144. Crowd

とある街に1人の男がやって来た。各地を歩き自分で発明した武器を売る商人は、領主の元へ挨拶にやった来た。アンソニー・スタークと名乗った男は、若く才能に溢れた魅力的な人物だった。挨拶を終え引き上げようとしたアンソニーは、庭先で美しい女性と出会った。領主の一人娘ヴァージニアだった。出会った瞬間、2人は恋に落ちてしまい、それから頻繁にこっそりと会うようになった。
2人の恋の炎は燃え上がり、一緒になりたいと願ったが身分違いの恋は許されるはずがない。ヴァージニアには両親が決めたアルドリッチ・キリアンという許嫁がおり、一週間後に結婚することが決まっていたのだ。アンソニーの宿場で抱かれたヴァージニアは、式の前日泣きながら告白し、「アンソニー様以外の方と一緒になりたくありません。このまま私をどこかに連れ去って下さい」と提案した。だが、彼女に要らぬ苦労は背負わせたくないと告げたアンソニーは首を縦に振らなかった。結局ヴァージニアはキリアンと結婚した。

が、心から求めた相手をそう簡単に忘れることは出来なかった。式の翌日、街を出ようと支度をしていたアンソニーの元へヴァージニアがやって来た。アンソニーとて、彼女のことを忘れれるはずもなく、2人は禁断の道へ突き進むと決めた。
毎日人目を偲んでやって来るペッパーを不審に思っていた宿屋の主人は、ある日2人の情事を盗み見してしまった。
『夫のある身ながらヴァージニアは不貞を働いている』
宿屋の主人の口から、アンソニーとヴァージニアの関係は人々に知れ渡ることになり、2人を処刑しろと群集がヴァージニアの家の前に押し寄せた。
この時代、密通は極刑だ。
宿屋から何とか逃げ出したアンソニーだが、ヴァージニアを置いていく訳にはいかない。彼女の家に忍び込んだアンソニーは、ヴァージニアに逃げようと告げた。だが彼女は「家の周りは群集に取り囲まれています。逃げても捕まってしまうでしょう。アンソニー様はお逃げ下さい。罰を受けるのは私1人で十分です」とアンソニーを逃がそうとした。彼女1人を死なせる訳にはいかないと、ヴァージニアの手を取ったアンソニーは、裏口から逃げ出した。
追ってくる群集から逃げ続けた2人だが、森を抜けた先は断崖絶壁だった。目下には濁流渦巻く川、背後からは人々の怒り狂う声が聞こえ、逃げ場はない。
「ヴァージニア…愛してる…。今度出会う時は…必ず一緒になろうな…」
覚悟を決めたアンソニーは、お互いの腰を紐で繋ぐと、固く握った手も自分のベルトで固定した。これでもう、何があっても永遠に共にいることができる…。
「アンソニー様…永遠に愛してます…」
口づけをした2人は抱き合うと、前へと足を踏み出した…。

しばらくして2人を追ってきた群集は必死に2人の姿を探したが、その姿はどこにもなかった。2人の靴が並んで崖の際に置かれている以外は…。
結局、この世で叶わぬ恋に絶望し、自ら命を絶ったのだろうと、いつしか2人のことは人々の記憶の彼方へ追いやられていった。

数年後…。
海沿いの小さな村には、1軒の鍛冶屋があった。主人の作る剣は軽く切れ味もよいと評判で、国外からも注文がくる程だった。毎日遅くまで仕事をしている主人だが、今日は珍しく休んでいるようだ。
外で馬車の用意をしている彼の元へ
「おとうさま!」
と、家から小さな女の子が飛び出してきた。鍛冶屋の主人は女の子を抱き上げ馬車に乗せると、今度は小さな男の子の手を引きやって来た美しい女性にキスをした。
「トニー、今日はどこへ連れて行ってくださるの?」
大きくなったお腹を抱えた女性を馬車に乗せると、トニーと呼ばれた鍛冶屋の主人は馬の手綱を取った。
「ペッパー、君の好きな花が沢山咲いてる草原を見つけたんだ。あの場所なら子供たちも自由に遊べる」
歓声を上げる子供たちに微笑んだトニーことアンソニーは、隣に座る妻のヴァージニアにキスをすると、馬をゆっくりと走らせ始めた。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。