トニーの記憶は戻らないまま3週間が過ぎた。
身体は回復しても記憶が戻らないトニー。
家に帰れば、もしかしたら…という淡い期待を抱きつつ、ペッパーは頭と手にはまだ痛々しくも包帯が巻かれているトニーを連れて家へと戻ってきた。
『おかえりなさいませ、トニ―様』
一切の記憶がないのだから、もちろん自分の家のことも忘れているトニーは、どこからともなく聞こえる声にキョロキョロと周りを見回した。
「えぇっと…君は…」
戸惑い気味に聞くトニーに、ジャーヴィスは丁寧に答えた。
『私はジャーヴィスです。あなた様に作って頂いた、あなた様の電脳執事です。何かご用があればお申し付け下さい』
珍しそうにあちこち見てまわるトニー。
楽しそうに家の中を見て回るトニーの姿に、ペッパーはこみ上げる涙を必死に堪えていた。
どうしてこんなことになったの?
どうしてトニーがこんな目に合わなくちゃならないの?
私が…もっと早く気づいてれば…。
指にはめた指輪…つい先日、ペッパーの誕生日に将来を誓いあいトニーがはめてくれた指輪を手で包み込むと、ペッパーは耐えきれずソファーに座り込んでしまった。
「ペッパー…」
気がつくと不安そうな顔をしたトニーが目の前にいた。
「ごめんなさい…どうしたの?トニー?」
頬に流れた涙を慌てて指で拭うと、ペッパーはトニーに笑顔を向けた。
「その…ゴメン…ペッパー。君を不安にさせてしまって…。僕が…」
トニーのやや潤んだ目を見つめたペッパーは、トニーの手を取り、横に座らせた。
トニーは悪くないのに…。一番辛いのは彼なのに…。トニーを不安にさせてどうするの?
ペッパー、しっかりしなさい!
自分を叱咤するように軽く頬を叩いたペッパーは、下を向き俯くトニーを優しく抱きしめた。
「トニー…大丈夫よ。大丈夫だから…何も心配しないで…。何があっても私がそばにいるから…」
「ゴメン…」
ペッパーがトニーの背中をそっと撫でると、トニーはペッパーの髪に顔を押し付け、くぐもった声で謝り続けた。
***
夕食はトニーの好物をたくさん作った。
いつも「おいしい」と言いながら食べてくれていたトニーのあの笑顔を見たくて…。
記憶を失っていても、トニーは「おいしい」と何度も言いながら食べてくれた。
ペッパーはそんなトニーの笑顔を見れるだけで幸せだった。
夜も更けた頃、トニーは寝室にいた。
大きなベッドに仲良く並んだ2つの枕。
婚約までしている「恋人」なのだから当然なのかもしれないが、何も覚えていないトニーはその情景に戸惑っていた。
「あら?トニー?寝ないの?」
寝室に入ってきたペッパーは、ベッドの前に立ち尽くすトニーに声を掛けた。
「あぁ…そ、そうだな…」
様子のおかしいトニーの顔を覗きこむと、真っ赤な顔をしたトニーは恥ずかしそうに目を逸らした。
「トニー?どうしたの?」
トニーの頬に手を添え、目をじっと見つめるペッパー。
彼女は望んでいるのか?
いや…きっと以前の僕もきっと望んでいるはず…。
今の僕は、彼女をどうやって喜ばせていたのか分からないけど…。
もしかしたら、彼女を抱けば何か思い出すのでは…。
ペッパーが自分のことで涙を流す姿は見たくない。
早く記憶を取り戻さなければ…。
焦ったトニーは、ペッパーにキスをすると、ベッドに押し倒した。
「トニー?!どうしたの??」
やみくもに体中にキスをし始めたトニー。
明らかに様子のおかしいトニーに、ペッパーは戸惑いを隠せなかった。
その戸惑い悲しそうなペッパーの顔を見ながら、トニーはますます焦った。
違う…こんな感じではなかった…はず…。
そうだ…彼女は…ペッパーは…私に抱かれる時は…もっと…嬉しそうな顔を…。
ズキン!!
突然目の前が真っ暗になり、激しい頭痛と眩暈に襲われたトニーは呻き声をあげた。
「トニー?トニー!どうしたの?!大丈夫?」
頭を抱え起き上がろうとしたトニーだが、足がもつれベッドの上にうずくまってしまった。
ペッパーは、脂汗をかき苦しそうに息をするトニーの背中を、落ち着きを取り戻すまで一晩中さすり抱きしめ続けた。
*****
「記憶を取り戻すことを、心と身体が拒否しているのです。無理は禁物です。焦らずゆっくりやっていきましょう…」
翌朝、トニーを診察に来た医師を玄関先まで送り、寝室へ戻って来たペッパー。
薬で眠るトニーを見つめるペッパーの目からは涙が次々と零れ落ちた。
「トニー…」
怪我をしていない右手を優しく包み込むように握り静かに呼びかけると、トニーはゆっくりと目を開き起き上がった。
ペッパーの涙を見たトニーは、自分のせいでまた泣かせてしまったと視線を下に落とした。
「ペッパー…ゴメン…。僕も早く君とのことを思い出したい…。だけど…」
トニーの目に光るものを見たペッパーは、頭を振った。
「トニー…。お願い。一人で苦しまないで…。焦らないで…。それに…もしあなたの記憶が戻らなくても…私はあなたから離れたりなんかしないから…。だって…あなたのこと世界一愛してるんだもの…。また二人で思い出を作っていきましょ?」
そう言うと、耐えきれなくなったペッパーはトニーに抱きついた。
「ペッパー…ありがとう…。愛してる…」
ペッパーを抱きしめたトニーは、首筋に顔を埋めた。
背中に回されたペッパーの温もり…その温もりを懐かしく感じたトニーは、ペッパーをきつく抱きしめた。
「トニー?どうしたの?」
「この感じ…僕は知ってる…」
「ホント?」
身体を離しトニーの顔を覗き込んだペッパーは、トニーの頬を撫でると目をじっと見つめ唇にそっとキスをした。
触れるか触れないかという軽いキス。目を閉じしばらくその感触を味わっていたトニーの顔に笑みがこぼれた。
「やっぱり、この感触を…よく知ってる…気がする…」
トニーの言葉にペッパーの顔にも笑みがこぼれた。
「ホント?じゃぁ、これは?」
そういうとペッパーは、トニーの顔を優しく包み込むと、甘くとろけそうなキスをし始めた。最初は驚いていたトニーだが、腕をペッパーの背中に回すと身体をギュッと抱きしめ、自分から舌を絡め始めた。
しばらくして、甘い息を吐きながら名残惜しそうに唇を離すと、トニーはペッパーを見つめて微笑んだ。
「これも知ってる…。いや…僕は…君を抱きしめ触れ合うのが好きだったよね?」
「よかった。覚えててくれたのね…」
トニーに抱きつき胸元に顔を摺り寄せるペッパー。そのペッパーの頭をトニーは優しく撫でた。
ペッパーを抱きしめその甘い香りを吸い込んだトニーの心の奥底から、ペッパーと一つになりたいという欲望が沸き起こり始めた。
「ペッパー…その…」
ペッパーの首筋に口づけしながら、トニーは耳元で囁いた。
「何?」
照れ臭そうなトニーの声に、ペッパーは顔を上げずに答えた。
「君を…抱きたい…。君が欲しいんだ…。いいか?」
トニーの言葉にペッパーの目から嬉し涙が一粒零れ落ちたが、その涙を隠すようにペッパーはトニーの胸元に顔を押し付けた。
「ええ。私も…」
お互いの服を脱がせると、トニーの体中にキスをし始めたペッパー。
生まれたままの姿で戯れていた二人だが、ペッパーはトニーをベッドに横たわらせると身体の上に跨った。
「これも覚えててくれたらいいんだけど…」
上気した顔でトニーを見つめると、ペッパーはゆっくりと腰を下ろしていった…。
→3へ…