127. Single

「ポッツくんは独り身なのか?」
大欠伸をしながら尋ねてきたのは、彼女のボスであるトニー・スターク。
億万長者でプレイボーイな彼は、言うならば女性に欠いたことはなかった。だが、何故か分からないが、彼に特定の女性の存在がいたことはない。つまり一夜を共にする女性は数多くいても、生涯を共にしたい女性は現れていないということなのだろう。
ちなみに、彼に近寄ってくるのは、派手で目立ちたがり屋な女性ばかり。そういう女性が好みだと思っているペッパーは、トニーがどうして特定の女性と長続きしないのか不思議に思っているのだが、実際のところ彼の好みは真面目で芯のしっかりした女性ということを理解するのは、まだ数年先の話…。

いつも『恋人はいるのか』とからかわれている(と思っている)ペッパーは、今日は逆に彼をからかってやろうと思い、軽く咳払いをすると澄まして告げた。
「いいえ、恋人はいます」
その言葉に固まったトニーは数秒後、椅子を蹴散らし立ち上がると叫んだ。
「こ、こ、恋人がいるのか?!!!!」
どうしてそんなに驚くのか分からない。しかも、よくよく考えれば失礼だ。彼は自分のことを堅物な男気のないオンナと思っているのかしら…と若干ムっとしたペッパーは、頬を膨らませた。
「私にだって、恋人の1人くらいいます!」
真っ赤になって叫ぶペッパーとは対照的に、トニーは青い顔をしている。
「そ、そうなのか……」
ガックリと肩を落としたトニーは、椅子に座り込んだ。
どんよりとした空気がトニーを包み込み、心配になったペッパーが真相を話そうかとした時だった。
「…どんな奴なんだ…」
どこから声を出しているのかと思うようなやけに低い声で、トニーがようやく言葉を発した。
「え?」
トニーがここまで落ち込んでいる理由も、どうして彼が自分の『恋人』を気にするのか、全く理解できないペッパーは首を傾げた。
一方のトニーも、自分の秘書に恋人がいると聞かされ、ショックだった。ちなみに彼女は秘書であり、彼が心を許しつつある友人の一人だ。恋人でも何でもないのに、どうして彼女の恋人の存在がそこまで気になるのか、トニーは自分でも全く理解できていなかったが、とにかくその男のことをもっと知りたい一心だった。
「だから、君の恋人はどんな奴なんだ!私よりカッコいいのか?頭はいいのか?金持ちなのか?!とにかく!君のことを…その……」
(もしかして…嫉妬してるの?)
その嫉妬心は男性としてではなく、自分を妹のように思ってくれている兄の心境からだろうが…。だが、どちらにしても彼は私のことを気にかけてくれている…。
そう考えると、途端に目の前の上司が愛おしくなったペッパーはクスっと笑うと小さく舌を出した。
「嘘です。恋人はいません。いつもあなたに『恋人はいるのか』と聞かれるので、からかっただけです。それに、今は仕事が恋人です」
しばらく呆けた顔をしてペッパーを見つめていたトニーだが、へなへなと床に座り込んだ。
「よ、よかった……」
幸いにもペッパーの耳には入らなかったようだが、自分を立ち上がらせようと近寄ってくるペッパーを見ながら、この感情は何という名なのだろうかと、トニーは心の内で自問し続けた。

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