Try to Remenber③

翌朝、目が覚めるとトニーは姿を消していた。
『ペッパー、君に出会えたこと、感謝している。今までありがとう…。さよなら…』
そう書かれたメモが、枕元に置かれていた。
「トニー…」
素肌にシーツを巻き付けたペッパーは、不安に押しつぶされそうになりながら、彼の筆跡をそっとなぞった。

出勤前にタワーに立ち寄ったペッパーだが、トニーはいなかった。
それならば本部にいるのかと思い、帰りに足を延ばしてみたが、今日は来ていないと告げられた。
携帯を鳴らしても応答はない。
最悪の事態が頭を過ぎった。そんなことをするような彼ではないはずだが、あれだけ追い詰められているのだから、今の彼は何をするか分からないのも確かだ。

彼の新たな電脳執事なら何か知ってるかもしれないと考えたペッパーは、タワーへと向かった。

***
その頃トニーは、とある場所にいた。
そこは父親と母親が亡くなった場所だった。
事故当時、現場検証に立ち会って以来訪れたことはなかったが、20年以上、ずっと事故だと思っていた出来事の真相を知り、トニーの足は自然とこの場に向いていたのだ。

「母さん…」
母親の好きだった薔薇の花束を置いたトニーは、当時車がぶつかった木に寄りかかるように腰を下ろした。
「父さん…」
BARFの中ではあるが、ようやく父親に「愛している」と言い、受け入れることができたのに…。

あの映像で真実を突然言い渡された。今まで信じていたことは全て嘘だったのだ。そして真相を知っていた彼は、自分に真実を告げず何年も隠したままだった。真実を知っていたのなら、どうしてもっと早く教えてくれなかったのだろう。それとも『知っていた』と告げたことも嘘偽りだったのだろうか…。自分の親友がかつての仲間を殺したことを受け入れたくなかったのだろうか…。

あの時、あのままあいつを殴り倒したかった。あいつが倒れ降参するまで殴り合いたかった。
だが、あいつにはあいつのことしか考えていない男が付いていた。殺意があると思ったのか、彼はあいつを必死に守ろうとした。そしていつの間にか怒りの矛先をこちらに向けてきた。
彼は父の友人だったはず。父は幼い自分に毎日のように彼の話をしていたから。彼は幼い頃から憧れだった。それと同時に父の関心を一手に引き受けている疎ましい存在となっていたのも事実だ。
その彼とも共に戦い友人になれたと思っていた。だが彼はそう思ってくれていなかった。自分は彼を『仲間』として受け入れたつもりだった。いや、彼だけではない。共に戦った仲間を自分の世界に受け入れたつもりだった。時間も金も何もかも捧げてきた。最愛の女性との時間を犠牲にしても、世界を守るために…ヒーローでいるために、全てを捧げてきた。そして自分の罪も、そして少なからず仲間の罪も、償おうと努力してきた。それなのに、罪を償おうとしているのに、それすらも許されない。非を認めても許してもらえない。結局は誰にも信頼されず、受け入れられず、全てエゴだと切り捨てられる…。

失ったものが多すぎた。
親友は大怪我を負い、仲間だと思い受け入れようとしていた連中もいなくなった。
そして何より…最愛の女性は自分の元から去ってしまった。

もう、誰のことも信頼できない…。
もう、何を信じればいいのか分からなかった。

「父さん…母さん…。どうすればいい…」

いつの間にか冷たい雨が降り始めた。
ズキズキと頭痛がし始め、ポケットから薬を取り出したトニーはそれが何か確認することなく、口に流し込んだ。
そして全ての物から身を守るように膝を抱えたトニーは目を閉じた。

***
どれくらいそうしていたのだろう。

「トニー…もう大丈夫よ…」
うつらうつらし始めたトニーの耳に、優しく懐かしい声が聞こえてきた。
ふと視線を上げると、目の前にぼんやりとだが、一人の女性が立っていた。
それは、記憶の中にある母親の最後の姿だった。
「かあさん…」
思わず右手を伸ばしたトニーのその手をマリアは優しく包み込んだ。
「トニー…愛してるわ…」
20年前と変わらず自分に一心に向けられる愛情籠った声に、トニーの目から涙が零れ落ちた。
「…かあさん…」
息子の身体を抱きしめたマリアは、耳元で囁いた。
「もうあなたが傷つくことはないわ…。誰も苦しむこともないの…。もちろん、あなたもよ…。それに…彼女も…あなたの最愛の女性も自由になれるわ…」

途端に、トニーの心は今まで感じたことがないほど軽くなった。全ての苦しみから解放されたのだ。

母親の手を握りしめたトニーは立ち上がった。母親と手を取り合い歩き始めると、いつの間にか雨は止み、辺りは次第に明るくなってきた。と、向こうから一人の男性が歩いてきた。父親のハワードだった。
「とうさん…」
いつも仏頂面だった父親なのに、彼は嬉しそうに笑みを浮かべているではないか。
「トニー…立派になったな…」
思わず父親に抱きつくと、ハワードは息子の背中をポンっと叩いた。

その時、遠くから誰かが呼ぶ声がした。

「…ニー…トニー!」

聞き覚えのある声にトニーは後ろを振り返った。
先ほどまでいた木の側に、誰かが倒れている。いや、あれは…自分だ…。暗闇の世界の中に一人ポツンと倒れている。

「戻ればまた同じことの繰り返しだぞ?それにもうお前には誰もいないんだ…」

どこからともなく聞こえてくる声に、トニーの瞳に迷いが生じた。

一歩前に進めば、明るい光の世界が待っている。父親と母親が笑顔で待ち構えている世界が…。
だが、後ろに下がれば、孤独と苦しみしかない暗闇の世界。

「迷うことないだろ?お前は光の世界を自ら選んだのだから…」

声に導かれるように、トニーは一歩前に踏み出した。

「トニー!!」

背後からまた声が聞こえた。ちらりと振り返ると、誰かが自分の元へ駆け寄って行くのが見えた。美しい赤毛の女性…ペッパーが…。

(あぁ、そうだ。あの世界にはペッパーがいる…。彼女はまだ自分を思ってくれているんだ…。だからまだ、光の世界に行くわけにはいかない…)

そう思い、引き返そうとしたトニーだが、どういう訳だか足が動かない。途端に暖かな眩い光がトニーを包み込み、彼はゆっくりと意識を手放した。

***
「トニー!」

一体いつからそうしていたのだろうか。全身ずぶ濡れの彼は地面に倒れており、いくら呼び掛けても反応しないではないか。
慌てて彼の身体を起こしたペッパーは、目を閉じたままのトニーの首筋に手を当てた。
僅かに脈打っているが、彼の身体は燃えるように熱い。
「トニー!しっかりして!」
と、ペッパーは足元に何か転がっていることに気付いた。それは空になった睡眠薬のボトルだった。
眠れないと昨晩彼が飲んでいた睡眠薬。あの時はボトルの半分以上あった薬が、今は空っぽで転がっている。
「大変…」
事態を把握したペッパーは唇を震わせると、毛布片手に駆け寄って来たハッピーに向かって叫んだ。
「ハッピー!早く病院へ!」

④へ…

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