シャワーを浴び、頭をすっきりさせたトニーはバルコニーで風に当たっていた。
「トニー、簡単なものだけど、作ったの。食べない?」
振り返るとペッパーがいた。彼女はサンドイッチやフライドポテト、果物やコーヒーのマグカップを載せたトレーをテーブルに置くと、トニーの手を引きベンチに腰を下ろした。
「旨そう…」
思えばまともな食事をしたのは随分前な気がする。
途端に腹の虫が盛大な音を立て、ペッパーはクスクス笑い出した。
「しっかり食べて栄養つけなきゃ」
手早く取り皿に盛り付けたペッパーは、トニーに手渡した。
久しぶりに味わうペッパーの手料理は、トニーの腹ばかりでなく心も満たしてくれた。食べ終わったトニーはペッパーの肩を抱き寄せると、髪を弄び始めた。
「心臓のこと…どうして話してくれなかったの?」
泣き出しそうなペッパーの声に、トニーは彼女をさらに抱き寄せると、背中をゆっくりと撫でた。
「言えば君は責任を感じると思った。自分のせいでそうなったって、君は絶対に言うだろ?君はアナのことも自分のせいだと思ってる。そこへ俺のことまでも…となると、君は壊れてしまうと思ったんだ。これ以上、君に重荷を背負わせたくなかった…。君が苦しむ姿を見たくなかった。だから、アナのことがもう少し落ち着いたら、ゆっくり話をしようと思ってたんだ。でも、間違ってた。ちゃんと話すべきだった。ごめん…」
いいのよ…というようにペッパーが首を振ると、トニーは大きく深呼吸をし明るい声で告げた。
「俺さ、死ぬ時は君と同時に死にたいんだ。お互いヨボヨボになって、人生を全うしたって思える時に…。だからペッパー、大丈夫。俺は君を置いて死んだりしないから。絶対に、何があっても生き残ってみせる。今までだって、そうだったろ?」
ペッパーの目を覗き込んだトニーは、二っと笑ってみせた。
「だからさ、俺にも責任ってヤツを負わせてくれよ。アナの世話だってできる。君みたいに上手くはできないだろうし、アナのこと、泣かせるかもしれない。でも、俺もあの子の世話をしたい。仕事で忙しい時は無理だと言うし、助けて欲しい時にもちゃんと言う。それに、俺だけじゃなくて、君も時には羽を伸ばしてくれていいんだから…」
どうしてトニーの気持ちに気付かなかったのだろうと思ったペッパーだが、実際は気付いていたのに、気付いていないふりをしていたのかもしれない。年上である以上、しっかりしたところをみせなくてはいけない…そう思い、トニーと結婚してから必死だった。娘のこともきちんと育てなければと必死だった。そのために、自分に全くゆとりがなかった。いつも神経を張り詰め生活していた。アナが夜泣きするのも、母乳をほとんど飲まないのも、もしかしたら自分の心にゆとりがなかったからなのかもしれない。そう思うと、最初からトニーにもっと頼ればよかったのだとペッパーは後悔した。
胸元にぎゅっと顔を押し付けると、ペッパーはくぐもった声を出した。
「うん…ゴメンネ……」
ペッパーの頭にキスをすると、トニーは妻の身体を抱きしめた。
「だからもう謝るな。土下座して謝らないといけないのは俺の方なんだから…。それから、俺達、もっと沢山話をしないといけないな」
「そうね。隠し事はなしにしましょ?」
顔を上げたペッパーに、トニーはマヤとのことをきちんと話しておかねばと姿勢を正した。
「隠し事はなしだから、ちゃんと話しておく。彼女とは、あの報道が出る前に、縁を切ってたんだ。彼女と寝たことは認める。そのことは、いくら謝っても足りないくらいだ。でも、実は…話を聞いてもらってたんだ。彼女、カウンセリングの勉強をしてるらしく、俺の心の闇に気づいた。もちろん詳しくは話してない。そうしないといけない相手は君だからね。彼女、俺に何度も言ったんだ。ちゃんと奥さんと話をしろって。今自分と会ってるのは、ただ単に現実から逃げているだけだって。だからもう終わりにしようと告げたら、『やっと決心がついたのね。あなたの奥さん、必ずあなたの気持ちを受け止めてくれるから大丈夫。だから恐れず自分の気持ちをぶつけてみて』と言われた。彼女、俺の背中を押してくれたんだ。そういう意味では感謝してる。だけど、もう二度と彼女とは会わない。それから、あの報道が出た日だけど…もう聞いたかもしれないけど、前日の検診の結果が良くなかったんだ。しばらく入院するように言われてそのつもりだったけど、君とアナの顔が浮かんで、無理矢理退院したんだ。朝起きたら君に本当のことを話そう…そう思ってたんだけど…。だからさ、俺、もう二度と君に隠し事はしない。黙って君の好きなチョコを食べたとか、そういうことは言わないかもしれないけど…」
最後の一言はモソモソと呟いたトニーは2人きりの時にしか見せないような姿で、ペッパーは途端に嬉しくなってしまった。
「ねぇ、トニー。子供っぽいあなた、私は好きよ。だって会社だと、大人の男の人って感じでしょ?私だけのトニーじゃなくなっちゃうんだもの…。でもね、家に帰るとあなたは甘えてくれて、私だけのトニーが戻ってきたって思うの」
思いもしなかったペッパーの言葉に、トニーは目を丸くした。
「そうなの?!」
本気で驚いているトニーに、話したことなかったかしらとペッパーは思った。
「大人なあなたも素敵だけど、そんなあなたも大好き…。つまりね…私はあなたの全てが好き。どうしようもないくらい好きなの。あなたのためなら、私は何だってするわ。どんなあなたでも受け止めてみせる。だからね、もっと本音を見せて?何かあったら、どんなことでもいい。隠さず全て話して?私もあなたにちゃんと話をするから…」
弾けんばかりの笑みを浮かべたトニーの頬に手を当てると、ペッパーはゆっくりと目を閉じた。
やがて柔らかな感触が唇に触れた。温かく甘く、ペッパーの心を満たしてくれるトニーの唇が…。トニーが隣にいてくれる…これほど幸せなことはあるだろうか…。
(もう二度と離れたくない…。だってあなたは私の一部なんだから…)
再びこうやって触れ合えることへの感謝からか、ペッパーの目から涙が零れ落ちた。その涙を隠すように、ペッパーはトニーの頭を抱え込むと、唇を押し付けた。
→㉜へ…
もうちょっとだけ仲直りさせたいので続きます。