数日後。
「大丈夫ですから、ゆっくりしてきて下さい」
アナを抱いたジャーヴィス夫妻に見送られたトニーとペッパーは、車に乗り込んだ。
今宵は久しぶりの2人きりのデート。
ロデオドライブで買い物をした2人は、夜景の見えるレストランで夕食を取り、フォーシーズンズホテルのスイートルームに足を踏み入れた。
途中、何度もパパラッチに遭遇したが、その度にトニーは見せつけるようにペッパーにキスをしていた。ホテルへ向かう車の中でも信号待ちの度にキスをしていたのだから、おそらく明日のトップニュースを飾るのに十分すぎる程のネタを提供しただろう。
部屋に入ったペッパーは、リビングのテーブルの上に花束が置かれていることに気付いた。
「素敵ね」
ソファーに座ったペッパーは大きな花束を抱きしめた。
真っ赤な薔薇の花束は両腕に抱えきれない程大きく、ざっと見ただけでも100本はありそうだ。
「何本あるの?」
隣に腰を下ろしたトニーに尋ねると、彼は得意げに鼻を擦った。
「101本だ」
101本の真っ赤なバラ…花言葉は『これ以上ないほど愛してます』。
嘘偽りのないトニーの本心に、胸がいっぱいになったペッパーは目を潤ませた。
「本当は999本にしたかったんだけど、持って帰るのが大変だろ?」
えらく現実的なトニーの言葉に、ペッパーはふと家の様子が気になった。
「アナ、泣いてないかしら?」
娘を残し出掛けたことは、今まで一度もない。というのもまだ生まれたばかりで幼いということもあるが、夜泣きが酷くペッパーが一時も離れられなかったのだ。だかここ数日、彼女の夜泣きも治まり、夜もぐっすり眠るようになっていた。おそらく両親の仲が落ち着いたのが彼女にも伝わったからなのだろうが、おかげで2人は再び夫婦の時間を持てるようになっていた。
娘の様子が気になるのだろう。テーブルの上の携帯にチラリと視線を送ったペッパーの肩を、トニーは抱き寄せた。
「大丈夫だ。ちゃんと言い聞かせたから」
「言い聞かせたの?」
思わず眉を吊り上げたペッパーに、トニーは胸を張った。
「あぁ。頼むから今夜だけは大人しくしとけって。ママをパパだけのものにさせてくれって。いい子にしてたら、車でも何でも好きな物を買ってやるって、言っておいたから大丈夫だ!」
まだ生まれて数ヶ月しか経たぬ幼子に一体トニーは何をしてるのだろう…。呆れたように目をくるりと回したペッパーだが、気付いていないのかトニーはニヤニヤ笑いだした。
「さすがアナは俺の娘だよな。黙って聞いていたけど、ニコニコ笑いながら俺の鼻を摘んだんだ。だからきっといい子にしてるさ」
その時のことを思い出しているのか、トニーはうんうんと一人で頷いている。プッと吹き出したペッパーだが、本人は至って真剣なのだから、ペッパーは必死で笑いを堪えた。
「そうね」
そう一言返したのだが、笑われていることに気付いたトニーはぷぅっと頬を膨らませるとペッパーをソファに押し倒した。そして彼女の全身を思いっきりくすぐり始めた。
「ちょっと…と、トニーったら!!!」
所構わずくすぐられるのだからたまったものではない。ケラケラと声を出して笑い始めたペッパーだが、終いには笑いすぎて涙を流し始めた。擽っているトニーの方もゲラゲラと笑っているのだが、いつまでたってもやめようとしないのだから、トニーの一瞬の隙をついて、ペッパーは彼の首筋に腕を回すと唇を奪った。
「んん…」
トニーの舌に自分の舌を絡めると、ペッパーはトニーのネクタイを掴みぐっと引き寄せた。慌ただしくジャケットを脱いだトニーは、ペッパーのドレスの裾を捲り上げると太腿をすっと撫でた。
切なそうに吐息を漏らしたペッパーは唇を離すと、トニーのネクタイを解き、ソファーの下に放り投げた。
「…ベッドへ連れて行ってくれる?」
シャツのボタンを外しながら上目遣いで懇願すると、トニーはペッパーの手を取り結婚指輪にキスをした。
「君のためなら何だってするさ…」
とびっきりの甘い声で囁いたトニーは、ペッパーを抱き上げるとベッドルームへ向かった。
***
「ねぇ…身体は大丈夫?」
トニーの上に身体を重ねたペッパーは、彼の胸板に頬を付けると指を滑らせた。彼の鼓動はリズミカルに聞こえてくるが、それでもいつ何が引き金で発作が起こるか分からない。先日の検査であまり経過が良くなかったということもだが、自暴自棄にさせてしまい健康的とは言えない生活を数日させてしまったのだから、どこか青白い顔をしているトニーを見るたびに、ペッパーは不安で仕方なかったのだ。
「あぁ…今のところは…」
実を言うと、体調はあまりいいとは言えない。それはトニー自身が一番分かっている。ペッパーと仲直りしてからは、彼女が食事にも細心の注意を払ってくれているし、精神的にも穏やかに過ごしているので、比較的安定しているとは思うが、それでも倦怠感や息苦しさが時折襲い掛かるのだ。どこまで本当のことを話せばいいだろう…余計な心配はかけたくないと思ったトニーだが、『隠し事はなし』と先日約束したのだ。きちんと現状を話そうと、ペッパーの背中をゆっくりと撫でた。
「大丈夫って言いたいけど、あまり良くないかもしれない。だから明日、病院へ行ってくる。ちゃんと検査してもらう。もしかしたら、そのまま入院になるかもしれないけど…。だけど、ちゃんと治しておかないといけないだろ?」
何度も目を瞬かせたペッパーに同意を求めるように、トニーは彼女の髪にキスをした。
「俺さ、まだまだやりたいことがたくさんあるんだ。君を世界中の美術館に連れて行くって約束もまだ途中だし。それから…」
背中に這わせていた指を止めると、トニーはすぅと息を吸った。
「俺、息子が欲しいんだ。親父とやりたかったことを、俺が息子とやってみたい。キャッチボールしたり、一緒にロボット作ったり、車の運転も教えたい…」
アナもまだ小さく、2人目のことを考えるのはまだ早いかもしれない。だが、家族を増やすのはトニーの小さい頃からの憧れであり夢であった。それを叶えてくれるのはただ一人…。腕の中にいる最愛の女性だけなのだ。
「だからさ…、俺はまだ死ぬ訳にはいかない。今死んだら、後悔しか残らない。君のこと、世界一幸せにすると誓ったのに、全然幸せにできてないしさ」
これ以上の幸せはないと思っていたのに…と、ペッパーは小さく首を振ると、トニーの頬に手を当てた。
「トニー、私は今でも充分幸せよ。あなたのそばにいることが、私にとって何より幸せなことだもの…。でも…」
身体を起こしたペッパーは、トニーの首筋にキスをすると、甘えたように顔をすり寄せた。
「私もまだあなたとやりたいことが沢山あるわ。それから、アナも…」
唇を滑らせたペッパーは、そのままトニーに口付けをした。チュッと音を立てて唇を離したペッパーは、トニーの耳たぶを甘噛みし囁いた。
「アンソニー・Jr.に会いたくない?」
ペッパーの口から2人目の話題が出て、トニーは照れくさそうに瞬きした。
「いいのか?まだ早くないか?」
確かに2人目はまだ早いかもしれない。だが、ペッパーはトニーの夢を早く叶えてあげたかった。そうすることで、トニーが今よりも元気になれるなら、一刻も早く叶えてあげたかった。それにいつだってトニーが助けてくれるのだ。どんなことがあっても、2人なら乗り越えていける…。
「あら?いつも準備周到なトニー・スタークにしては珍しい発言ね?」
わざとらしく眉を潜めたペッパーに、トニーも眉を吊り上げた。
「挑発する気か?仕方ないな」
くるっと身体を反転させたトニーは、ペッパーをベッドに押し付けた。
「明日は起き上がれないからな?覚悟しろよ、ペッパー」
ニンマリと笑ったトニーは楽しそうにペッパーにキスをし始めた。