To you, my irreplaceable one③

③戦闘後

闘いを終えたトニーはその足でペッパーのいる日本へと向かった。

ペッパーはクリーンエネルギープロジェクトの予定地にいた。
数週間ぶりに見るペッパー。もう何年も会っていないように感じる。デモンストレーションを真剣に見つめるその横顔をしばらく上空から眺めていたトニーだったが、技師の講釈は終わりそうにない。もう待てなかった。一刻も早く彼女をこの腕で抱きしめたかった。
「F.R.I.D.A.Y.、着陸許可を」
新たなAIに告げると前任者同様対応が迅速なAIは
「すでに確認済です、ボス」
と、入国手続きまですでに済ませていた。
「気が利くな」
ふと前任者であるJ.A.R.V.I.S.を思い出したトニーだが、彼はもう存在しないのだと幻影を追い払うかのように頭を振ると、ペッパーから少し離れた場所に降り立った。

「…ですから……あ…」
説明をしていた技師が何かに気付き言葉を切った。どうしたのかしらと不審に思ったペッパーが、彼の指差す方を振り返ると…。
そこに彼がいた。ずっと会いたかった最愛の男性が…。
触れることはおろか話すことすらできなかったこの数日は、何十年も経ったように思えた。
どこでどうしているのか分からない間、ただひたすら神に祈るしかできなかった。『彼を無事に戻してください』と…。

数メートル離れた場所に立ちすくむ恋人は、手に持っていた書類の束を落とした。目の前の光景が現実か夢か見極めているのだろうか、一歩、また一歩とゆっくりと歩を進める彼女の目にはみるみるうちに涙が溜まり始めた。
「ペッパー、ただいま」
マスクを脱ぎ声を掛けると、ようやく現実だと理解したのだろうか。顔をくしゃっと歪めたペッパーはトニーに向かって走り始めた。
腕を広げ待ち構えていると、ペッパーは思いっきりその腕の中に飛び込んできた。
ボロボロと涙を零すペッパーだが、人前でこんなにも感情を露わにする彼女は正直見たことがなかった。
それほどまでに今回は心配していたのだろうが、彼女を苦しめていたことを今更ながらに実感したトニーは、謝罪の言葉を口にする代わりに、彼女の震える身体を力いっぱい抱きしめた。

***

ホテルへ戻った二人は、シャワーを浴び、ルームサービスで手早く夕食を済ませると、肩を寄せ合いソファーに座った。
トニーの話を聞き終えたペッパーは「そう…」と一言つぶやくと、何事か考えるようにトニーの首に腕を巻き付けると肩に顔を埋めた。
しばらく黙ったまま抱き合っていた二人だが、おもむろにペッパーが口を開いた。
「アベンジャーズはどうするの?」
ペッパーの髪を弄び言葉を選んでいたトニーだが、結局のところ彼女に着飾った言葉は必要ないのだと思い出した。
「新しいメンバーが加わった。S.H.I.E.L.D.も持ち直した。どちらも心機一転立て直しというところだ。NYの郊外に親父の使っていない倉庫がある。そこを新しい本拠地として提供しようと思うんだ。だが私はチームには参加しないつもりだ。私は元々アベンジャーズのコンサルタントだから」
チームには参加しないとはどういうことだろう。それはつまり、数ヶ月前、NYでの襲撃時に彼が語ったように、『アイアンマンには未練がない、アイアンマンとしての時間を減らす』ということなのだろうか…。
「つまり、アイアンマンは…」
震える声で尋ねるペッパーに、トニーはニッコリと笑みを浮かべた。
「休業だ」
とっさに理解できなかった。彼の言う『休業』がどういうことなのかが…。
「それって……」
震える唇では言葉を上手く発することができない。もっと何か言うべきなのかもしれないが、ショート寸前の頭では気の利いた言葉が思い浮かばない。
何も言わずただ自分をじっと見つめてばかりのペッパーの頬を、トニーは指先ですっと優しく撫でた。
「しばらく君とノンビリ過ごしたい。『普通の生活』というものを味わうのもいいかもしれないな」
その瞬間、ペッパーはトニーが言おうとしていること全てを理解した。
つまり彼は、ヒーロー活動から一線を引き、自分と共に『普通の暮らし』をしようとしているということを…。
言うならば、もう何も心配することはないのだと…。
彼が任務に向かった瞬間から帰還するまで、不安な日々を送る必要はもうないのだと…。
全てを理解したペッパーが瞬きをすると、大粒の涙がいくつも零れ落ちた。
「ハニー?」
突然泣き出したペッパーは、あのNYでの彼女の姿と重なった。アーマーを封印すると告げた時、『私のせいで縛りたくない。そんなの全然嬉しくないって言わないといけないのに…』と、大粒の涙を零しながら抱き付いてきた彼女の姿と…。
黙ったまま抱きついてきたペッパーの涙が首筋に零れ落ちた。何か言うべきなのかもしれないが、トニーは黙ってペッパーの華奢な身体を抱きしめた。

どれくらい抱き合っていたのだろうか。顔を上げたペッパーは涙を拭うと何度か瞬きした。
「…もう、考えなくていいのね…」
「は?」
言葉の意味が理解できずトニーが首を傾げると、ペッパーはトニーの頬に手をそっと添えた。
「あなたが突然いなくなった時のこと…。あなたが出かけると毎晩眠れなかったわ…。私の見えないところであなたにもしものことがあったらって…。突然あなたがいなくなったら、私はどうすればいいのかって…。そう考えると…」
ペッパーが考えていたことの意味を理解したトニーは思わず息を飲んだ。
「ペッパー…」
アイアンマンでいることは、想像以上に彼女を苦しめていたようだ。それならば、もっと早く決断していればよかったのだろうか…。
唇を噛み締めたトニーは、彼女の震える身体を力いっぱい抱きしめた。
もう二度とこの腕の中の存在を手放したりするもんか…。なぜなら彼女は自分にとってかけがえのない存在なのだから…。
それに今なら言える。彼女と永遠に生きていきたいと改めて思ったから…。
ブルース・バナーにはタイミングの問題だと話したが、結局のところ自分の気持ち次第だったのだから…。

すぅっと息を吸ったトニーはペッパーの耳元に唇を近づけると、とびっきりの甘い声で囁いた。
「ペッパー…これからはずっと君のそばにいる…。だから、結婚してくれ」
彼女が息を飲むのが聞こえた。そして小さな声で自分の名を呼ぶ声も…。
「…トニー……」
「ん?」
彼女の顎を持ち上げ、涙に濡れた瞳を捉えた。視線が交錯しても眉を八の字に歪め涙を堪える彼女は何も言葉を発しない。
「返事をくれないのか?おい、まさか…嫌だと言うつもりでは…」
いい加減しびれを切らしたトニーが、わざとらしくおどけた様に言うと、ペッパーは慌てて頭を振った。
「嫌だなんて言わないわ!もちろんお受けするわ。だって私…あなたのことを世界一愛してるんですもの…」
「そうだな。君は私のことを世界一愛している。私も君のことを世界一愛している。これでいつまでも結婚せずに君をポッツのままにしていれば、私は天罰を食らうだろうな」
真面目くさって頷いているトニーにクスクスと笑うペッパー。いつもと何の変りもない光景に、トニーはようやく自分があるべき世界へ戻ってこれた気がした。
現実世界へ戻って来たとなると、数週間ぶりに再会したのだから、お互いの温もりが途端に恋しくなり始めた。が、プロポーズ直後という気恥ずかしさからか、妙に照れてしまった二人はお互い欲しくてたまらないのに、もじもじとしたままだ。だが、いつまでもこのままではいけないと思ったのか、口火を切ったのはやはりトニーだった。
「君が欲しい…いいか?」
滅多に聞かないセリフがトニーの口から飛び出し、ペッパーは一瞬目を丸くした。
「いつもそんなこと言わないのにどうしたの?」
「何となく…だ。それにもしかしたら今夜が『ミス・ポッツ』としての最後の夜になるかもしれないだろ?よし、明日はラスベガスへ行こう。式を挙げたら君はめでたくミセス・スタークだ」
「え?!ちょ、ちょっと待って!」
プロポーズは受けたが、どうしてそんな急展開な話になるのだろうか。折角結婚するならもっと入念に準備をして臨みたいのに…と、慌てるペッパーに向かいニヤっと笑ったトニーは、彼女をその場に押し倒した。
「ペッパー、冗談だ。いくら私でもそんなに辛抱のない男ではない。そもそもまだ婚約指輪も用意してないしな。だが、帰りに農じょ…」
何か言いかけたトニーだが、慌てて言葉を切ってしまった。
「農場?」
確か『農場』と聞こえた気がするが、一体何のことだろうか。首を傾げるペッパーの唇にキスを落としたトニーは
「いや、また後で話す」
と言うと、甘い微睡の世界へ彼女を連れ出した。

【END】

コミカライズの「アベンジャーズ エピソード0」も混ざってます。

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