Walnut bread

“You are on may side.”の続きです。

***
『ポッツ様、お客様です』
キッチンでおやつにドーナツを作っていたペッパーは、F.R.I.D.A.Y.の声に作業を中断すると、リビングエリアへと向かった。

リビングにいたのは1人の少年。トニーの知り合いに子供なんていたかしらと首を傾げていると、ペッパーに気付いた少年は目を輝かせた。
「ワォ!ミス・ペッパー・ポッツですよね?スターク・インダストリーズのCEOの!」
興奮気味に近づいて来た少年は、キラキラした瞳でペッパーを見つめた。
「え…えぇ…そうですけど…」
若干引き気味のペッパーに、まだ名乗っていなかったことを思い出した少年は、ぴょこんと頭を下げた。
「ピーター・パーカーと言います。あの…スタークさんと約束があって…」
聞き覚えのある名前にペッパーは頬を緩めた。
つまり目の前の少年が、先日の事件でトニーを手伝ってくれたスパイダーマン。
「あなたがパーカーくん?初めまして。ペッパー・ポッツです。先日はトニーを助けてくれてありがとう」
差し出された手を恐る恐る握ったピーターは、ペッパーの言葉に飛び上がった。
「助けただなんて!そんな恐れ多いです!僕の方こそドイツにまで連れて行っていただいて、その、何というか…物凄い経験をさせて頂きました!しかもスパイダーマンのスーツまで作って頂きましたし!」
興奮しっぱなしの少年は、唾を散らしながらペッパーの手をブンブン振り回した。
「そ、そう…」
あまりの勢いに押されっぱなしのペッパーがどうすればいいのか迷っていると…。

「スパイダー坊や、いい加減手を離せ」
恐ろしい程不機嫌な声が背後から聞こえてきた。
声の主はもちろんトニー・スターク。
子供にも嫉妬心丸出しの彼は、仏頂面でドスドス歩いて来ると、ピーターをペッパーから引き離した。が、幸か不幸かピーター・パーカーは全く気が付いていないようだ。
「スタークさん!この間はありがとうございました!」
今度はトニーの手を握ろうとしたピーターだが、それを交わしたトニーはペッパーの腰に手を回すと顰め面でピーターを睨み付けた。
「パーカー君、言いたいことがある。まず1つ。お前は喋りすぎだ」
「皆さんに言われました。戦いの最中は喋るなって」
「『帝国の逆襲』は大昔の映画ではない」
「でも、もう30年以上前の映画ですよ?僕が生まれるうんと前の」
「この間も言ったが…お前はよくやった」
「え…」
突然褒められ戸惑うピーターに、ペッパーは助け船を出した。
「ありがとうって言ってるのよ」
クスクス笑ったペッパーと眉を吊り上げたトニーを見比べたピーターは、少年らしいあどけない笑顔を2人に向けた。

「お前を呼び出したのは、これを渡すためだ」
ポケットから何やら取り出したトニーは、ピーターにそれを押し付けた。
「家でゆっくり眺めろ。じゃあな」
まるでさっさと帰れというように、追い払う仕草をするトニーだが、ペッパーは彼の肩を小突いた。
「せっかく来てくれたんですもの。ドーナツを作ったの。だからぜひ食べて行って?」
「ドーナツ?!僕、大好物なんです!」
文句を言おうとしたトニーだが、ペッパーはピーターを連れてさっさとキッチンへ向かってしまった。
「あいつの言う大昔の映画のセリフを使うなら、『嫌な予感がする』だな…」
ため息を付いたトニーは、急いで2人の後を追った。

トニーがキッチンに入ると、香ばしい匂いが部屋中を漂っており、ペッパーの手元には黄金色のドーナツがいくつも積みあがっていた。
カウンターに腰を下ろすと、何やら楽しそうにペッパーと話をしていたピーターは、トニーの方にくるりと向きを変えると、紙袋を押し付けた。
「何だこれ…」
「若くて美人なメイおばさんからです。スタークさんに会いに行くって言ったら、この間美味しいと褒めてもらったから、クルミパンを持って行ってあげてと言われて…」
そのクルミパンの行く末を知っているピーターも何とも言えない顔をしているが、トニーは困ったというように頭を抱えた。
と、その時だった。

ガシャーン!!!!

大きな音がし、トニーとピーターは椅子の上で飛び上がった。
見るとカウンターの向こうで、ペッパーが持っていたボウルが床にひっくり返っている。
「メイおばさん……クルミパン……」
震える唇で呟いていたペッパーだが、キッとトニーを睨み付けた彼女はドーナツをトニーに向かって投げつけ始めた。
「お、おい!ペッパー!!」
必死に避けるトニーと、あちこち飛び交うドーナツを見事に受け止めるピーター。
さすがスパイダーマンだと妙に感心してしまったトニーだが、そんなことをしている場合ではない。
床に座り込み声を上げて泣き始めたペッパーの元へ駆け寄ったトニーは、浮気だと叫ぶ彼女を問答無用と抱きしめた。
「ハニー…ペッパー。泣くな。大丈夫だ。言っただろ?君のクルミパンしか私は口に合わないって…」
大粒の涙を拭ったペッパーだが、唇を尖らせるとトニーを見上げた。
「で、でも…若くて美人って…」
ぐすんと鼻を啜ったペッパーの目から、新たな涙が零れ落ち、ピーターがいる前だというのに、トニーは2人きりの時にしか出さないような甘ったるい声で囁いた。
「リップサービスに決まってるだろ?パーカーくんを連れ出すお許しをもらわなければならなかった。それに世界中の美女を集めても、君の魅力には敵わない。知ってるだろ?私が君に夢中だってことは…」
「トニー…」
くしゃっと顔を歪めたペッパーは、トニーにしがみつくと再び泣き始めた。

カウンター越しに2人のやり取りを聞いていたピーターだが、テレビで見るペッパーと先日家に来た時のトニーとはかけ離れすぎた2人の姿に、頭はパニック状態だ。
「だ、大丈夫ですか…」
それでも何とか声を掛けると、ペッパーの背中を撫でていたトニーはバツが悪そうに肩を竦めた。
「妊娠中で情緒不安定なんだ」
妊娠が発覚したのはつい数日前だが、それと同時にペッパーはつわりに悩まされていた。ということで、普段よりも感情露わなペッパーに振り回されながらも、いつになく素直なペッパーにそれはそれで嬉しいと思っていたトニーなのだが、まさかスパイダー坊やのいる目の前でその波が来るとは思いもしなかった。
とにかく早々に坊やにはご帰宅頂いて、ペッパーはベッドの中でゆっくり慰めよう。
「妊娠って………えぇぇぇ!!!!!!」
と顔を真っ赤にして叫び声を上げているピーターを家から摘まみだしたトニーは、ドーナツを一つ頬張るとペッパーを抱き上げ寝室へと向かった。

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