Everything Is For You⑦

それから数日後。
昨日からペッパーはフューリー校長のお供で出張のため不在。そこでトニーはスティーブたちと飲みに来ていた。
仲間内で飲むのは思いの他楽しく、気が付けば日付を超えそうな時間帯になっていた。
トニーだけが寮暮らしではないので、帰る方向は別だ。いつもなら何とも思わないのだが、今日に限ってやけに胸騒ぎがしたブルースは、手を振り歩き出したトニーに向かって声を掛けた。
「トニー、気を付けて帰れよ」
「大丈夫さ。それより、ソー、明日寝過ごすなよ」
ははっと笑ったトニーは「じゃあな!」と叫ぶと、小走りで家路を急いだ。

皆と別れてすぐに、頭上からはポツリポツリと雨が落ち始めた。このままのルートで家へ帰ると遠回りになってしまう。雨は本降りになりそうだと思ったトニーは、近道をしようと薄暗い路地へと入った。
雨が降っていることもあり、辺りはいつも以上に薄暗く、猫の子一匹いない。少々のことでは怖がらないトニーだが、今日は遠回りでも大通りを通ればよかったかもなと小さく舌打ちした時だった。
「おい、トニー・スターク。止まれ」
こんな路地で声を掛けてくるなんて、ロクな奴ではないだろう。やはりこの道は失敗だったなと、声を無視しその場から走り去ろうとした。が、正面は暗がりから出て来た数人の男たちに塞がれてしまった。
「誰だよ」
ぐるりと周りを取り囲まれ、もはや逃げ場はない。
十人はいる男達は、皆20代から40代くらいだろうか。自分よりも数段体格の良い彼らは、手に鉄パイプなど武器になりそうなものを持っている。
「金が目的か?お前ら良かったな。俺は金持ちなんだ。いくらでも持っていけ」
金を取られる方が痛めつけられるよりはマシだ。そう考えたトニーだが、男達は嘲笑うばかり。こいつらの目的は金ではない。そうなると、ただ単に暴行目的なのかと、トニーはゴクリと唾を飲み込んだ。
その時、1人の男が前に進み出た。
30すぎくらいだろうか。スーツに身を包んだ男は、深めに帽子を被っており顔は見えないが、男から醸し出される異様な雰囲気に、トニーは1歩後ずさりした。
「トニー・スタークよ。お前に忠告しておこう。お前が付き合ってるオンナ、あれは俺のオンナだ。だから別れろ」
(え……ペッパーのこと?)
「は?何言ってるんだよ」
別れろと言われても、今彼女と付き合い、結婚の約束までしているのは自分なのだ。脅されたからと言って、はいそうですかと言うはずがない。睨みつけてくるトニーを男は感情のない瞳で見つめた。
「何度も言わせるな。痛い目に合いたくなければ、ヴァージニアと別れると言え」
理由も語らない理不尽な男の言葉に、トニーは大げさにため息をついた。
「嫌だと言ったらどうする?大体、こんな時間にこんな所で…お前達、大人のくせして恥ずかしくないのか?正々堂々と…」
ベラベラと喋りながら、トニーは何とか逃げ出せないかと辺りを伺った。だが、自分を取り囲んでいる男達に隙はなく、こいつらは殺しのプロなのかもしれないと、背中を嫌な汗が流れ落ちた時だった。トニーの言葉を遮った男は、ニヤーっと笑みを浮かべた。
「どうしても別れないと言うなら、仕方ない。それと予定変更だ。思う存分、殴ってやれ」
背後から鉄の棒で頭を殴られたトニーは、不意打ちによろけた。あまりの痛さに頭を押さえると、ヌルッとした感触がした。手のひらは真っ赤に染まっている。何をするんだと言おうとしたトニーだが、別の男に背中を思いっきり蹴られ、壁に激突した。
「うぅぅ…」
地面に倒れ込んだトニーの頭を掴み起こすと、ポケットから携帯を取り出した。
「助けを呼ばれたら困るんだよな」
帽子を被った男…リーダー格の男は、携帯を踏みつぶすと、無言で頷いた。それを合図とするように、惨劇が始まった。
身体中を殴られ、そして蹴られ、トニーは悲鳴を上げたが、いつの間にか大降りになった雨の音で助けを呼ぶ声はかき消された。
容赦なく痛めつけれる身体からは、骨の折れる鈍い音が響き渡り、くぐもった声と共に噴き出る血は雨と混じり、辺り一面真っ赤に染まっている。
初めは身体を丸め必死で抵抗していたトニーだったが、しばらくするとグッタリとし動かなくなってしまった。

小一時間程して、ようやく男は納得したのか、手下たちを制した。
「お前達、相手は子供なんだ。加減してやれと言っただろ?可哀想に…。顔の骨も鼻も折れていい男が台無しだ」
トニーの横に腰を下ろした男は、荒い息をし天を仰いでいるトニーの頬を軽く叩いた。
「ヴァージニアのこと、諦めるか?」
意識朦朧としているトニーなのに、彼は男を睨み付けると、ハッキリとした声で告げた。
「い、いやだ…」
息絶え絶えなのにまだ抵抗しようとするトニー。そんな彼の態度はリーダー格の男の癪に障ったのだろうか。それまでと表情を一変させた男はトニーの胸倉を掴むと、血塗れの顔面を何度も殴りつけた。そして持っていたナイフをトニーの腹に突き刺した。何度も何度も全身を刺す男は、返り血を浴び、全身を真っ赤に染めた。狂気に満ちた光景に仲間の男たちは呆然と立ち竦んだが、我に返ったスキンヘッドの男が慌てて駆け寄った。
「いい加減にしないと、本当に死ぬぞ!」
肩で息をした男は顔を袖口で拭った。真っ赤に燃え上がった瞳は徐々に平穏を取り戻したが、血の海に浮かぶトニーはピクリとも動かなくなった。
「死んだか?」
スキンヘッドの男がトニーの首筋に指を当てた。僅かに脈打っているのを確認すると、彼はトニーの身体を引きずり近くのごみ置き場に投げ捨てた。
「運が良ければ誰かに見つけてもらえるぞ?」
ゴミの中にうつ伏せに倒れ込んだトニーの頭を軽く叩くとリーダー格の男は何事か囁いた。
と、トニーが男の右足首を掴んだ。
「ま…まて…よ…」
気を失っていると思っていたのに、まだ抵抗するのかと舌打ちした男は、再びナイフを握り直した。
「しつこいガキだな?」
と言うと、男はナイフをトニーの右手の甲に刺し、背中を何度か踏み付けると、仲間を連れてその場を立ち去った。

去り際に囁かれた『ヴァージニアは永遠に俺の物だ…』という言葉。もはや意識どころか、命まで潰えそうなトニーを辛うじて生かしていたのは、その言葉だけだった。
彼女に危険が迫っている…。彼女を守れるのは自分しかいない…。そう思うと、いても立ってもいられなかった。
まずは助けを呼ぼうと這うようにして手を伸ばしたトニーだが、身体は言うことを聞かない。刺された腹部からはどす黒い血が溢れ出し、周りは血の海と化している。必死に立ち上がろうとするが、雨と血で濡れた手は滑り、ナイフの刺さったままの右手は感覚すらない。そして、全身の骨が砕けているのか、指先を動かそうとしても身体中に猛烈な痛みが走り、頭はハンマーで殴られ続けているように酷く痛む。携帯は破壊されてしまったし、声を出そうにも息をすることすらできない。
こんな路地裏では誰にも気付いてもらえないだろう。どうすることも出来ず、トニーは頭を持ち上げることを諦め、頬を地面にぺたりと付けた。
(ペッパー…)
声に出したつもりが、口からは息の漏れる音しかしない。
(くそ……どうして俺は…いつも…大切な人を…守れないんだよ…)
痛みとそして悔しさから、トニーの目からは涙が零れ落ちた。と、ぼんやりとし始めた視線の先に女性の姿が現れた。

ペッパーだ。ペッパーが来てくれた。
いや、幻影に決まってる。彼女はLAから遠く離れた地にいるのだから。
それでも最期に最愛の女性の姿を見ることができた…。
(ペッパー……ごめん……)

キャーという悲鳴と、助けを呼ぶ声は、トニーの耳には入っていなかった。
ふぅと大きく息を吐いたトニーは、ゆっくりと目を閉じると意識を手放した。

⑧へ…

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