「大丈夫よ、そんなに緊張しなくても…」
珍しく緊張している父親。口をへの字に曲げた父親は、サングラスを外すと胸元のポケットに乱暴に押し込んだ。
「だがエスト…。こういう状況には慣れてない。いつもはママの役目だ」
トニーの言う通り、学校の懇談には毎回ペッパーが参加していた。だが、今日に限って下の双子の懇談と長女であるエストの懇談が被ってしまったのだ。
『だったらパパが来て!お願い!』
可愛い娘に抱きつかれ頬にキスまでされたのだからトニーも嫌だとは言えない。ということで、父親であるトニーがエストの懇談にやって来たのだ。
「私はパパが来てくれて嬉しいわ!だってパパのこと、世界で一番愛してるから♪」
ふふっと笑ったエストはトニーの頬にキスをすると、腕に抱きついた。
「エスト、やめろ。人前だ」
縋り付いてくる腕を邪険に追い払ったトニーだが、エストは頬を膨らませた。
「えー、いいじゃないの。家ではいっつもキスしてるでしょ?」
娘の誤解を招くような発言…それも誰に似たのか大きな声で言うのだから…。トニーは今日何度目かの冷や汗をハンカチで拭った。
緊張しているとは言え、名前を呼ばれ室内に入る時にはいつもの父親のように胸を張り堂々としており、エストは知らず知らずのうちに握りしめていた拳を緩めた。
学校内や家庭内での様子など、担任とすっかり自分のペースで話を進める父親は何時にも増してかっこよく、エストはその横顔をそっと見つめた。
「この成績でしたら、エストさんが希望している大学への進学は問題ないでしょう。彼女は課外活動にも熱心ですし」
大きく頷いた担任は、手元の書類を揃えると立ち上がった。
「それではこれで。…あ、スタークさん、もう少しよろしいですか?」
「はい。おい、エスト、先に出ておけ」
立ち上がりかけていたトニーは座り直すとエストを見上げた。
「うん」
荷物を持ったエストは、頭を下げると教室を出て行った。
腰を下ろした担任は、何を言われるのかと不安げなトニーに向かってにっこりと笑った。
「お母様にはお伝えしたことがあるんですが、今回お父様が来られたので、お父様にもお伝えしておこうと思います。エストさん、とても素敵なお嬢様ですね。お父様とお母様の愛情を一身に受けられて、とても素直で純粋に育てられていると思います」
エストが何かやらかしたのかと内心びくびくしていたトニーだったが、担任の言葉に胸を撫で下ろすと同時に、教師からそう思われている娘を誇らしく思った。
「それは妻のおかげだ。私は忙しくて子供達のことは妻に任せきりだ。妻は可能な限りの愛情を子供達に注いで育ててくれた。だから今、彼女が真っ直ぐ育ってくれているのも、全て妻のおかげだ」
偽りのない心からの賛辞に、担任はほほ笑んだ。
「エストさんのお話通り、素敵なご両親ですね」
「は?」
首を傾げたトニーに担任は一枚の紙を差し出した。
「先日、将来の夢について生徒に書かせたんです。これはエストさんの分です」
受け取ったトニーは紙に目を走らせた。
『父は世界中の困っている人のために日々戦っている。その代償に、父自身はいつも傷ついて帰ってくる。それでも父は自分の使命だと決して諦めない。そして母はそんな父を出会った時から支え、そして愛してきた。父は日ごろから母がいないと自分は成り立たないと言っているが、それは母も同じだ。父と母はお互いを尊重し、そしてどんな苦境でもお互いに支え合い乗り越えてきた。そんな両親の姿は私の理想の夫婦像だ。
私は、父のように苦難に直面している人々を助け、そして母のように大切な人を最大限の愛情をもって支える…両親のような生き方をしたい。』
小さい頃から自分たち夫婦が理想だと言っていた娘だが、自分たちをこのように思ってくれているとは知らなかった。トニーは込みあがってくるものを堪えるように何度か瞬きした。
「妻にも見せたいんで、頂いていいですか?」
「えぇ。お持ち帰りください」
胸元のポケットに大切そうにしまったトニーは、頭を下げると立ち上がった。
教室を出ると、ドアに耳を付けて聞き耳を立てていたのだろうか、エストが慌てふためいていた。
「何の話?」
どうやら先ほどの話は聞こえていないらしい。途端に照れくさくなったトニーは、わざと鼻を鳴らした。
「お前がベラベラと良く喋るという話だ」
「嘘?!」
父親の言葉を本気にしたのか、エストは青くなったり赤くなったりしている。
あまりからかうのも可哀想になり、サングラスを掛けたトニーは手を差し出した。
「ほら、帰るぞ。そうだ。帰りにアイスクリームでも食べるか?」
「うん!」
差し出された手を握りしめたエストは、父親の腕に寄り添うと楽しそうにお喋りを再開した。