ペッパーが結婚する。相手は私ではない。ハッピーだ。
式には招待されていた。双方の友人として。
だがいざ教会の前までやって来たが、中には入れなかった。
彼女が他の男と永遠の誓いを立てる姿など見たくなかったから…。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
「トニー?」
愛しい声に顔を上げると、目の前にいたのは彼女だった。
純白のドレスに身を包んだペッパーは、今まで出会ったどの女性よりも美しかった。
「ペッパー…」
一瞬顔を歪めたのに気付いたのだろうか、ペッパーは心なしか寂しそうに微笑んだ。
「あなたの姿が見えなかったから…探しに来たの…」
ちらりと時計を見ると、とっくに式が始まっている時間だ。ということは、彼女は式の開始を伸ばしてまで、自分を探しに来たということなのだろうか…。
どう返答すればいいのか分からず黙ったままでいると、私の手をペッパーはそっと取った。
「トニー、来てくれたのね。良かったわ…。私…あなたに…」
ペッパーはそこで言葉を切った。
彼女は何を言いかけたのだろう。
お互い言葉を続けることができず、永遠と思える程の静かな時間が過ぎていく。その沈黙に耐え切れなくなった私は、その場を立ち去るべきだと祝いの言葉を残そうと口を開いた。
「ペッパー……その…」
だが…。
『幸せになれよ』
その一言を口に出したくない。
なぜなら彼女と生涯を共に過ごすことができるのは、自分だと思っていたから…。
だが彼女は自分を選ばなかった。いや、そう仕向けたのは自分だ。
彼女の気持ちには気付いていた。だが、自分の気持ちを偽り、彼女に気がないふりをしていた。
その結果がこの様だ。
ふと天井を見上げると、フレスコ画が目に入った。天使と悪魔が手を取りあい、神々の前から逃げ出そうとしている、教会には似つかわないフレスコ画。
今の私の心境を描いているような絵だが、どうしてだか神々は私を見透かしたような瞳をしている。
あぁ、そうだ。彼女への気持ちを偽ることなんてできやしない。
今ここで彼女を取り戻せれるのなら、地獄に堕ちてもいい。
すぅ…と息を吸い心を鎮めた。そして彼女から結婚の報告を受けて以来、ずっと避けていた彼女の瞳を見詰めた。
「愛してる。君のこと、世界一愛してる…」
長い沈黙の後、ようやく絞り出した言葉に、目の前の彼女は困惑している。今更どうしようもないのに、なぜこのタイミングでというように、動揺した瞳で見つめてきた。だが、私は気が付いた。彼女の瞳にも燃え上がる炎が宿っていることを…。
私の視線に耐え切れなくなったのか、彼女は顔を伏せてしまった。そして、何度か深呼吸をした後、再び顔を上げた。その瞳には迷いなど一切なかった。むしろ何か決意したような…いや、私の愛する強い眼差しで見つめ返してきた。
「トニー…私もあなたのこと…」
一筋の涙が彼女の頬を流れ落ちた。ようやく素直になれた。なぜこのタイミングなのだろう。もっと早く素直になっていれば…と後悔した。
だが、もう手遅れだ。ドアの向こうでは、彼女の新しい人生が待っているのだから…。そしてその人生に、私の存在は必要ないのだ…。
「さよなら、ペッパー…」
彼女の手を振りきり、思いを断ち切るように背を向けた。そして暗く寂しい彼女のいない世界へ足を踏み入れようとした時だった。
「いいえ、トニー。お別れじゃないわ。新しい出発よ」
振り返ると、暖かな光に包まれたペッパーが私に向かって手を伸ばしていた。思わず手を伸ばすと、ニッコリと笑ったペッパーは私の手を握りしめ、真っ白な光の中へ連れ出した。
『トニー…永遠に愛してるわ…』
☆☆☆
『愛してるわ…』
耳に残る言葉に目を覚ましたトニーは、額に浮かんだ汗を拭うと天井を見つめた。
見慣れない天井には、先ほど夢に現れたような天使と悪魔も描かれていない。逆に、天窓からは月光が自分たちを包み込んでいる。
「そうだ…ハネムーンに来ているんだ」
隣には寝息を立てるペッパーの姿。
数日前に永遠の愛を誓った女性は、今は自分の傍らで丸くなって眠っている。
「君は私のものだ…」
長く美しい髪を梳き、額にそっと口づけすると、彼女は身体を摺り寄せてきた。
柔らかな胸の膨らみが素肌に触れ、その何とも言えない感触にトニーは小さく身震いすると、彼女の華奢な身体を抱きしめた。
誰にも渡さない…渡してなるものか…。
君がいないと生きていけないのだから…。