数時間後、ペッパーは女の子を出産した。
1ヶ月早く産まれた娘は呼吸器が弱いと言われ、保育器に入れられた。
2日経ってようやく歩き回ることを許可されたペッパーは、さっそくNICUへ向かった。チューブに繋がれた娘は小さく、それでも必死で生きようとしている我が子にペッパーは涙が止まらなかった。
「ごめんね…元気に産んであげれなくて…。パパもね…今、頑張ってるのよ…。だからあなたも負けないで…」
大きな目を開けた娘は視線をキョロキョロと動かした。その瞳はトニーそのもので、ペッパーは娘の父親のことを思うと胸が張り裂けそうになった。
生まれる瞬間に立ち会いたいとずっと言っていたトニーなのだから、もう生まれたと知ったらきっと怒るだろう。まだ抱くことすらできぬ娘を見つめていたペッパーだったが、とにかくトニーに知らせようと病室へ戻った。
「トニー、生まれたわ。女の子だったわ…。でも、ごめんなさい…元気な子に産んであげれなかった…。今ね、あの娘も必死で生きようとしてる…。だからあなたも…」
どうしてこんなことになったのだろう。本当なら今頃は、出産に備え2人で幸せに過ごしているはずだったのに…。
今回、運よく乗り切れたとしても、また同じ悲劇が繰り返されるのだろうか…。その時は、トニーだけではなく、娘の命も狙われるのだろうか…。
トニーと娘を守るためには、キリアンの元へ行くしか方法はない。もう愛する家族に会うことはできないだろう…。いや、それどころか、おそらく2度と外の世界に出ることも許されず、ただひたすらキリアンの相手をするだけの日々になるだろう…。
ペッパーはトニーと娘を守りたかった。2人はペッパーにとって、何事にも変えられない程大切な存在。その2人が生きていくためなら、自分は犠牲になっても構わないと考えたのだ。
それでも別れを告げるのは断腸の思いだった。
「それからね…ごめんなさい…。私…あなたのそばにいられない…」
涙が止まらない…。もう二度と寄り添い生きていけないのだから…。
「私の分も…あの子のこと、愛してあげて…」
眠るトニーにキスをしたペッパーは、顔を伏せると声を押し殺して泣き始めた。
「ペッパー…」
名前を呼ばれ顔を上げると、トニーが目の前に立っていた。青白い顔をした彼はまるで亡霊のようで、手を伸ばし触れようとしたペッパーだが、どういう訳だか身体が動かない。
「どうしたの?」
今にも消えてしまいそうなトニーに、ペッパーは無理矢理笑顔を作った。
「ずっとそばにいてくれるって約束したろ?」
トニーは私を引き止めようと現れた…。そのこと気づいたペッパーは、先ほどまでの葛藤を思い出すと顔を歪めた。
「でも…私がそばにいると…あなたを傷つけてしまうわ…」
悲しそうな顔をしたトニーは、静かに首を振った。
「君がいない方が辛い。何度傷ついても、君がそばにいてくれる…俺はそれだけでいいんだ。君は俺の全てだから…」
トニーの言葉にペッパーは涙が止まらなかった。だが、トニーが傷つくのをもう2度と見たくない…。彼を守るための決断なのだから…。
「あなたを守りたいの…。あなたは世界に必要とされている人…。それを私のせいで奪うなんてできないわ…」
静かに涙を流すペッパーを黙って見つめているトニーは、今や消え入りそうになっている。
「…分かった。言っておくけど…君がそばにいないなら、俺はこの世に未練はない…」
「え…」
どういうことかと尋ねようとしたが、トニーの姿はすでになかった。
騒がしい音にペッパーが我に返ると、トニーに付けられたモニターから警告音が鳴り響いていた。
「トニー?」
先程まで波打っていたモニター画面は、真っ直ぐな線を描いており、周りでは医者や看護師が慌ただしく蘇生のための準備をし始めた。
「スタークさん、廊下でお待ちください」
部屋から追い出されたペッパーは、廊下で跪いた。
「トニー…分かったわ…。ずっとそばにいるわ…。あなたと私と…それから私たちの娘と3人で…ずっと生きていきましょ?」
ペッパーは祈った。祈ることしか出来なかった。たただひたすらに、トニーが戻ってきますようにと…。
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