Try to Remenber①

あの事件から2週間。
ペッパーの姿はNY市内の病院にあった。
コロンビア大で手術を受けたローディーが転院して来たと聞き、仕事の合間をぬって見舞いにやって来たのだ。
事件のことやお互いのことを話していた2人だが、話題はいつしかこの場にいないトニーの話になっていた。
「あいつと最後に会ったのは?」
「もう1ヶ月以上前かしら…」
2人が『距離を置いている』のはトニーから聞いて知っていたが、あんなことがあった後なのだ。もしかしたらトニーのことが心配になり、話くらいしているかもしれないと淡い期待を寄せていたローディは顔を曇らせた。
「そうか…」
ため息を付いたローディをペッパーは不安げに見つめた。
トニーとは話していない。家を出ていって以来、もう1ヶ月半は顔を合わせていない。彼のことはニュースを通してしか知らなかった。向こうからも連絡がないのだから、このまま自然に関係は終わるしかないのだと思っていた。だが、きっとニュースでは報じられていない何かがあるのだ。
ベルリンの空港での戦いの後の報じられていない何かが…。

「トニーに何があったの?」
彼の親友なら何か知っているかもしれないと尋ねたペッパーだが、彼は小さく首を振った。
「すまない、ペッパー。シベリアでのことは、俺も知らない。あいつ、俺に心配かけまいとしてるのか、来ても何も話そうとしないんだ…」
はぁとため息を付いたローディは、胸の内をポツリと呟いた。
「あいつ、どれだけ重荷を背負えばいいんだろうな…。あいつだけのせいじゃない。今までのことも、今回のことも…」

アイアンマンとなったこの8年、彼は気が休まることがなかった。常に罪の意識を抱えて暮らしていた。それはそばにいたペッパーが一番よく分かっていた。
特にウルトロンの事件の後、彼は罪滅しというように社会貢献に全力を注いできた。
それでも常に非難されるのは彼だった。毎日何らかの形で、名指しで非難されるのは彼だった。そして彼はますます殻に閉じこもるようになってしまった。

ペッパーの様子からは、彼女がまだトニーのことを愛し、気にかけているのは明らかだ。だが2人はすれ違ったまま。お互い思いやっているのに、このまま2人は離れ離れになってしまうのだろうか…。
(ここは俺が背中を押してやるしかないだろうな)
そう考えたローディは、わざと明るい声でペッパーに告げた。
「で、どうするんだ?まだ別れてはないんだろ?」
ローディの言葉に何度か瞬きしたペッパーは、視線を失せると膝の上に置いた手を見つめた。
「一応…ね。でも…正直、疲れたの。彼が自分を追い詰めていくのを見ているのは…。ただそばにいて、抱きしめてあげればいいのかもしれない。でも、それだけじゃダメみたい…。彼が眠れないのも、毎晩うなされて飛び起きるのも、一緒に住んでいても彼がラボに閉じこもったままなのも…。私…精一杯やったの…。彼のために10年以上ずっと尽くしてきた…。でも…彼は私を受け入れてくれなかったの…。分かってるのよ。彼は私を守ろうと必死なことも、私に心配かけまいとしていることも…。でもね…限界だったの…。私も一人の時間が欲しかった…。だからお互い少しだけ離れてみようって。そう決めたの…」
小さく震えるペッパーの指には、トニーから贈られた指輪がまだ光っていた。ポツリポツリと落ち始めた涙が指輪を濡らしていくのを見たローディは、2人はお互いの存在を必要としていると確信した。
「あいつもそうみたいだぞ。君のことを失いたくない。君はあいつにとって世界一大切な存在だから…。でも、苦労ばかりかけたから、一緒にいて欲しいとは言えないって…。自分がそばにいると、いつも君を巻き込んでしまうから、君の幸せを考えるとそばにいない方がいいって…」
ふぅと息を吐いたローディは、腕を伸ばすとペッパーの手を取った。
「ペッパー、一度ちゃんと話し合えよ。あいつには、ペッパー、君しかいないんだ。だから、頼む。あいつの親友として頼む。会って話をしてやってくれ。このまま中途半端な君たちを見てるのももどかしいからさ」
いたわる様に笑みを浮かべたローディに、ペッパーもかすかに笑みを浮かべた。
「えぇ…」
そろそろ引き時だろう。涙を拭ったペッパーは立ち上がった。
「何か必要な物があったら言って」
「分かった。トニーに言っても無駄だから、君に言うよ」

ローディの部屋を出たペッパーは、一瞬目を疑った。廊下の椅子にトニーがぼんやり座っているではないか。トニーはこちらに気づいていないようだ。このまま知らぬ顔をして通り過ぎてもよかったのだが、彼の姿はそのまま消えてしまいそうなくらい儚く見え、ペッパーはそっと近づくと声を掛けた。
「トニー…」
まさかペッパーがいると思わなかったのだろうか。顔を上げたトニーは一瞬目を丸くしたが、すぐに取り繕ったような笑みを浮かべた。トニーの右目の周りは青くなっており、額には大きな傷跡が残っていた。左腕は三角巾で吊っており、顔中にも擦り傷の残る痛々しい姿に、ペッパーは胸が張り裂けそうになった。

「久しぶりだな…」
視線を合わせようとしないトニーは立ち上がると歩き出した。

このままだと、2度と話をしないまま終わってしまう…。そう感じたペッパーは、慌ててトニーの後を追いかけた。

「待って!あなたに話があるの…」
「すまない、今は話したくないんだ…」
足早に歩を進めるトニーをペッパーは必死で追いかけた。
「トニー、お願い。少しだけでいいの…」
だがトニーは逃げるようにホールへと向かった。と、どこからともなくピアノの音が聞こえた。ホールにあるピアノの前には人だかりが出来ている。どうやら時折行われる生演奏の時間のようだ。

演奏されていたのは、The Brothers Fourの”Try to Remember”。

と、トニーが立ち止まった。
俯いた彼は肩を震わせて、その場から動かなくなった。その後ろ姿は、壊れそうなくらい脆くペッパーはそっと声を掛けた。
「トニー?」
トニーが振り返った。その目には深い悲しみと怒り、そして絶望が浮かんでいた。
「……ペッパー……」
絞り出すように発せられた声は、悲痛な彼の叫びだった。
今回の一件で、彼は耐えきれない程傷ついている…。
(助けてくれ…)
トニーが口に出さなくともペッパーには聞こえた。彼の心の悲鳴が…。
(彼を救えるのは私しかいない…)
何も言わずトニーを抱き寄せたペッパーは、震える彼を抱きしめ続けた。

②へ…

***
CWでシベリアでのラストシーンから「トニー・スカンク」までの合間のお話。あの間に、トニーとペッパーが仲直りしていて欲しいという妄想です。

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