CWでトニーとペッパーは別居中です。が、仕事とプライベートはきちんと分けそうなペッパーなので、MITの講演に参加していないのは意外でした。なので、もしかしたら身を隠さないといけない事情があったのかなぁと勘ぐってしまう訳ですが…。ですが、CWの展開上、最後に出てきてトニーを救って欲しかった!
ということで、もし本当にペッパーが出て行ったという設定で、CW後の妄想話です。
***
クリスマスの朝、彼女を失いかけた時、彼女を守るためにアーマーを全て破壊した。だが、アーマーの開発は止められなかった。
そしてヒドラの騒動、ウルトロンの事件が起こった。
暫くは彼女とゆっくり過ごそうと考えていたのに、やはりアーマーは作り続けた。
口では『アイアンマンを辞めてもいい』と言っていても、結局は止めることができないのだ。
だが、それは彼女を守るため。彼女を失いたくない…ただそれだけだった。
が、それが彼女と距離を置く原因にもなってしまった。
MITでの講演の前日、彼女に指摘された。『結局あなたはアイアンマンを辞めるつもりはないんでしょ?』と。
図星だった。
彼女の思いは分かっている。彼女は不安なのだ。いつか私を失うのではないかと…。だがそれは私も同じだった。
君を守るためだと反論したが、口約束はもううんざりと言われた。
結局、しばらく距離を置こうと提案され、頷くことしかできなかった。彼女が苦労していたことは分かってるから…。
そして彼女は荷物をまとめ、泣きながら出て行った。
女性との別れには慣れているつもりだった。
だが彼女は別格だった。彼女は私の全てだった。それ故に、彼女を失いかけているという現状にどうしていいのか分からなかった。
何を見ても彼女を思い出してしまう。虚無感が一気に押し寄せた。
そこへ今回の出来事だ。
両親の死の真相を思わぬ形で知らされた。
あの瞬間、途端にあの頃の私に戻ってしまった。愛する母を突然奪われた怒りと悲しみが、数十年ぶりに押し寄せてきた。感情の爆発を抑えることができなかった。
敵うはずのない相手に立ち向かった。決して殺意があった訳ではない。ただ子供のように相手を殴り倒したかった。あいつらが詫びるまで殴り続けたかっただけだった。昔の知人に殴られ命を落とした父と、そして首を絞められ息絶えた母のために…。そして20年以上隠されていた事実を、法の下で正しく裁いて欲しかっただけだった。
あの時、自分に殺意があるように思ったのだろうか。あいつを倒した後も彼は立ち向かってきた。これ以上事態を悪化させたくなかったから、降伏するよう伝えても、無駄だった。逆に倒されてしまった。マスクを剥ぎ取られ、盾で…父が彼のために作った盾で…。彼は一瞬、あのまま顔面に盾を叩きつけようとしたのかもしれない。だから父のように、仲間に殺されるかと思った。が、彼は私を殺さなかった。きっと出来なかったのだろう。結局は、仲間なのだから…。
あの時彼は何を思ったのだろう。
父の盾で私にとどめを刺したことを…。
彼の象徴でもあった盾を置いて行けと言われたことを…。
だが、これ以上、父を汚して欲しくなかった。もう十分だった。父を彼のせいで苦しめたくなかったから…。
ふぅとため息を付いたトニーは、アベンジャーズの本部の自室で頭を抱えた。
外はいつの間にか薄暗くなっている。
これでよかったのだろうかと何度も自問した。
親友は下半身に麻痺が残った。
ヴィジョンはあの調子だ。
新しい蜘蛛の僕は…根性はあるから期待してよさそうだ。
ロマノフは…信じてはみたが、やはり彼女はロマノフだった。尤も、彼女も立場上やむを得ない所があるだろうが…。
残りは無事に脱獄したが、私のことを受け入れてはくれないだろう。
父も結局は、仲間だった人間に裏切られた。
今回の私もそうだ。憧れであり憎らしくもあった仲間に裏切られた。
『信じた者には裏切られたことはない』
君はそうかもしれないが、世の中そんなに甘くないんだぞ、キャプテン。思わぬところに伏兵はいるものなんだから…。
それでも君のこと、許すしかないのだろう。最悪だったが、君も私も信じた道を進んだ結果なのだ。ローディーじゃないが後悔はない。あの時最善だと思うことをしたのだから。
だが、正直、このチームを率いていけるのか、不安しかなかった。
しかもあの協定もある。思い描いていたものと違っていた。今のままではロスの言いなりになりそうだ。これも対策を立てなければならない。雁字搦めになる前に…。と言っても、あいつの言いなりになるつもりはこれっぽっちもないが…。
「考えていても仕方ないか…」
立ち上がったトニーは人もまだらになったホールを通ると建物を出た。
***
『おかえりなさいませ、ボス』
「ただいま…」
シーンと静まり返った家に、トニーは虚しさを感じた。
『家族が必要だ』というキャプテンの言葉が胸に突き刺さった。
「家族か…」
その家族はとうの昔に奪われたし、その可能性があった唯一の女性の姿はもうここにはないのだ。
「ペッパー…」
寂しさのあまり、無意識にその名前を囁いてしまった。
もう1週間も声を聞いていない。
元気だろうか…。泣いていないだろうか…。むしろ、私が傍にいない分、のびのび過ごしているだろうか…。
『また赤毛の女性のことをお考えですか?』
プログラムを少しばかりいじったせいで、F.R.I.D.A.Y.はこんなことを言うようになってしまった…。
「いや……。あぁ、そうだ。彼女のことを考えていた」
誰もいないせいか、いつもより素直に気持ちを吐き出すと、F.R.I.D.A.Y.は心なしか労わるような口調でトニーに告げた。
『ボス、お客様です』
「こんな時間に?誰…」
振り返ったトニーは息を飲んだ。
いるはずのない人物が目の前に立っていた。彼の最愛の赤毛の女性が…。
「ペッパー…」
立ち尽くすトニーに、赤毛の女性は僅かに微笑んだ。
「あなたが心配で…その…少し立ち寄ってみたの…」
一歩ずつ一歩ずつ2人は距離を縮めていった。が、お互い恋しくてたまらなかったのだ。いつの間にか小走りになった2人は部屋の中央でお互いの腕の中に飛び込んだ。
一週間ぶりに抱きしめる腕の中の温もり。首筋に顔を埋めたトニーは、すぅっと息を吸い込んだ。
(あぁ…ペッパーだ…。ペッパーが戻って来てくれた…。)
温かく柔らかな彼女の存在に、トニーはようやく心が静まった気がした。
それはペッパーも同じだった。
出て行ったはいいものの、ニュースでしか見ることのできない彼の現状に、もどかしくてたまらなかった。きっと彼は一人孤独に戦っている。自分はそんな時に寄り添い支える存在だったのに、離れた場所にいていいのだろうかと何度も自問した。そしてとうとう我慢できなくなり、今日こうして来てみたのだが…。
「ホントは…会いたくて仕方なかった…。心配で夜も眠れなかった…。ごめんなさい…トニー…。あなたが辛い時、一人にさせてごめんなさい…」
予想以上にトニーは傷ついていた。それは自分と離れていたということもあるだろうが、今回の一件で彼は心にまた一つ傷を負ってしまった。
背中に腕を回しぎゅっと身体を抱きしめると、ペッパーを抱きしめているトニーの腕は小さく震えだした。
「ペッパー…お願いだ…。謝らないでくれ…。私こそすまない…。いつも不安にさせてすまない。苦労ばかりかけてすまない…。だが…君がいなくて正直キツかった。我儘かもしれないが…お願いだ…。もうどこにも行かないでくれ…。君がいないと…私はダメなんだ…」
何度も頷いたペッパーは、トニーの頭を撫で始めた。小さく嗚咽が聞こえてきた。彼の孤独と苦悩がヒシヒシと伝わってき、ペッパーは一瞬でも彼を突き放した自分を悔いた。
「少し痩せた?食事はちゃんとしてるの?」
ずっと寄り添ってきたペッパーだからこそ分かったのだろう、見た目にはあまり変わりないがトニーの身体は僅かに細くなってきた。
「いや……その……一人だと食欲がわかない」
身体を離したトニーは、なぜバレたんだというように目を泳がせた。
『食欲がない』ということは、おそらくまともな物を食べていないか、お酒に逃げていたということ。
「駄目よ。しっかり食べなきゃ。顔色も悪いじゃないの!」
心配を隠すようにわざと目を吊り上げたペッパーは、腰に手を当てたが、トニーは言い訳するようにボソボソと告げた。
「これは…あれだ。最近胸が痛いし、手も痺れるし…」
つまりそれは、心労と共に本当に体調が悪いということだろう。
「トニー!大変だわ!きっと本当に心臓の調子が悪いのよ!病院に行かなきゃ!」
目を丸くしたペッパーは、顔色を変えるとトニーの腕を掴んだ。
「大丈夫。君の顔を見たら治った。それに、病院よりもこれが一番の薬だ…」
ペッパーを再び腕の中に閉じ込めたトニーは、彼女の頬を撫でると唇を奪った。
今までだって、お互いの仕事で離ればなれになったことはある。だが、今回は心が離れかけていた。だが、ようやく分かった。お互い、絶対に手放してはならない存在だと…。
口づけは次第に深くなり、キスをしながら二人はソファーへと移動した。
ソファーに腰を下ろしたトニーは、膝の上にペッパーを座らせた。首筋にキスをしながらトニーはペッパーのシャツを脱がせた。と、ぷるんと胸が零れ落ちた。
「おい、下着はどこへやった?」
てっきり下着を付けていると思ったのに、どうして彼女はノーブラなのだろう。
「シャワーを浴びてて…。でもあなたのことを考えてたら、居ても立っても居られなくなって…」
頬を赤く染めたペッパーからは、彼女のボディソープの香りがする。
すぅっと香りを吸い込んだトニーは、ジャケットを脱ぎ捨てると床に落とした。そしてシャツのボタンを外し始めたのだが、その手をペッパーは押しとどめた。
「私に脱がさせて…」
トニーの目をじっと見つめながら、ペッパーはボタンを一つずつ外していった。そして胸板に指を滑らせたペッパーは、シャツを脱がせたのだが、彼の裸体を見た瞬間、ペッパーは息を飲み顔を曇らせた。
「ひどい…」
トニーは全身傷と痣だらけだった。彼はこれまで何度も大怪我を負ってきたが、今回は身体の傷と同じく、きっと心も傷ついているはず。
左腕はヒビでも入っているのだろうか、一段と大きな痣はどす黒く変色しており、そっと腕に触れたペッパーの目からは大粒の涙が零れ始めた。
「ハニー、見た目ほど酷くはない。だから泣かないでくれ」
唇で涙を拭うと、ペッパーは泣きながらトニーにキスを始めた。
***
数時間後、2人の姿は寝室のベッドの上にあった。
トニーの胸元に頭を乗せたペッパーは、今回の経緯についてトニーが話すのを黙って聞いていた。全てを話す必要はないだろうと、掻い摘んでトニーが説明すると、話を聞き終わったペッパーは酷く憤慨していた。
「私がいたら、みんなの顔を引っかいてやったのに」
頬を膨らませたペッパーは、ぐいっと顔をトニーに近づけた。腰に申し訳ない程度に掛かっていたシーツがベッドの下に滑り落ち素肌が丸見えだが、それすらもペッパーは気付いていない。
「もう終わったことだし、今更私が口を出すことじゃないかもしれないけど…。あなたを傷つけるなんて、私、みんなのこと、許せないわ。私が許せないのは、あなたの本当の気持ちを誰も信じてくれなかったこと。あなたはみんなを守るために必死だった。今までもそうだったわ。確かに今までのあなたの行動を考えたら、信用できないと思う人もいるかもしれないわ。でもあなたは、今までも戦いの後の救済をしてきたわ。あなたは過去を償おうと今でも必死に努力してる。それをみんなは知らないのよ!本当のあなたの気持ちを知らないから、あなたが差し出した手を向こうは振り切った。あなたのこと、少しでも信頼してくれていれば、今回のようなことは起こらなかったはずよ。尤も、向こうもそう思っているでしょうけど。ごめんなさい。私はあなたの気持ちを誰よりも分かっているつもりだから、あなたの目線でしか物事を見れないわ。それに私、あなたのことに関しては、冷静に判断できないのよね…」
ペッパーだけが自分の気持ちを心から理解してくれている。と、トニーは今まで抱えこんでいた胸のもやもやがすぅっと晴れ渡った気がした。
「君がそうやって怒ってくれたおかげで、気持ちが楽になったよ」
やはりペッパーは必要だ。だが、これからも共にいるためには、一番解決しなければならない問題がある。
「なぁ、ペッパー。一つだけ言っておく。一度はアーマーを全て壊したが、結局私は作り続けている。今回君が出て行ったのもそれが原因だ。本当は止めるべきなのかもしれない。だが、どうやら私には止める気がない。協定が妥協案になると思ったが、上手くいかなかった。しかも、こうなった以上、もう止めることはできない。だからこれからも私は作り続ける。君には苦労ばかりかけると思う。それでも私についてきてくれるか?」
トニーの真剣な眼差しに、ペッパーは気付かれないようゴクリと唾を飲み込んだ。
彼が戦い続ける理由は分かっている。それは全て私を守るため。
正直な話、彼が傷つくのはもう見たくない。
でも、彼が選んだ道を私が遮ることはできない。
それに、今回離れてみて分かった。彼は私なしでは生きていけないというけれど、それは私も同じ。彼を失いたくないのも同じ。
だからここへ戻って来る時に決めた。私にできること…それは彼を信じ支えること。何があっても彼のそばを離れないこと…。
何度か瞬きしたペッパーは
「戻ってきていい?」
と、可愛らしく尋ねた。
「ということは、さっきの返事はOKということか?」
眉を吊り上げたトニーに、ペッパーは肩を竦めた。
「そうね。残念ながらそういうことみたいよ」
クスクス笑い出したペッパーは心底嬉しそうで、トニーは彼女を腕の中に閉じ込めた。
「良かった。君がNoと言っても、土下座して頼むつもりだったけどな」
ほっと安心したように息を吐いたトニーの頬に、ようやくいつもの血色が戻った。自分がそばにいないことがどれだけ彼を不安に陥れていたのだろう。
(ごめんね、トニー)
心の中でそっと呟いたペッパーは、彼を安心させるように首を伸ばしキスをした。
「ところで、ローディは大丈夫?」
その場の空気を変えようと、ペッパーは話題を変えることにした。
人伝いに聞いた話では、彼の無二の親友は重症を負ったらしい。
このまま甘い雰囲気に持っていこうとしていたのか、ペッパーの背中から臀部を撫でていたトニーは一瞬動きを止め、目をぐるりと回した。
「あぁ。あいつは後悔してないって言ってくれたんだ。君とあいつだけだ。私の本当の仲間は…。君たちがいてくれるから、私は壊れずにやっていけるんだな」
口の端を上げたトニーは何やら考えていたが、急に目を輝かせた。
「そうだ。明日、本部へついて来てくれ。ローディも私と君のことをひどく心配してた。目の前でキスかそれ以上のことをすれば、納得するだろ。それから、ヴィジョンもだ。あいつ、どうやら好きなオンナができたらしい。だが、彼女はあいつを地の果てに叩きつけた。だから慰めてやってくれ」
キス以上のことを思わず考えてしまったペッパーだが、ヴィジョンを件で目を丸くした。
「ヴィジョンに好きな………。えぇ?!!!!」
大声を出したペッパーに、トニーはニヤニヤし始めた。
「驚いただろ?あいつも人間らしくなってきた…いや、人間ではないな。人工知能だ。ややこしいな。とにかく明日、本部へ行こう。それから帰りに美味い飯でも食べて…」
「またいつもの私たちに戻る?」
いつもの日常に戻ることが、心身ともに疲れ切ったトニーのためには一番の薬だろう。
「そうだ。そうしよう。だが、いつも以上にしたいな」
相変わらずニコニコしているトニーに、ペッパーは首を傾げた。
「どういうこと?」
「秘密だ」
きっとろくでもないことを考えているわね…と、呆れたように目を回したペッパーだが、トニーが小さく欠伸をしたのを目ざとく見つけた。
枕元の時計を見ると、とっくに日付けは変わっていた。
「ねぇ、朝ごはんはあなたの食べたいものを作るわ。何がいい?」
「クルミパン」
間髪入れずに返ってきた答えに、ペッパーは再び首を傾げた。
「クルミパン?」
「あぁ。君の作ったクルミパンが食べたい。どうやら私の舌は、君の料理以外受け付けなくなってしまったようだ」
自分の不在の間に、クルミパンで何かあったのだろうか…。それでも『君の料理以外受け付けない』と言われ、ペッパーは嬉しさがこみあげて来た。
「それは大変。じゃあ、とびっきり美味しいのを作るわ。でも、今日はもう眠って。寝てないんでしょ?」
目の下の隈をなぞったペッパーは、トニーの額にキスをした。
「君は何でもお見通しだな」
寝不足なのを見抜かれ、トニーは大きな欠伸をすると目を擦った。
「そうよ。何年あなたのそばにいると思ってるの?」
ふふっと笑ったペッパーは立ち上がるとベッドの下に落ちている毛布とシーツを拾い上げた。そして自分たちの身体に掛けると、トニーに抱き付き足を絡めた。
「おやすみなさい、トニー…。愛してるわ…」
ちゅっと音を立ててキスをすると、トニーは微睡始めた視線をペッパーに向けた。
「おやすみ…ペッパー…愛してる…」
目を閉じたトニーは、ようやく1週間ぶりにぐっすりと眠ることができた。
***
翌朝。昨日までとは違い、ペッパーはスッキリした気分で目覚めた。久しぶりにぐっすり眠れた気がする。大きく温かいトニーの腕の中はペッパーにとっても、最も安心できる場所だった。
トニーは背後からペッパーをギュッと抱きしめたまま、いびきをかいて眠っている。彼を起こさないよう何とか戒めから抜け出したペッパーは、床に放り投げてあったトニーのシャツを羽織ると、キッチンへと向かった。
「…ホントに何も食べてなかったのね…」
冷蔵庫の中は自分が出ていった1週間と同じまま、シンクには空になった酒のボトルが何本も転がっている。家に殆どいなかったとはいえこの有様なのだ。実際はもっと酷かったに違いない。
「美味しいもの作って、元気になってもらわなきゃね…」
腕まくりをしたペッパーは、トニーのリクエストに答えようと材料を取り出した。
「でも、どうしてクルミパンなのかしら…。いつもならドーナツがいいとか、ホットケーキがいいとか言うのに…」
生地を捏ねながらペッパーは気づいた。そもそもクルミパンをトニーに作ったことはないということを…。この1週間前で、余程不味いクルミパンを食べたのだろうが、店で売っている物がそんなに不味いはずもない。そうなると、誰かの手作りだろうか…。
「F.R.I.D.A.Y.、何か知ってる?」
『存じておりますが、ポッツ様にお話しすべきではないかと…』
何故か口を濁すA.I.に、ペッパーの眉間には皺が寄り始めた。
「私に話せないってどういうこと?」
勢い余ってクルミが山ほど入ってしまったが、ペッパーは気づくことなくパンを整形し始めた。
『はい、実は…。ボスはとある女性の作られたクルミパンを食べられました。そのパンがボスの口にはお合いに…』
「女性?!誰よ!!」
自分が不在の間、トニーは他の女性と戯れていたということなのだろうか。自分はこんなに心配していたのに、トニーは口で言うほど自分のことを考えていなかったのだろうか。
きぃっと叫んだペッパーは、生地を引きちぎると天板の上に乱暴に置いた。
ペッパーの脈拍と血圧が急上昇したのに気づいたF.R.I.D.A.Y.は青ざめた。せっかく仲直りしたのにこのままではミス・ポッツはまた出て行ってしまわれると…。
『ポッツ様、私の言い方が間違っておりました。ボスはスパイダーマンでいらっしゃいますピーター・パーカー様をスカウトに行かれました。パーカー様のおば様でいらっしゃるメイ様は、急にトニー・スタークがやって来たと大興奮されました。パーカー様はまだ帰られていなかったため、メイ様はボスにリビングで待つようおもてなしを始めました。その時です。手作りクルミパンを出されたのは。ですが、ボスは一口食べた瞬間、顔色を変えました。心拍数は異常に上昇し、脂汗をかかれていました。さすがに目の前で不味いとはボスも言えなかったのでしょう。紅茶で必死に流し込んでいたボスですが、メイ様がいらっしゃらない場所で、ゴミ箱に吐き出されていらっしゃいました。以上がクルミパンに関する経緯です』
F.R.I.D.A.Y.の報告を黙って聞いていたペッパーだが、そういうことだったのねと、ようやく落ち着きを取り戻した。嫉妬していたことが途端に恥ずかしくなったペッパーはオーブンをセットすると
「そ、そう…よかった…」
と小声で呟いた。
と、ここでF.R.I.D.A.Y.はあることに気づいた。おそらくペッパー本人もまだ気づいてはいないことかもしれない。
『ポッツ様、もう一つご報告が…』
大量のクルミ入りのやや歪なパンが焼き上がり、サラダやスクランブルエッグ、果物に搾りたてのジュースとコーヒーをセッティングしたトレーを持つと、ペッパーは寝室へと戻った。
余程疲れていたのだろう、トニーはまだ眠っている。ぐっすり眠っているトニーを起こすのは気が引けたが、温かいうちに食べてもらおうと、トニーの頬にキスをした。
「ダーリン、起きて」
何度もキスをしていると、トニーはようやく目を開けた。
「いい目覚め…」
くしゃっと髪を掻いたトニーは大あくびをするとペッパーを抱きしめた。
「クルミパン作ったの」
「それより君を食べたい」
シャツの裾から入り込んだトニーの手は、ペッパーの腰を撫で回している。
「後でシャワー浴びない?その時に…ね…」
前髪を掻き分け額にキスをすると、トニーはニンマリ笑みを浮かべた。
「さすがポッツ社長。名案だ」
「やっぱり君の料理は世界一美味いな」
あっという間に料理を平らげたトニーは、満足そうにお腹を押さえた。
「そう言ってくれると、作りがいがあるわ」
コーヒーを飲んだペッパーは、ふふっと嬉しそうに笑みを浮かべた。
「よく眠れた?」
「あぁ。久しぶりにぐっすり眠れた。おかけで頭痛も治った」
ふぅと大きく息を吐いたトニーは、肩を押さえると首を左右に動かした。
「頭痛もしてたの?」
ペッパーの不安げな視線に、しまった、言っていなかったとトニーは一瞬目を逸らしたが、今更隠しても仕方ない。
「あぁ。BARFの使いすぎだと思ったが、君がいなかったことが一番の原因だな。食欲もないし、夜も眠れなかった。君がそばにいることが当たり前になっていたが、どうやら私は君がそばにいないと、本当に生きていけないらしい。つまり、それくらい君に夢中なんだ」
顔を上げたトニーはペッパーの瞳をじっと見つめた。
「だからペッパー、頼みがある。永遠に私のそばにいてくれないか?」
永遠にということは…つまりそれは…。
数秒経ってようやくトニーの言葉の意味を理解したペッパーは、
「トニー……」
と囁くと、顔をクシャっと歪めトニーに飛びついた。
「言っただろ?いつも以上にしたいって。君が泣き叫ぶようなシチュエーションで改めてプロポーズはするが、とりあえず先に言わせてくれ。もう2度と君の手を離したくないんだ」
頷きながら肩に顔を埋め泣き始めたペッパーの背中をトニーは優しく撫でた。
「あ、あのね…実は私も報告が…」
暫くして顔を上げたペッパーだが、何故か急にモジモジし始めた。なかなか話し出さないペッパーに、一刻も早く共にシャワーを浴びたいトニーは、続きを話すよう促した。
「……妊娠したの…」
と、トニーの動きが止まった。口をぽかんと開けた彼は、目を見開いたまま動かない。
ペッパーが頬をつつくと、彼はようやく我に返り、ペッパーの肩を鷲掴みにした。
「……なぜすぐ言わないんだ!!!」
「さっき分かったの。F.R.I.D.A.Y.が教えてくれたの。だからまだ病院へ行った訳じゃないし……」
目を見開いたままキョロキョロと動かしていたトニーだが、勢いよく立ち上がるとペッパーの手を握りしめた。
「シャワーより先に病院だ!」
はだけたバスローブを羽織っただけのトニーは、ペッパーの手を掴んだまま部屋を飛び出した。
「トニーったら!お願いだから服を着て!」
ペッパーもトニーのシャツを着ているだけの状態になのだから、このまま病院に行けば、夕方のニュースで何を言われるか分からない。
だが、すっかり舞い上がっているトニーを見るのは嬉しく、ペッパーは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。