l’amour innocent①

「ポッツさん!」
放課後、ロッカーの前でソワソワと待っていたペッパーは、遥か遠くから自分の名前を叫びながらやってくる彼の姿を見ると、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。

「ゴメン、遅くなって…」
余程急いできたのだろうか、ハァハァと息を切らしたトニー・スタークは、額の汗を拭った。
「ううん、私もさっき来たところだから…」
上目遣いで見つめられ、ペッパーは彼の眼差しに胸の高まりを抑えることができなかった。

女性の扱いには手慣れているはずなのに、トニーは初めて恋をした時のように、真っ赤な顔をして照れくさそうだ。
「それで…あの…その…」
と、先程からボソボソと何やら呟いているが、その先を言うことができない。
友人経由で託された手紙には、『私、スタークくんに恋をしました』と、ハッキリ書かれていたのだから、後は面と向かって言葉で告げればいいのに、トニーはどう切り出したらいいのか分からなかった。
一方のペッパーも、目の前にいる男性は初めて恋をした相手。しかも百戦錬磨のプレイボーイ。変なことを言って、恋人になる前に嫌われたくないと、モジモジしていたが、一向に言葉を発しないトニーに業を濁したペッパーは、素直に気持ちを伝えることにした。
「て、手紙…ありがと…。そ、その…凄く嬉しかったの」
何度か瞬きしたペッパーは、トニーを恥ずかしそうに見つめた。潤んだ瞳で見つめられ、あまりの可愛さにトニーは心臓が跳ね上がった。
(とっとと告白しちまえよ)
周囲で遠巻きに見ている生徒達からの無言の圧力に、こんな人前で言えるかと、彼らを睨みつけたトニーは、まだ恥ずかしそうに俯いているペッパーの手を握った。
「あ、あのさ…。ハンバーガー食べに行かない?」
「ハンバーガー?」
てっきり告白されると思っていたのに、デートのお誘い…しかもハンバーガーときたものだから、ペッパーはクスクスと笑い出した。
「スタークくん、ハンバーガーが好きなの?」
世界屈指の大企業の一人息子である彼は、高級車を乗り回し、全身ブランド品で固めている。その彼の口から『ハンバーガー』という庶民的な言葉が飛び出し、やっぱり彼は噂で聞くような人物ではないのかもとペッパーは改めて感じた。
「え?!ダメだった?俺、ハンバーガー大好きなんだ。特にバーガーキングのチーズバーガーが大好きで、帰りによく食べに行くんだよ」
手を握りしめたまま歩き出したトニーは、ようやく自分のペースになったためか、ペラペラと話し始めた。
「ポッツさんは何が好き?ハンバーガーが嫌だったら、ポッツさんが好きな物を食べに行こう」
「ううん。スタークくんのオススメが食べたいわ」
嬉しそうに微笑んだペッパーは本当に可愛らしく、そのまま唇を奪い取りたい衝動に駆られたトニーだが、まだ告白もしていないのだからと必死に押さえ込むと車へと向かった。

結局ハンバーガーを食べに来た2人は、店内でお互いのことを話し合った。
トニーは所謂ジャンクフード好き。ロボットなど何か作ることが大好きで、時には寝食を忘れてしまうほどらしい。だがフランス語など数カ国語も話せる博学な彼なのに、どうやら一般常識に少々欠けているところがあるようだ。
一方のペッパーは、グルテンフリーの食品など健康的な物を好んで食べていること、料理はみんなから絶賛されるほど得意。読書が好きで図書館によく篭っているから、姿が見えない時は図書館に探しに来てと伝えると、トニーは真剣な顔をして頷いた。
対象的な2人なのに、お互いが自分の知らない世界を知っているのだから、話は尽きることなく盛り上がっていた。ようやく打ち解けて話せるようになったところで、トニーはペッパーを店の外に連れ出した。そして彼女の手を取り目の前のビーチへ向かった。

「綺麗な夕日ね!」
地平線に沈もうとしている太陽で、辺りは真っ赤に染まっている。感嘆の声を上げるペッパーをチラリと盗み見したトニーは、今がチャンスだと深呼吸をした。
「ポッツさん……あのさ…」
振り向いたペッパーの肩を掴んだトニーは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「俺、生まれて初めて恋をした。こんなにも真剣になったのって、君が初めてなんだ。なかなか声も掛けれなかったし…。気がついたらいつも君のこと考えてる。それくらい君に夢中なんだ。君のこと、大切にする。絶対に君のこと、泣かせたりしない。だから…お、俺と…」
夕日に負けないくらい真っ赤な顔をしているペッパーを、目を見開いて見つめたトニーは、大きく深呼吸すると叫んだ。
「結婚して下さい!」

いきなり『結婚』という言葉が飛び出し、ペッパーは面食らった。今まで何度か他の男子生徒から告白されたことはあるが、実際のところお付き合いしたことは一度もない。それでも彼らは『結婚してくれ』とは言わなかった。
「け、け、けっ…こ…ん……」
そもそも恋人どころか友人でもないのに、どうして結婚まで話が飛ぶのだろう。ペッパーの頭の中は大混乱。見るからに目を回しているペッパーに、トニーは心の声をそのまま口に出してしまったと、額を叩いた。
卒倒しそうな勢いのペッパーを思わず抱きしめたトニーだったが、彼女がそっと抱きついてきたのに気づくと、そのまま腕の中に閉じ込めた。
「ち、違うんだ!い、今すぐ結婚とかじゃなくって…そ、その…将来的な展望であって……。とにかく、まずは俺の恋人になってくれ。俺のこと、もっとよく知って欲しい。もちろん君のことは何から何まで知りたいし…」
つまり、結婚を前提に真剣に付き合いたいということだろう。そっとトニーの様子を伺うと、彼の顔も自分に負けないくらい真っ赤になっている。彼のことがどうしようもなく愛おしく感じたペッパーは、トニーの背中に腕を回すと彼の胸元に顔を押し付けた。
「結婚のお返事はすぐにはできないけど……。私もスタークくんに夢中なの。スタークくんの手紙、毎晩読んで眠ってるわ。あの手紙、あなたの気持ちがとても伝わってくるから…」
顔を上げたペッパーは、トニーの瞳をじっと見つめた。彼女の気持ちは瞳を見ればすぐに分かった。そして思いが通じあったのだから、もう何も2人を遮るものはなかった。
「ポッツさん…愛してる…」
「私も…愛してるわ…」
トニーの顔が近づいてきた。
そっと目を閉じたペッパーの唇に、程なくして柔らかなトニーの唇が触れた。
初めてのキスは触れる程度の優しいキス。遠慮がちにすぐに離れたトニーだったが、ペッパーは続きをねだるようにトニーのジャケットをキュッ握りしめた。
「もう一回…」
そう告げるとペッパーは恥ずかしそうに小さく頷いた。彼女の頬にそっと手を当てたトニーは、今度は甘く優しいキスをしてくれた。蕩けるようなキスにペッパーの身体から力が抜けた。寄りかかるように倒れかかってきたペッパーに、彼はビクッと身体を震わせた。柔らかな身体からは甘い香りが漂い、トニーの五感をくすぐった。チラリと視線を下に向けると、胸の谷間が飛び込んでき、トニーはゴクリと唾を飲み込んだ。
(トニー・スターク!落ち着け!落ち着け…。今日は…ダメだ!)

つい5分前に恋人になり3分前にファーストキスを済ませたばかりなのだから、このままお持ち帰り…という訳にはいかないだろう。必死で理性と格闘したトニーは、彼女の肩を抱き寄せると車へと向かった。

「送ってくれてありがと」
フフッと嬉しそうに笑ったペッパーは、トニーの頬にチュッとキスをすると、真っ赤になった顔を隠すようにパタパタと女子寮の入口へと走って行った。
ペッパーの姿が見えなくなるまで見送ったトニーは、車に乗り込むと自分の家へと急いだ。
ペッパーは全く気づいていなかったが、下半身は暴発寸前。
「…どうすればいいんだよ…」
ため息を付いたトニーだが、今更他の女性とどうこうする気はないのだから、彼女のことを思い、1人でどうにかするしかないだろう。
今までなら、出会ったその日でも関係を持つことも厭わなかったのだが、ペッパーとは大事に進めて行きたかった。
「とりあえず、次の目標は…ペッパーと呼んでいいか…だな…」
と、携帯がメールの着信を告げた。見るとペッパーからのメールだった。

『今日はありがと。凄く楽しかったわ。あなたのこと、もう恋しくなっちゃった…。また明日、学校でね。愛してるわ…トニー
あなたのペッパーより♥』

「先を越された…」
恥ずかしくて『ペッパー』と呼べないのに、彼女はメールではあるが、先に『トニー』と呼んできた。どうも彼女との恋愛は今までとは勝手が違うようだが、トニーは初めての恋に内心楽しくて仕方がなかった。
「でもまぁ…あっちの方は俺の方が絶対に上手だけどな」
明日はさり気なく誘ってみるか…。計画を頭の中で立て始めたトニーはニンマリ笑うと、音楽のボリュームを上げた。

②へ…

アベアカAU

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