118. Insect

「ママ、これあげる」
両手を握りしめたルーカスが小さな拳をペッパーに突き出した。
「何かしら?」
手のひらを差し出したペッパーの上で、ルーカスがパっと手を広げると、ペッパーの手にぬるりとした物が触れた。
「え…」
恐る恐る手のひらを見ると、そこにいたのは何かの幼虫が2、3匹。
「キャー!!!!!!」
手を振り回すと、幼虫はポトリと地面に落ちた。
「あー!!むしさん!」
抗議するように悲鳴を上げたルーカスは、地面に落ちもがいている虫の元へ駆け寄った。
「どうした!!」
そこへ、ペッパーの悲鳴を聞いたトニーが飛び出して来た。
「む、む、虫!!!」
目を閉じ手を振り回している妻と、悲しそうに地面におちた虫を見つめている息子。
瞬時に状況を理解したトニーはまだ喚いてる妻の元に歩み寄った。
「ハニー、大丈夫だ」
両腕をさすりペッパーが落ち着いたのを確認したトニーは、今度は息子の傍に腰を下ろした。
「カブトムシの幼虫じゃないか」
芝生の上に落ちた幼虫を摘まんだトニーは、ルーカスの持っていた虫かごに入れた。
「うん、おにわにいたから、ママにもみせてあげたの」
どちらというと物静かな長男に比べ活発な次男は、同時に動物や虫も大好きで、彼の部屋はさながら動物園のようになっているのだ。だがペッパーは実は虫が大の苦手。可愛い息子のためだと部屋で飼っている分には我慢していたようだが、直接触れるとなると話は別なのだろう。
大好きなママに拒否され、若干沈みこんでいる息子の頭をトニーは軽くポンッと叩いた。
「ルーカス、ママは虫が苦手なんだ」
「そうなの?」
母親が虫が嫌いと聞いたことがないと目を丸くした息子だが、事実なら大変なことをしてしまったと分かったのだろう。小さな頭を下げると謝罪の言葉を口にした。
「ママ…ごめんなさい…」
しょんぼりと頭を垂れた息子の姿が愛おしくなったペッパーは、彼の小さな身体を抱きしめた。
「ママこそごめんなさいね。せっかくあなたが見せてくれようとしたのに、落としちゃって…」

妻と息子の姿を傍らで見つめていたトニーだが、不意に昔のことを思い出した。
それは自分がまだ息子と同じくらいの年の頃。庭で捕まえた小さな蛇を見せようと母親の元に行くと、母親はその場で卒倒し、父親には酷く怒られたことがあった。
あの時は今のルーカスと同じように、自分が捕まえたものを母親と共有したい、ただそれだけだった。
父親は頭ごなしに怒鳴るだけで、どうして母親が卒倒したか教えてくれなかった。今なら理由は分かる。だが当時は理解できるはずもなく、一晩中部屋に篭り泣いていた記憶がある。
だからこそ、自分が同じ立場になった時は、きちんと理由を説明しようと思っていた。

芝生の上に座り籠越しに中の虫を説明している息子と、その傍らで話を聞いている妻はとても楽しそうで、トニーは最良の家族に恵まれたことに密かに感謝したのだった。

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