Try to Remenber②

あまり眠っていないのか、トニーの足取りはふらついている。電話で迎えの車を断ったペッパーは、トニーから鍵を受け取ると運転席へ回った。ここからはタワーへ戻るよりもペッパーの家の方が近い。
「うちでもいい?」
小さく頷いたトニーは助手席に座った。
車中では会話はなかった。黙ったままのトニーは本当に話したくないのか目を閉じている。一か月半前、距離を置こうと告げた時の彼よりもさらに脆く見え、ペッパーはどうにかして彼から話を聞こうと決心した。

***
「コーヒーでいい?」
「あぁ…」
トニーがリビングのソファに腰を下ろしたのを確認すると、ペッパーは急いでキッチンへと向かった。

数分後、コーヒーと共に手早く作ったサンドイッチを持ちリビングへ向かうと、トニーはぼんやり自分の手を見つめていた。
「あなたのことだから、ろくなものを食べてないんでしょ?サンドイッチ作ったの。食べて?」
ペッパーをチラリと見上げたトニーは、サンドイッチに手を伸ばすと頬張った。
「…相変わらず美味いな…」
最後にまともに食事をしたのはいつだろう。彼女が出ていく前だから、かれこれ1ヵ月以上前かもしれない。だか、実際のところ食欲なんてこれっぽっちも湧かなかった。それが彼女が隣にいるだけで、不思議なことに食欲が湧いてくるのだ。
黙々とサンドイッチを口に運ぶトニーに、ペッパーは頃合を見計らって口を開いた。
「ねぇ…。あなたが話したかったらだけど…話、聞くわよ?」
食べかけのサンドイッチを皿に戻すと、トニーは小さく首を振った。
「…君にこれ以上の苦労はさせたくない…」
トニーが自分の胸の内を話したがらないのは今始まったことではない。一時は自分に非があるから彼が話してくれないと考えたこともあった。だが、彼はただ単に自分の思いを率直に語ることが苦手なのだ。だからこういう時は無理強いさせるのではなく、辛抱強く待つしかない。
「じゃあ、あなたが話したくなるまで、そばにいさせて…」
自分たちは『別れた』はずなのに、どうして彼女は慈悲深いのだろう…。自分に失望し腹を立て出て行ったはずなのに、なぜ彼女はあの頃と変わらず接してくれるのだろう…。
居心地悪そうに背中を丸めたトニーは、ペッパーをチラリと見上げた。
「ペッパー…どうしてそんなに優しいんだ…。私たちは…その…」
言いにくそうに言葉を濁したトニーの手をペッパーはそっと握りしめた。
「少し距離を置いてるだけでしょ?」
彼女の指には指輪が光っていた。永遠の愛を誓い贈った指輪が…。ただ単に装飾品として身に着けているだけなのだろうか、それとも彼女の心はまだ自分に向けられているのだろうか…。
訳が分からないと狼狽するトニーの手を、ペッパーはゆっくりと撫で始めた。
「私ね、あなたのこと、愛してる。離れてみて、やっぱりあなたのとこ愛してるって気づいたの。だからあなたと別れたくないの。あなたを失いたくないの」
トニーの頬にそっと手を当てると、彼はようやくペッパーと視線を合わせた。
「私から出て行くって言ったのに、勝手かもしれないけど…。トニー…あなたの重荷、私にも背負わせて…。もちろん全部は背負いきれないかもしれない。でも、あなたの負担が少しでも軽くなるなら…」
一筋の涙がペッパーの頬を伝わった。その涙は、彼女が心の底から自分のことを心配してくれていること、そして愛してくれていると物語っていた。
だが、ここで彼女を受け入れれば、結局また同じことの繰り返しになるだろう。
彼女を苦しめ、そして追いつめ、傷つけることになる…。
愛しているからこそ、彼女と別れるという決断をしたのに、彼女の優しさにその決意は脆くも崩れ去ってしまいそうだった。

「…愛しているからこそ…君のこと…苦しめたくない…」
何度も首を振ったトニーは、再び視線を伏せると唇を噛みしめた。
「君を失いたくない…。だが…君に苦労をかけたくない…。君のこと、傷つけたくないんだ…」
ぽつりぽつりとトニーの涙がペッパーの手の甲を濡らし始めた。
「ペッパー……すまなかった…。君には苦労ばかりかけてきた。だから君が私の元を離れて幸せになれるなら…と考えた。だからもう…終わりにしよう…。すまなかった…。今まで本当にすまなかった…」
繰り返し謝罪の言葉を口にするトニーの姿にペッパーは胸が締め付けられた。
「お願い、トニー。謝らないで…」
もう限界だった。彼が傷つき、一人苦しむ姿を見るのは耐えきれなかった。自分が傍で寄り添うことで彼が救われるのなら、例えこの身が朽ち果てても、もう二度と彼の手を離さない…。

両手でトニーの頬を包み込んだペッパーは、彼の唇にキスをした。1か月半ぶりに味わう彼の唇は、ペッパーの求めていたものだった。
だが、彼はなかなか応えてくれなかった。
「トニー…愛してる…」
キスの合間に何度も囁いた。そうすれば、彼が再び自分を受け入れてくれると信じて…。
と、トニーの右手がペッパーの背中に回された。
彼の腕に抱きしめられた瞬間、ペッパーは全ての感情を捨て去り、ただひたすらトニーを求めた。

そしてトニーも…。彼はその日、言葉なくペッパーを抱いた。

③へ…

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