④
その日からのトニーは、もはや死んだも同然だった。
まるで死に場所を求めているかのように、トニーは積極的に危険な任務へ身を投じていた。
毎回酷く負傷して戻ってくるトニーのことを仲間は心配し、理由を聞き出そうとしたが、トニーは頑なに口を割らなかった。
そんなある日、街中のビルのあちこちに爆弾が仕掛けられ、消防や警察だけでは手に負えず、アベンジャーズに応援要請が回って来た。
アベンジャーズが向かった先は、とある小学校。生徒は全員避難したが、爆弾が仕掛けられた部屋の周囲は火の手が上がっており、もはやいつ爆発してもおかしくない状況だった。
「爆破予告の時間まであと3分」
時計をチェックしたナターシャに頷いたスティーブは、仲間を見渡した。
「よし、全員退…」
「待て、キャプテン。このまま爆破すればこの辺り一帯は吹き飛ぶぞ?」
起爆剤となる爆弾のワイヤーを切れば、少なくとも建物全体に仕掛けられている爆弾は爆破しないと説明するクリントだが、問題は誰がその部屋に向かうかということだ。
誰かが行かねばならない。だが、二度と帰還できないかもしれない。
皆が一瞬躊躇する中、トニーが静かに口を開いた。
「私が行く」
そう言い放つと、トニーは建物に向かって飛び立った。
起爆剤の仕掛けられた部屋に入ったトニーは目を見張った。
逃げ遅れたのだろう、部屋の隅では小さな女の子が震えていたのだ。
「おいで。名前は?」
女の子に近寄ったトニーは、マスクを上げると手を差し出した。
「…ジニーよ」
名前を聞いたトニーは、一瞬目を見張った。最愛の女性と同じ名を持つ少女。
トニーの脳裏にペッパーの姿が浮かび、そして目の前の少女はいつの間にか赤毛でオーシャンブルーの瞳を持つ女性へと変わっていた。
「ジニー、君だけは助ける。だから安心しろ」
そう言いながらアーマーを脱いだトニーは、少女を中に入れると、ジャーヴィスに命じた。
「J、この子を早く脱出させろ!」
そして飛んでいくアーマーを見送ったトニーは、部屋の中央に置かれた爆弾に向かい合った。
『トニー様、あと2分です』
耳元から聞こえるジャーヴィスの声に、深呼吸したトニーは、慎重にパネルを外した。
何本ものワイヤーを掻き分け、他の爆弾に繋がっている物を切断すると、廊下に置かれていた爆弾の光が一斉に消えた。
『トニー様、爆弾の解除に成功しました』
ほぅっと息を吐いたトニーだが、目の前の爆弾のカウントダウンは止まらない。
「J!まだ止まらないぞ!」
『トニー様、あと1分です。お逃げください』
どうやらメインのこの爆弾はどうやっても止めることは不可能らしい。
脱出しようとしたトニーだが、ふと頭に浮かんだのはペッパーのことだった。
(もう彼女には会えないんだ…。彼女は自分を必要としていない…。そんな世界に留まる必要はないだろ?もう、守るべきものはないんだから…。このまま死んでもかなわないか…?自分がいなくなったら、彼女は悲しんでくれるだろうか?それとも、この世から存在を消すことで、彼女はもう何も気にすることなく生きていけるだろうか……。)
そう思ったトニーは、その場に座り込んだ。
『トニー様!早くお逃げ下さい!』
逃げもせず爆弾の前に座り込んだ主人に、ジャーヴィスは慌てた。
だがトニーは微かに笑みを浮かべると、静かに首を振った。
「J…もう疲れた…。ここが私の死に場所だ…」
主人に逃げる意志はないらしい。それはおそらく、彼が彼女なしには生きていけないから…。
ここ数週間の主人の様子から推測するに、彼女と別れた主人にはもはや生きる気力がないのだろう…。
そう分析したジャーヴィスは、言っていいものか迷いつつも、主人の最愛の女性の名を口に出した。
『トニー様、ペッパー様に…』
が、トニーは目を見開くと、天井を睨み付けた。
「ジャーヴィス、言うな!彼女は関係ない!」
このまま知らせなければ、2人はすれ違ったまま永遠の別れを迎えることになるかもしれない。そして彼女は一生苦しむことになるだろう。
『ですが…』
食い下がるジャーヴィスに、トニーの目から小さな涙が零れ落ちた。
「今さら遅いんだ。今さら言ってどうする。彼女を苦しめるだけだ…。それに彼女はもう私のことは…」
そう言いながら、トニーは胸元にそっと触れた。
あの日以来、ずっと持ち歩いている写真と小さな箱。渡そうと思っていたが、結局渡すことが出来なかった。
これが彼女に遺してやれる唯一の品になってしまった。それも彼女が受け取ってくれたらの話だが…。
「さすがに死んだら許してもらえるだろ?彼女は私に会ってくれるだろ?だからこれを渡してくれ…。私の願いはそれだけだ。J…ペッパーにすまなかったと伝えてくれ…。これで君は自由だと伝えてくれ…。頼ん……」
ピーー!
カウントダウンの表示が消えると同時に、トニーは爆風に吹き飛ばされた。
目を閉じたトニーの脳裏には、ペッパーの姿がありありと浮かんでいた。
(ペッパー…許してくれ…)
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