112. Rant

昔はよくぶつかり合ったトニーとペッパーだが、結婚して8年。お互い引き所が分かっているためか、はたまた最近ではペッパーがひとしきり文句を言った後にトニーが折れて謝るというパターンが出来ているせいか、余程のことがない限り大喧嘩をしなくなっていた。
だが、どうやらこの日は様子が違うようだ。

「ハニー、喚き散らすな」
喚いているペッパーに、トニーは耳を押さえながらげんなりした表情で叫んだ。その態度が余計に尺に触ったのだろう。
「あなたがしっかりしてくれないからでしょ?!」
きぃぃ!と叫んだペッパーは、トニーに向かってクッションを投げ始めた。
クッションが飛んでくるのは想定内。見事に受け止めたトニーは、傍らに座っている娘と息子に向かってため息を付いた。
「エスト、エリ。ママは気に入らないことがあるとすぐに喚き散らすんだ。パパの身にもなってくれ」
「アンソニー・エドワード・スターク!!!子供たちに変なこと吹き込まないで!!」
真っ赤な顔をして怒鳴る妻は、よりによってフルネームで呼んできた。フルネームを呼ばれることをひどく嫌っているトニーは、顔を顰めた。
「ほらみろ、また喚き散らしてる。それに腹を立てている時だけフルネームで呼ぶのはやめてくれ。その名前は嫌いなんだ」
「嫌いだから呼んでるの!」
ふんっと鼻を鳴らしたペッパーに、トニーも段々と腹が立ってきた。
「おい、嫌がらせか?」
「そうよ!やっと気づいたの?今さら気付くなんて、だっさいわね」
「何だと?!」
ますますヒートアップする両親は、立ち上がりお互いを罵り合い始めた。
ここにいてはマズイと感じたエストは、弟の手を引くと、キッチンへと避難した。

冷蔵庫からジュースを取り出したエストは、弟に手渡すと横に腰を下ろした。
「ねーね、ありがと」
ストローをくわえ飲み始めたエリオットだが、エストはジュースを一口飲むとため息を付いた。
「どうしよう…。パパとママ、離婚するかも…」
「リコン?」
聞き慣れない言葉に、エリオットは姉を見つめた。
「えっとね。パパとママがお別れすることよ。つまりね、ママはポッツに戻るの。パパはスタークのままだけど。それから、一緒のお家に住まなくなるの。ご飯も一緒に食べなくなるし、一緒に寝たりしないの。つまりね、パパとママはもう仲良しじゃなくなるのよ」
小さな弟でも分かるように説明したエストだが、果たして弟はどこまで理解しているのだろうか…。
うーんと頭を捻ったエリオット。ハッキリ言ってよく分からない。ただ一つだけ分かったこと。それは自分も両親と一緒に暮らせなくなるかもしれないということだった。
「ぼく…パパとママとおわかれしたくない…」
しくしく泣き出した弟の頭をエストは優しく撫でた。
「大丈夫よ。子供はね、パパかママのどちらかに付いて行くの。この間、クロエちゃんのパパとママが離婚したの。クロエちゃんね、パパもママも大好きだけど、パパの方について行ったんだって。パパの方がお金持ちだから、お金に苦労しないだろうって…。うちもそうよね。会社はパパの会社だし。パパはアイアンマンのお仕事もあって忙しいし、料理ができないから、美味しいご飯が食べたかったらママか…。でも、パパはママがいないと何もできないのよね。だから私が一緒にいてあげないとパパは一人ぼっちになっちゃうわ…。うーん…」
頭を悩ますエストに、小さなエリオットはこれはいよいよ大変なことになったのだと、幼いながらに悟った。
「ぼく…パパもママもすき…」
大粒の涙を零す弟の姿に、エストの目にも涙が浮かんだ。
「私もよ。パパもママも大好きだから選べないわ…」
弟の涙を拭いたエストは自分も涙を乱暴に拭くと立ち上がった。
「そうだわ。離婚しないでって止めましょ?」
「うん!」
エリオットの手を取ったエストは、両親のいるリビングへと向かった。

リビングには父親の姿しかなかった。
「パパ!ママと離婚しないで!」
「どうしたんだ?」
口をへの字に曲げた子供たちが突進して来たのに気付いたトニーは、読んでいたPC雑誌をテーブルに放り投げた。
「ママとリコンしちゃダメよ!」
膝の上によじ登ってきた息子は、ペッパーそっくりの膨れ顔でトニーの頬をペチペチと叩いた。
「離婚?する訳ないだろ?」
どうして話がそう飛躍しているのかさっぱり分からないトニーは苦笑い。
「でも…パパとママ、けんかしてた…」
息子の目に大粒の涙が浮かんだのに気づいたトニーは、苦笑しながら彼の目元を拭った。
「おいおい。喧嘩くらいするさ。お前たちもするだろ?だからパパもママも喧嘩はする。だが、パパはママのことを愛してるんだ。ママも同じさ。だからさっきの喧嘩くらいでは離婚なんかしないさ」
「「ほんと?」」
息子だけではない、娘までもが大きな目をさらに見開いて見つめてくるのだから、そんな子供たちがますます愛おしくなったトニーは二人をぎゅっと抱きしめた。
そこへやって来たのは母親であるペッパー。手にはおやつにと用意したドーナツを持っている。
「どうしたの?二人とも?」
「ママ?!」
トニーの膝から飛び降りたエリオットはペッパーに抱きついた。真っ赤な目をしている娘と息子。そして苦笑いしているトニーを見比べたペッパーは、首を傾げた。

と言うわけで、ドーナツを食べながらトニーは事情を話したのだが、ペッパーは大笑いしたいのを必死に堪えているではないか。
「大丈夫よ。パパとママは離婚しないわ」
クスクスと笑ったペッパーは、隣に座っているトニーの頬にキスをした。両親のいつもの光景なのだが、若干疑心暗鬼となっているエリオットは、様子を伺うように恐る恐る尋ねた。
「ママ…パパのこと、しゅき?」
上目遣いで見上げてくる息子は最愛の女性にそっくりで、ペッパーの膝の上に座っている息子の髪をクシャッと撫でたトニーは、両脇に座っている妻と娘の肩を抱き寄せた。
「もちろん、好きよ。いいえ、愛してるわ」
トニーの肩に頭を乗せたペッパーはとても幸せそうで、『やっぱりうちは離婚とは縁がなさそうね…』と、エストは一人思ったとか思わないとか…。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。