Everything Is For You⑧

ゴミ出しに出て来た住人によって発見されたトニーは、すぐさま病院へと運び込まれた。
スティーブたちから連絡を受けたペッパーは、すぐに飛行機に飛び乗りLAへ戻って来たのだが、彼女が駆けつけた時には、トニーは何時間にも及ぶ手術をようやく終え、ICUに運び込まれていた。
ガラス越しに見えるトニーは、全身包帯で覆われており、ペッパーはショックのあまりその場に泣き崩れた。
と、頭上から優しい声が聞こえた。
「ペッパー・ポッツ様ですか?」
顔を上げると、初老の紳士が微かに笑みを浮かべ立っていた。
「は、はい…」
頷いたペッパーの手を取り立ち上がらせたイギリス訛りの紳士は、ポケットからハンカチを取り出すとペッパーに渡した。
「初めてお目にかかります。私、スターク家の執事をしております、エドウィン・ジャーヴィスと申します」
スターク家は指折りの金持ちなのだから、執事の1人や2人いても不思議ではないが、初めて会うスターク家の関係者にペッパーは慌てて頭を下げた。
執事の方が来られたということは、彼のご両親も来られたのかしら…と思ったペッパーは、こんな状況だけれどもきちんとご挨拶しなければと慌てて身だしなみを整えた。
と、その時、医師が部屋の外から出てきた。
「先生。トニー様は…」
ジャーヴィスと医師は顔見知りだったのだろう。ジャーヴィスに何事か話そうとした医師だったが、横に見知らぬ女性がいることに気付くと、眉を潜めた。
「こちらは…」
「トニー様の婚約者のペッパー様です」
ペッパーの身元が分かり安心したのだろう。表情を少しだけ緩めた医師は、トニーの状態を説明すると、2人を別室へと案内した。

2人がしっかりと腰を下ろしたのを確認すると、医師は何枚ものモノクロの画像を示し説明し始めた。
「スタークさんはかなり危険な状態です。身体中の骨が砕けて、内臓も酷く損傷しています。それから頭部も鈍器のような物で何度も殴られていました。かなりの殺意を持った相手に暴行されていたようです。脳内に出血があり、このままずっと意識が戻られない可能性もあります…。全力を尽くしますが…」
言葉を濁した医師にペッパーは何と言っていいのか分からなかった。
(覚悟しろってこと…よね…)
トニーを失う…そんなことは一度も考えたことはなかった。彼の方が10歳近く年下であるし、まさか今回のようなことが起こるなんて想像もしていなかったからだ。
しばらく呆然としていたペッパーだったが、ジャーヴィスと医師の話し声に我に返ると、ずっと気になっていたことを口に出した。
「あ、あの…彼のご両親は…」
息子が生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、彼の両親はまだ姿を見せないのだ。いくら何でもおかしい。それなのに、そのことについて医師は何も言わないのだ。
だが、ペッパーの言葉に話を中断した医師は、怪訝そうな顔をしているではないか。
「ご存じないのですか?スタークさんのご両親は、1年前に事故で他界されたではありませんか」
「え…」
一体どういうことなのだろう。トニーはそんなこと、一言も言ったことはない。いや、彼は両親の話をペッパーに一度もしたことがなかった。
困惑するペッパーは、もうどうしていいのか分からず、頭を抱え込んでしまった。

「ポッツ様、私が説明させていただきます」
ペッパーの肩にそっと触れたジャーヴィスは、気を利かせた医師が退室するのを見届けると、静かに語り始めた。
「まず、初めにお詫びしておきます。トニー様がご両親のことを話されなかったのは、トニー様が大学を卒業しCEOに就任されるまで誰一人公言してはならないという契約があるからなのです。ですから、トニー様のご両親であられますハワード様とマリア様の死は、世間から隠されております。この病院の一部の人間、それからスターク・インダストリーズのほんの一部の重役のみしか知らない事実なのです。スターク・インダストリーズは世界屈指の企業です。そのCEOでいらっしゃいますハワード様が突然亡くなられたと分かれば、CEOの座を狙い争いが起こる…死の間際、ハワード様はトニー様を守るために自分たちの死を隠すよう言い残され亡くなられたのです」
その時のことを思い出したのか、目に涙を浮かべたジャーヴィスは小さく息を吸うと、再び話し始めた。
「トニー様は御両親と疎遠でした。母親でいらっしゃるマリア様とは頻繁に連絡を取られていましたが、父親であるハワード様とは…。幼い頃からハワード様はトニー様に大変厳しく接していらっしゃいました。それも全て立派な後継ぎになって欲しい…その想いからでしたが…。ハワード様はトニー様のことを愛しておられました。言葉や態度では示されたことはありませんので、幼ないトニー様に通じるはずはありません。それにハワード様もマリア様も仕事がお忙しく、世界中を飛び回っておいででしたから、私と妻がトニー様の親代わりをしておりましたし、私と妻にだけはトニー様も心を開いておいででした。トニー様は自分はご両親を含め、誰からも愛されてないとずっと思っていらっしゃいました。そんな中、トニー様とご両親の唯一の繋がりがプレゼントでした。旅先からハワード様とマリア様は、トニー様がお喜びになりそうな物を必ず送ってこられました。その時ばかりはトニー様も大変嬉しそうで…。トニー様にとってプレゼントとは、ご両親の愛情を確認する唯一の物だったのです」
『プレゼント』と聞き、ペッパーははっと顔を上げた。初めて結ばれた翌朝のやり取りを思い出したペッパーは、そんな悲しい事情があったなんてと顔を歪めた。
「だからトニーは…」
「はい。そういえば、ペッパー様はトニー様のプレゼント攻撃を交わされたそうですね。トニー様から聞いておりますよ」
小さく笑みを浮かべたジャーヴィスは、いよいよ本題に入るつもりなのか、両手を机の上で組み直した。
「ハワード様とマリア様が亡くなられたのは、1年前の12月です。あの日、お2人は慈善パーティーに向かわれてました。実はそのパーティー、当初はハワード様とトニー様が出席される予定でした。ですが、前日からトニー様は風邪を引かれ、熱を出し、寝込まれていたのです。そこでハワード様はマリア様を連れてパーティーへ向かわれました。その途中です。お2人が事故に遭われたのは…。本来なら、自分が向かうはずだった…。だから死ぬのは自分だったはず…。トニー様は後悔されました。それに、どんなに疎まれていても、やはりトニー様もご両親を愛しておいででした。そのことにトニー様はその時ようやく気付かれたのです。ですが、お2人の死は隠さなければなりません。そのため、秘密裏に葬儀を行い、何事もなかったかのように過ごさなければならなかったのです。あの時のトニー様は、見ていて本当にお労しかったです。寂しさと悔しさを誰にも打ち上げることができず、相談する相手もそれを受け止めてくれる相手もおりません。私も妻も出来る限りのことをしました。ですが、それ以上にトニー様の心は壊れてしまっていたのです。トニー様は虚しさを紛らわせるかのように、お酒と女性に溺れました。薬にまで手を出さなかったのは、今思えば幸いでした。毎日飲み歩き、別の女性を何人も連れて帰って来られました。他の女の方のお話はペッパー様にはするべきではないですね。失礼しました」
小さく頭を下げたジャーヴィスだが、その表情からトニーは相当荒れた生活をしていたのだとペッパーは悟った。ペッパーの視線に気付いたジャーヴィスは軽く頭を振ると、ふぅと大きく息を吐いた。
「アカデミーに行くよう勧めたのは私です。家を離れ同年代の方と過ごされれば、心の傷も少しは癒えて下さるかと思ったのです。おかげでトニー様はペッパー様と出会えたのですから、私の読みは当たっていたようでございますね」
優しい瞳をしたジャーヴィスは、唇を震わせ黙ったままのペッパーの手をそっと取った。
「ペッパー様、あなた様のことはトニー様がアカデミーに入学されてから、ずっと聞いておりました。結婚したい女性がいると…。トニー様はいつも孤独でした。ご両親が亡くなられて天涯孤独になられたトニー様でしたが、ペッパー様、あなたが現れ救って下さったのです。ですからトニー様にとってペッパー様は何よりも大切で守りたいお方なのです。もう二度とご両親のような悲劇を起こしたくない…そのためにはペッパー様が常にご自分のそばにいて頂かないと、トニー様は不安なのです」
ジャーヴィスの話に、ペッパーはようやく今までのこと全てに合点がいった気がした。恋人になってから今に至るまでが早足だったのも、トニーは自分と形に残る繋がりが欲しかったためなのかもしれない…。
(そんなことしなくても、私はあなたの側からいなくなったりしないわよ)

***
『ペッパー様、トニー様のこと…よろしくお願い致します』
頭を何度も下げるジャーヴィスの姿を思い出しながら、ペッパーはようやく面会を許されたトニーの枕元に座っていた。
腫れ上がり、痣だらけの頬をそっと撫でたペッパーは、トニーの手を握りしめた。
「トニー…聞こえる?ジャーヴィスさんから聞いたわ…。ご両親のことも、今までのことも…。ごめんなさい。気付いてあげれなくて…。あなたが16年間苦しんできたのを気付いてあげれなくてごめんなさい…。でもね、トニー、安心して。私はあなたの側を絶対に離れないわ…。絶対に…何があっても、あなたのこと、守るから…。だからお願い…。ゆっくり休んだ後でいいから…私を置いて遠くへ行ったりしないで…。あなたがいないと生きていけないのは…私も同じだから…」
チューブの入れられた唇の隙間にそっとキスをしたペッパーは、祈るように頭を垂れた。

⑨へ…

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