On Your Side Forever⑯

翌日、警察がヴァージニアの元を訪ねてきた。
ハッピーを同席させたヴァージニアに、警察は事件の捜査状況を話し始めた。
「スタークさんの携帯に、犯人からのメールが残されていました。犯人はアルドリッチ・キリアン…」
ヴァージニアは、ハッと顔を上げた。なぜならその名前はよく知っていたから…。
「キリアンって……あの…」
目を見開いたヴァージニアに、警察は大きく頷いた。
「はい。AIMのCEOのキリアンです。目撃者の情報もありますので、間違いありません」
手帳を捲った警官は、先を急ぐように言葉を続けた。
「事件時の状況ですが、スタークさんはキリアンに何らかの事情で呼び出されたようです。しばらく何か話していた2人ですが、キリアンがスタークさんを侮辱したのをきっかけに殴り合いの喧嘩となりました。キリアンは数人の部下を連れていたのですが、彼らに暴行されたスタークさんにキリアンはナイフを見せながら言ったそうです。『この世から消えろ。どこかで死んでこい』と。そのナイフを奪い合ううちにキリアンがスタークさんを刺したようです」
警官がカバンから何かを取り出した。それはトニーを刺したナイフだった。
「ナイフからは複数の指紋が検出さました。スタークさん、キリアン、それからポッツさんとそちらにいらっしゃるホーガンさん。おそらくスタークさんを刺したのは、予定外だったのでしょう。ですが、彼がスタークさんを殺そうとしたことに違いはありません。今、全力でキリアンと仲間の行方を追っています」
ふぅと息を吐いた警官は、震えるばかりで黙ったままのヴァージニアを見つめた。
「キリアンの動機ですが、彼にはスタークさんと接点があったことが分かりました。スタークさんもキリアンも同時期にMITで学んでいました。当時の同級生に話を聞きましたが、在学中には接点はなかったそうです。それが最近になって2人は再会した。ポッツさん、あなたとキリアンは恋人関係にあるそうですね?」
ヴァージニアの脳裏に、あの日のことが蘇った。キリアンと仲間に暴行されたことが…。出来ればこの場から逃げ出したかった。あの日のことは思い出したくなかったから…。だが、もしかしたらそれも事件の動機になっているのかもしれない。それならば、トニーのためにも自分が知っていることは全て話さねばならないと、CEOとしての顔を無理やり引っ張り出したヴァージニアは何度も深呼吸をした。
「確かにキリアンとは面識があります。我が社とAIMは取引もありました。ですが、AIMは非人道的なビジネスを行っていたため、すぐに取引は停止しました。ビジネスの過程で、キリアンと何度か食事もしました。恋人関係にあるというのは間違ってます。彼とは…1度関係を持っただけですから…」
乱暴されたことは言わなかったが、警察はヴァージニアの言い方に何か勘づいたのか、手帳をパタンと閉じた。
「スタークさんはおそらくあなたのことでキリアンに呼び出されたのでしょう。あなたのことで脅されていたのかもしれません。スタークさんはキリアンに殴り掛かる時に言ったそうです。『ジニーに指一本でも触れてみろ。俺が許さない』と。ジニーというのはあなたのことですよね、ポッツさん。スタークさんはあなたのお父様の代から秘書をされてます。ですからあなたとは15年来の付き合いです。ですが彼は秘書です。あなたとは社長と秘書というだけの関係です。それがどうして彼は危険を犯してまで、1人でキリアンの元へ向かったんでしょうか?何か心当たりはありませんか?」
ビジネスではなく個人的な事情がある…そう踏んだ警察は、何とかしてトニーとヴァージニア、そしてキリアンの間に起こったことを聞き出そうと必死だった。
黙ったままのヴァージニアに、警察はさらに訴えかけた。
「ポッツさん。話したくない事情がおありなのは分かります。ですがキリアンを逮捕するためです。全てはスタークさんのため…そう思って話して頂けませんか?」
しばらく俯いていたヴァージニアだが、ようやく全てを話そうと決心した彼女は顔を上げた。
「分かりました。全てお話致します。トニーは私の秘書ですが、恋人でもあります。その前に、キリアンとのことを話させて下さい。半年前です。AIMとの取引が始まった頃、キリアンと食事をし、一夜を共にしました。その時、トニーとキリアンは顔を合わせたんです。トニーはキリアンを知りませんでした。学生の頃も接点はなかったそうですし。ですがトニーはMITでも目立っていたようで、キリアンは彼のことを知っていました。キリアンはトニーに言いました。『スターク・インダストリーズの次期社長だったお前が、ただの秘書をやってるなんて落ちぶれたもんだ』と。それから数日後です。とあるパーティーでキリアンと再会しました。キリアンは私を酷く酔わせました。それからのことは覚えていないのですが、気がついたら、私は…キリアンと4人の仲間に……乱暴されていました…」
大粒の涙がヴァージニアの目から零れ落ちた。その涙を拭った彼女は、何度も深呼吸すると言葉を続けた。
「翌朝、トニーは私に何があったのか気付きました。そして私のことを絶対に守ると約束してくれました。その事件がきっかけで、私たちはお互い愛し合っていることに気がつき、恋人になりました。その後もキリアンは私にしつこく連絡してきたそうです。ですが先程も申しましたが、AIMとの取引も停止しましたし、トニーはキリアンからの連絡を取りつがないよう、全社員に告げていたそうです。私が知っているのはそれだけです。トニーが連絡を取り次がないよう告げていたことが、キリアンは気に入らなかったのでしょうか?」
だが、それだけで本当に殺意を持つほど恨むだろうか。それとも他に理由があるのだろうか…。

「実は昨日の朝、キリアンが会社に来たんです」
口を挟んだのはハッピーだった。
「受付でキリアンはヴァージニア様に会わせるよう迫ったそうです。困った受付嬢はトニーに連絡しました。すぐにやって来たトニーはキリアンに立ち去るよう告げたそうです。ですがキリアンはトニーを大声で罵倒し、トニーはキリアンを殴りました。私が駆けつけた時、キリアンはトニーに何やら囁いてました。何を言ったのかは分かりません。ですが、トニーは青い顔をしてましたし、只事ではないと思ったので、警察に連絡するよう言ったんです。ですがトニーは、そうなればヴァージニア様が事情を聞かれるからと…」
昨日の午前中というと、あの時だろう。確かに社長室へ戻ってきた時、トニーは何か考え込んでいた。どうして彼は何も言わなかったのだろう。誰にも何も言わず、1人でキリアンに立ち向かったのだろう。
「どうして…」
ポツリと呟いたヴァージニアに、ハッピーは目を潤ませた。
「ヴァージニア様…。トニーはあなたを守ろうと必死でした。もう二度とあなたを傷つけてなるものかと…。自分がそばにいる限り、命をかけてあなたを守る…あいつはそう言ってました。おそらく、あの一件のことをばらすと、トニーは呼び出されたのでしょう。だから警察に通報すれば、暴行のことをあなたが話さなければならなくなる。そうすれば、せっかく癒えたあなたの心の傷を蒸し返すことになる。だからトニーは何も言わず1人で向かったのです」
顔を覆って泣き始めたヴァージニアの肩をハッピーはそっと抱き寄せた。
「あなたはトニーにとって、なくてはならない存在なんです。あなたは、あいつが初めて心から愛した方なんです。それに、家族を失い一人ぼっちになったトニーにとって、ヴァージニア様はたった1人の家族なんです。だからあいつは、あなた様が泣くくらいなら、自分はどうなってもいいと思ったんでしょう」
涙が止まらなかった。彼が命をかけて守りたいと思ってくれていたことが…。だが、彼が傷つけられるくらいなら、全てを話してもよかった…。彼は自分にとってもそれくらい大切な存在なのだから…。

その夜、病院の近くの教会に立ち寄ったヴァージニアは、神に祈った。
「お願いです…。神様…。トニーを…トニーの命を救って下さい…。彼を救って下さるなら、私はどんなことでもやります…。お願いします…」

祭壇の前でヴァージニアは、しばらくの間跪いたままだった。

⑰へ…

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