156. Mailbox

『いつもの場所で』
郵便箱に放り込まれた素っ気ない紙切れ。辺りを伺いながらも取り出したヴァージニアは、胸に当てると嬉しそうに微笑んだ。

「トニー!」
湖畔の木陰に寝転んでいたトニー・スタークは、名前を呼ぶ声に顔を綻ばせた。だが、いつまで経っても素直になれない彼は、そのまま目を閉じた。
やがて、走ってきたのだろうか、乱れた息遣いと温もりが彼の横に腰を下ろした。
「トニー?眠ってるの?」
可愛らしい声と共に鼻を摘まれ、彼は笑いだしたい気持ちを必死に堪えた。
「トニー、起きてください」
ペチペチと頬を叩いていたペッパーことヴァージニアだが、いつまで経っても目を覚ます気配のないトニーに痺れを切らし、唇にそっとキスを落とした。
と、彼女は目の前がくるりと回った。トニーが彼女をぐっと引き寄せ、そのまま抱きしめ身体を反転させたのだ。
トニーの力強い腕の中に閉じ込められ、ペッパーはわざとらしく頬を膨らませた。
「寝たふりされてたの?!ひどい!」
非難めいた口調なのに、クスクスと笑みを漏らす彼女は可愛らしく、顔中にキスの嵐を浴びせたトニーは首筋に赤い印を刻んだ。
「ん…」
ペッパーが甘い吐息を漏らしたのを合図に、トニーは彼女の身体に溺れていった。

「もうすぐお会いできなくなります」
身なりを整えると、ペッパーは悲しそうにトニーに告げた。
スターク家とポッツ家。この街で勢力を誇る両家は昔からいざこざを起こし敵対視し合っていた。両家の跡取りであるトニーとペッパーは、ひょんなことから恋に落ちたのだが、そんな事情もあり、2人の恋は誰にも告げることのできないものとなっていた。街ですれ違っても声を掛けることもできず、郵便箱への秘密の手紙と密会が2人の唯一の繋がりだった。
しかもお互い幼い頃からの許婚がおり、3日後に祝言を上げることになっている。
結婚すれば会えなくなる…。だが、きっと一度燃え上がった恋の炎は燃え尽きることがないため、密会は続けられるのだろうが…。
ペッパーの目から涙が零れ落ちたのに気づいたトニーは、ここ数日、ずっと考えていたことを口に出した。
「ペッパー、俺は決めた。君のこと、このままさらって逃げてもいいが、それではみんな不幸になる。だから、父上を説得する。それから君のご両親も…」
何世代にも渡りいがみ合っているのだから、許されるはずはないだろう。だがもしかしたら、自分たちのことがきっかけで、物事は思わぬ方向に転じるかもしれない…。
淡い期待を抱いたペッパーだが、それでも不安の方が大きかった。説得するということは、2人の関係が公になるということ。反対されたらもう2度と会うことはできないのだから…。
「でも…トニー…。反対されたら…もう2度と…」
しくしくと泣き始めたペッパーは壊れそうなくらい儚く見えた。安心させるようにギュッと抱きしめたトニーは、力強く答えた。
「そのときは君を連れて遠くへ逃げる。俺は君の手を絶対に離さないから…」

それからしばらく後、街では盛大な結婚式が開かれた。そして湖畔に建てられた新居には、秘密の手紙を忍ばせていたあの郵便箱にトニーとペッパーの名前が刻まれていた。

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