バレンタイン(2016年)

この日、ペッパーは女性向けのファッション誌の取材を受けていた。
ちなみにテーマは『SIの副社長ペッパー・スタークの素顔に迫る』だが、実は『プレイボーイだったトニー・スタークのハートを射止めた術』が本来のテーマであり、取材陣はさり気なくインタビューをそちらの方面に持っていこうと必死だった。

「お休みの日は何をされているんですか?あ、勿論、御主人と一緒に…という意味ですが」
何かにつけてトニーの話題になるのだから、何を聞き出そうとしているのは見え見えで、ペッパーは苦笑した。
「一緒に食事に行ったり買い物に行ったりしてるわ。でも、家で二人で過ごすことが多いかしら…。最近は、子猫の世話もあるし…」
「子猫ですか?」
スターク家にペットがいるという話は初耳だが、取材陣はすかさず写真がないかとペッパーに尋ねた。
「えぇ、あるわよ」
そう言いながら携帯を弄ったペッパーは画面を取材陣に見せた。
そこに写っていたのは、小さな2匹の子猫を抱くトニー・スタークの姿。非常にリラックスしている彼は、見たことがない程幸せそうに笑っているではないか。
その瞬間、取材陣は悟った。素顔のトニー・スタークを見ることができるのは、彼のハートを射止めた目の前にいる女性だけなのだということを…。

「お2人とも幸せなんですね」
納得したように大きく頷きあっている取材陣。突然どうしたのだろうかと思ったペッパーだが、説明しなくても納得してくれたのだから良しとすべきだろう。
「えぇ、凄くしあわせよ」
微笑んだペッパーは時計を見上げると腰を上げた。
「そろそろいいかしら?」
「はい。ありがとうございました。そういえば今日はバレンタインですね?何かご予定でも?」
バレンタインなのだ。予定があるか聞くのは野暮かと思ったが、幸せいっぱいの女性が目の前にいるのだから、聞きたくて仕方ないのが本音だった。
「えぇ。今年は結婚して初めてのバレンタインでしょ?彼ったら何か内々に準備してたみたいで、今日は早く帰って来いと、朝から物凄い剣幕だったから…」
その時のトニーを思い出したのか、クスッと笑ったペッパーはコートとカバンを手に取った。
そろそろ潮時だ。手早く片付けた取材陣は、ペッパーに別れの挨拶しようとしたのだが…。
「あら、ごめんなさい。電話だわ」
鳴り響く軽快な音楽に慌ててカバンから携帯を取り出すと、ペッパーは笑みを浮かべた。
「もしもし、どうしたの?…えぇ、今から帰るわ。…え?下にいるの?…これから?!エドとジニーはどうするの?…ハッピーが?…えぇ…それなら安心ね。分かったわ。すぐに降りるわね…。えぇ、私も。愛してるわ」
電話を切ったペッパーは、先ほどまでのビジネスライクな彼女とは違っており、愛に溢れ幸せそうな姿に、取材陣は眩しそうに目を細めた。
「では、ミセス・スターク、ありがとうございました」
会釈した取材陣は足早に退室したのだが、去り際にチラリと部屋の中を覗くと、ペッパー・スタークはいそいそとデートの支度をしていた。

一体あの二人はどんなバレンタインを過ごすのだろう。
トニー・スタークのことだ。世の女性が羨むような一夜を用意しているに違いない。
後を付けようかと一瞬迷った。キスの現場でも抑えれば、明日のスクープはそれなりに独占できるだろうから。
だが、あの子猫を抱いた素顔のトニー・スタークの画像を見た後なのだ。せめてバレンタインくらい二人きりにさせてあげよう…。
そう考えた取材陣は正面玄関前に停まる高級車に気付かぬふりをすると、その場を後にしたのだった。

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