ戻ってこない。やきもきし始めたペッパーに気付いていないのか、男性は白い歯を見せながら近づいて来た。
「やぁ、ヴァージニア。久しぶり」
満面の笑みを浮かべ近づいてい来る男性だが、ペッパーは彼に覚えがなかった。
(…えっと…誰だったかしら…)
必死で頭を捻るが、皆目見当も付かない。うんうんと頭を捻らせる母親の肩を驚いたエストは突いた。
「ママ、知り合いなの?」
結局思い出すことができず何度か瞬きしたペッパーは、一応申し訳なさそうに男性に告げた。
「すみません、どこかでお会いしましたっけ…」
一緒に働いていたのにどうして覚えていないんだと、ガックリと崩れ落ちたキリアンだが、よくよく考えれば20年どころか30年近く会っていないのだ。
コホンと咳払いしたキリアンは、
「確かに30年ほど会っていなかったが…」
と、前髪を掻き上げたその仕草に、ペッパーはようやく1人の人物の存在を思い出した。
「あ!!もしかして…アルドリッチ・キリアンさん?!」
アルドリッチ・キリアン。彼此30年近く前の話だが、スターク・インダストリーズに入社する前、1ヵ月ばかり彼の会社であるA.I.M.に勤めていたことがある。入社したてなのに、キリアンにいたく気に入られ、秘書をやっていたが、その気はないのに付き纏われて結局退社したのだ。30年という歳月のせい…というよりも、当時は長髪でオタクっぽい風貌だった男性が、すっかり洗礼された大人の男性になっており、これじゃあ気づかないのも無理ないわねと、ペッパーは内心考えた。30年ぶりに再会したとしても、特に積もる話もないのだから、ペッパーはさっさと話を切り上げてその場を後にしたかったのだが、相手は違ったようだ。
「そのもしかしてだ。懐かしいな、ヴァージニア。相変わらず君は美しい。どうだ?30年ぶりに再会したのも何かの縁だ。いや、運命だ。この後一緒に食事でも…」
どう見ても食事の後のことまで考えているようなキリアンの様子に、ペッパーとエストは思わず顔を見合わせた。
と、そこへ…。
「ペッパー」
不機嫌そうな声に振り返ると、トニー・スタークが怒り顕にズカズカと近づきてきた。
「あら、トニー」
「パパ!」
絶妙なタイミングで現れた父親に、エストはヒーロー登場だと、心の中でガッツポーズをした。
じろりとキリアン親子を睨みつけたトニーは、見せつけるようにペッパーにキスをすると、娘の肩を抱き寄せた。
「おい、こいつは誰だ」
嫉妬心剥き出しのトニーは、目の前にいる見知らぬ男を顎でしゃくった。
「あ、トニー。こちらはキリアンさん親子。キリアンさん、主人です」
トニーが戻って来たのが嬉しいのだろうが、ニコニコと夫を紹介する母親とは対象的に、父親の眉間のシワはあり得ない程深くなっているではないか。思わず離れた所にいる息子の方のキリアンを見ると、彼はどうすればいいのかと狼狽している。
こうなると、子供は口出ししない方がいい。は父親のいつもの嫉妬が始まったと思ったエストは、成り行きを見守ることにした。

「トニー・スタークだ。私の妻とは知り合いで?」
紹介されたのだから一応挨拶しないと失礼だと思ったのだろうが、その顔はちっとも笑っていない。むしろ殺気すら感じる。だが、ペッパーの方ばかり見つめているキリアンは、トニーの様子に気付いていないようだ。
「そうだ。大学生だった彼女がインターンで我が社に来ていたんだ。我が社のことを彼女はいたく気に入ってくれ、その後入社し、私の秘書となった。それからの付き合いだから、彼これ30年の付き合いになる」
どさくさに紛れてペッパーに近づき手を握ろうとしたキリアンだが、さっとペッパーを背後に隠したトニーに妨害され、小さく舌打ちした。
「そうなのか?そんな話は聞いたことがない。あぁ、そうだ。思い出した。そういえば、我が社に来る前に1ヵ月別の会社に勤務していたと言っていたな。何でも全くその気がないのに社長に付き纏われて困っていたらしい。おい、もしかして、君がその社長なのか?これは失礼した。30年近く前の話だ。すっかり忘れていた」
口ならトニー・スタークに適う者はいないだろう。ぎりっと唇を噛みしめたキリアンだが、負けて堪るかとせせら笑いを浮かべた。
「そうだったな。そういえば、ヴァージニアはあんたの秘書になったんだよな。彼女は優秀だろ?私が秘書として彼女を教育したんだ」
(そうだったかしら…。全然秘書らしい仕事はしてなかった記憶が…)
キリアンの言葉に首を傾げたペッパーだが、トニーはその場に響き渡るほど盛大に鼻を鳴らした。
「私の妻は私たちが出会う前から完璧な女性だ。だから秘書として優秀なのは当たり前だ。君が教育?それなら私は結婚して15年近くになるが、私の妻を毎日教育してるさ」
最後はどうやら大人な会話だったらしく、キリアンは呆然と佇み、母親は頬を真っ赤に染め恥ずかしそうに父親の背中に抱き付いているではないか。
(さすがパパ…)
妙なところで感心していると、黙ったままで棒立ちになっているキリアンにニンマリ笑みを送ったトニーは、首を伸ばしキリアンの息子に声を掛けた。
「そうだ。ここで会ったのも何かの縁だ。そこの小僧に言っておく。これ以上うちの娘にちょっかい出してみろ。…分かってるな」
ジロリと睨まれたキリアン息子は、顔色を変えると直立不動になり首をブンブンと縦に振った。
蛇に睨まれた蛙のごとく佇むキリアン親子を見渡したトニーは、恥ずかしそうにもじもじしているペッパーにキスをすると、腰を抱き寄せ歩き出した。
「パパに勝負は挑まないことね。ご愁傷さま」
キリアンに向かいそう告げたエストは
「おい、エスト。行くぞ」
という父親の声に、パタパタと両親の方へ走って行った。

***
“Blood will tell.”のキリアンくん

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