165. Diner

「こんな所でいいのか?」
目の前には、所謂ダイナー(大衆食堂)。
せっかくのデートなのに、こんな所でいいのかと、トニーは助手席のペッパーをチラリと見つめた。
「あら、だって、いつものお店はマスコミが張り付いてたじゃない?」
要は、マスコミの盲点を付いた作戦ということだろう。確かに会社近くの行きつけの店には、マスコミが張り付いていた。マスコミの扱いが上手い2人なのだから、普段なら多少張り付いていても何とも思わないし、上手くあしらって逆にネタを提供したりするのだが、今日ばかりは様子が違った。
というのも、昨日から2人の破局報道が延々と流れているのだ。
『ペッパー・ポッツが髪型をボブにした』
たったこれだけのことなのに、『髪を切る=失恋』と捉えたマスコミは、2人が破局したと騒ぎ始めたのだ。真相は、久しぶりに髪型を変えようと思い切ってボブにしただけなのだが、それをいちいち伝えるのも面倒だ。しかもここ数日、これといったゴシップがなかったせいか、朝からマスコミは詮索しまくっている。
トニーが二股どころか四股かけていたせいだと伝えたメディアは、その相手をテレビに出演させ、ペッパーが浮気したと伝えたメディアは、その浮気相手を出演させ…と、報道は盛り上がる一方。これだけ盛り上がるのも珍しいが、こういう時は知らぬ顔をするのが一番だと心得ている2人は、騒動が収まるまで、極力マスコミの前に出ないことにしたのだ。

ランチの時間ということもあり、ダイナーは賑わっていた。誰しもお喋りに夢中なせいか、2人の存在には気づいていないようだ。
店の一番奥の席に案内された2人は、早速メニューを開いた。
「ご注文は?」
ミニスカートの似合う可愛らしい店員が、注文を取りに来た。
「チーズバーガーと、フライドポテトてんこ盛りで」
「私はクラブハウスサンドと…。あ、ブラウニーも。それから、コーヒーを2人分お願いね」
メニュー表を渡したペッパーは店員を見たが、トニーは深々と帽子を被りサングラスを掛けているし、ペッパーは髪型が違うせいか、店員は全く気づいていないようだ。

「懐かしいわ。学生の時、よく来てたから」
辺りを見渡したペッパーは、ふふっと笑みを浮かべたが、トニーはふんっと鼻を鳴らした。
「この間、ローディと来た」
この間どころか、しょっちゅう食べに来るのだから、トニーとしては珍しくない。
「え?そうなの?!どうして誘ってくれなかったのよ!」
ぷぅっと頬を膨らませたペッパーに、トニーは眉を吊り上げた。
「何だ、君も来たかったのか?」
まさかペッパーがダイナーに来たがっていたとは知らなかったトニーは目を丸くしているが、その彼に向かってペッパーは大きく頷いた。
「だって、時々無性に食べたくなるのよね。ダイナーのブラウニーが」
「それなら早く言え。君がいない時は、多い時は週2ペースで来てる」
あなたの健康には気を使っているのに、私がいない時はそんなにジャンクフードを食べてるのね…と、目を細めたペッパーが文句を言おうとした時だった。
「お待たせしました」
食欲をそそる香りに視線を上げると、注文していた料理が運ばれてきた。

いつもと同じ味のはずなのに、ペッパーと食べるからだろうか、いつもの倍以上美味しい気がする。
もくもくとチーズバーガーにかぶりつくトニーに、ペッパーはポテトを摘まみながら尋ねた。
「半分食べる?」
頷いたトニーに、ブラウニーを半分に切ったペッパーは、大きい方をトニーに渡した。
雑踏に紛れ誰の目も気にしなくてもいい状況は滅多に味わえるものではないが、たまにはこういうのもいいわねとペッパーは笑みを浮かべた。

1人がいいねと言っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。