「もう我慢できないわ!勝手にして!」
頭から湯気が出そうなくらい怒り狂ったペッパーは、トニーに背を向けると、娘の手を引き玄関へと向かった。
「さよなら、トニー!」
最後に捨て台詞を吐き捨てると、腕組みしたまま仁王立ちになっているトニーも、別れの言葉を吐き捨てた。
「あぁ!勝手にしろ!」
事の発端はこうだ。
子供が産まれた時、『一日中ラボに閉じこもらない』と約束したのに、ここ数日のトニーはアーマーの開発で忙しいのか、ずっと閉じこもったままなのだ。食事すらろくに取らないのだから、いささか心配になったペッパーは何度もいい加減にするよう伝えたのだが、トニーは生返事ばかり。何も話さないトニーにとうとう堪忍袋の尾が切れたペッパーを発端に、2人は大喧嘩へと発展してしまったのだ。
いつも以上に激しい言い争いに、もうすぐ2歳になるエストは、怒り顕に車を運転する母親を不安そうに見つめた。
「ママ、どちてパパとケンカしゅるの?」
後部座席のチャイルドシートをミラー越しに見ると、小さな娘は目に涙を溜めているではないか。
「話せば複雑なの…」
と言いかけたペッパーだが、幼い娘に話しても理解出来ないばかりか、混乱させるだけだろう。
「パパがね、お話してくれないからよ…」
そう一言告げたペッパーはため息を付くと車を走らせた。
が、その日の夜。
「ルームサービスです。夕食をお持ちしました」
室外から声が聞こえ、ペッパーはドアを開けた。と、部屋の外には大勢の人。一体何事かと目を白黒させるペッパーを他所に、料理を乗せたワゴンを押したホテルのスタッフは次々と部屋に入ってくるではないか。
こんなに頼んでいないのに、一体どうしたのだろうかと考えていると、ペッパーの後ろに隠れて様子を伺っていたエストが、嬉しそうに声を上げた。
「パパ!」
数時間前に大喧嘩した夫がいるはずがないと思ったペッパーだが、一番最後に入ってきたのは、紛れもないトニーだった。
駆け寄ってきた娘を抱き上げたトニーは、夕食をセッティングしたスタッフが退室したのを確認すると、ゆっくりとペッパーに歩み寄った。
「顔も見たくないかもしれないが、一言伝えたくて…」
と、ポケットから携帯を取り出したトニーが操作すると、ホログラムが現れた。
「これを作っていたんだ」
ホログラムは、アーマーだった。だがよく見ると、アイアンマンではない。目をぱちくりさせたペッパーは、ホログラムとトニーの顔を見比べた。
「君への誕生日プレゼントだ。明日渡そうと思って作っていたが、君が気に入るようにと手直しばかりしていた。だからここ数日はラボに篭っていた。話せばサプライズにならないだろ?だから黙っていた。だが、君を不安にさせるくらいなら、話せばよかった。すまなかったな。私はどうも物事を複雑にしてしまうらしい」
鼻の頭を掻いたトニーは、ペッパーに携帯を手渡した。
そのアーマーは赤とゴールドのアイアンマンとは違い、ややピンクがかった色合いにシルバーを基調とした細身のものだった。明らかに女性の体格に合わせたアーマー…つまりこれは…。
「私のアーマー?」
目を瞬かせたペッパーは、顔を上げるとトニーを見つめた。優しい瞳をしたトニーは、手を伸ばすとペッパーの頬をそっと撫でた。
「いらないと言うかもしれないが…。最近厄介なお客さんが多いだろ?もしもの時のためだ。リパルサーとユニビームは搭載しているが、基本的に武器は一切ない。つまり、これは人助けをするアーマーなんだ」
自分がアーマーを身につけ戦う姿など想像したこともないが、いつも心のどこかで思っていた。トニーが目の前で傷つく度に、自分にも力があったらと…。いつも守られてばかりだけど、私も力になりたいと…。
そんなペッパーの気持ちを汲んだのか、トニーは専用のアーマーを作ってくれた。それも、武器は搭載していない、人助けをするアーマーを…。
「レスキュー…」
頭の中に浮かんだ言葉をつぶやくと、トニーは一瞬驚いた顔をしたが、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「いい名前だな。君にぴったりだ」
トニーの笑顔を見た瞬間、ペッパーは喧嘩の原因の何もかもを忘れてしまった。とにかく今は彼の温もりを感じたい。数時間離れていただけなのに、こんなにも恋しくなるなんて…。
トニーにぎゅっと抱きついたペッパーは、涙が零れそうな顔を彼のジャケットに押し付けた。
「…ごめんなさい…」
トニー愛用のコロンの香りをすぅっと吸い込むと、ペッパーは素直に気持ちを吐き出した。そんな彼女を力強く抱きしめたトニーは、美しい赤毛にキスを落とした。
「おい、謝るのは私の方だ。ペッパー、いつも心配ばかりさせてすまない。だが、君は私が世界一守りたい大切な存在だ。最も今はもう一人いるが…」
腕の中の愛しい存在を見つめるトニーの瞳は、自分に向けられるものとはまた違うもので、ペッパーは眩しそうに彼を見つめた。ペッパーの視線に気づいたトニーは目尻を下げると、妻の唇を奪った。
両親が仲直りしたことが分かったのか、エストも2人の顔を見比べると父親の髭を引っ張った。
「パパ、あたちも!あいあんまん、いる!」
キスをし続ける両親の注意を引こうと、エストはもそもそと身体を動かした。
唇をしぶしぶ離したトニーは、口を尖らせている娘の頬に触れるとウインクをした。
「エストにもちゃんと考えてる。誕生日プレゼントだから、もう少し待て。それより…せっかくだ。君の誕生日の前祝をしよう。言っておくが、明日もちゃんと計画があるからな」
エストを抱きなおしたトニーは、ペッパーの手を握ると料理が所狭しと並べられたテーブルに向かって歩き始めた。