ある日、書類を整理していたペッパーは、彼女のボスであるトニー・スタークが珍しくため息をついていることに気付いた。
「どうしたんです?」
小首を傾げるペッパーをちらりと見たトニーは、頭を軽く振った。
「恋煩いだ。気にするな」
一夜の女性は星の数。一日たりとも夜の相手を欠かしたことがないようなトニー・スタークが恋煩いと悩んでいる。
思わず吹き出しそうになったペッパーだが、よくよく考えれば、彼はこの1か月、女性と遊んでいないことに気付いた。
となると、とうとう特定の女性にターゲットを絞ったということだろうか…。
「誰か気になる女性でも?」
机の端に寄り掛かったペッパーを顎を机に乗せたトニーは見上げた。
「…そんなところだ」
話そうか話すまいか悩んでいたようだが、トニーはしばらくして重い口を開けた。
「私はその女性を愛している。いや、愛していることをはっきりと自覚したのは1か月前だ。他のオンナとヤっていても彼女のことを思い出してしまう。どういうことかと考えた結論が、私はもう随分前から彼女を愛しているということだ。思えば彼女と出会った時から私は彼女を愛していたんだ。だが彼女は…その…私には気がないんだ。はっきり聞いたわけではないが、多分そうだ。私を男として見ていない。だが、私はこの感情をもう隠すことができない。顔を合わず度に、キスをし抱きしめたくて仕方がないんだ。だが、彼女はその気がない。拒否され嫌われたくもない。だから、どうやって彼女にこの思いを伝えればいいのか悩んでいる」
(随分その女性にお熱なのね…)
彼に特定の恋人ができるのはある意味喜ばしいことなのかもしれない。誰かを心の底から愛することを知らなかった男が、ついに相手を見つけたのだから…。だがそれは同時にペッパーの心の奥底にしまいこんだ思いを、永遠に封印することになる訳で…。
頭を軽く振ったペッパーは、秘書としてボスの相談に答えようと、一人の女性としての感情を拭い捨てた。
「それなら、バラを贈ってみてはどうです?」
「バラ?」
顔を上げたトニーにペッパーは無理やり笑みを浮かべた。
「えぇ。定番かもしれませんが。知ってます?バラは色や本数で伝えたいことを伝えられるんですよ?」
「そうなのか」
「はい、ですから、社長もお相手の方にバラでお気持ちを伝えてみてはいかがですか?」
「…そうだな」
何やら考え込んでいるトニーは真剣で、これ以上見ているのが辛くなったペッパーは、そっと部屋を出て行った。
翌朝、ペッパーが出社するとデスクの上にバラの花束が置いてあることに気付いた。
手に取ってみると、紅色のバラが7本。
紅色のバラは『死ぬほど恋焦がれている』、そして7本は『密かな愛』。
どこからどう見ても愛の告白に違いない。
「誰からかしら?」
花束を覗き込むと『ペッパーへ』と書かれた付箋が貼られていた。その筆跡は彼女のよく知っている人…トニー・スタークのものだった。
「トニー…」
昨日彼が語っていた女性…それは自分のことだったのだ。
『男として見ていない』なんてとんでもない。初めて会った時から顔を合わす度にドキドキしていたのはこっちの方だ。
つまり、長年胸に秘めた思いは、彼もペッパーも同じだったのだ。
「トニー…」
紅色のバラの上に、ペッパーの嬉し涙が零れ落ちた。
「愛してるわ、トニー…」
花束をぎゅっと抱きしめたペッパーは、贈り主へ想いを伝えようと、急いで部屋を後にした。