一命を取り留めたトニーは、数日後に意識を取り戻した。が、そのままLAの病院へと搬送されたため、別の任務に行っていたスティーブたちはトニーに会っていなかった。
という訳で、彼らがトニーの見舞いに向かったのは、あの事故から2週間ほど経った頃だった。
ペッパーからの連絡で、後遺症もなくベッドに起き上がれるまでに回復していると知らされていたが、実際に顔を合わせるまで安心できないと、スティーブ、ソー、ブルース、クリントにナターシャは、任務から帰ったその足で病院へと向かった。
病室のドアを開けると、ベッドサイドにはペッパーが座り、何やら話をしていた。
「あら、いらっしゃい」
5人に気付き立ち上がったペッパーに、ブルースは手土産に持ってきたトニーの大好物のドーナツを手渡した。
「ありがとう、みんな。ねぇ、トニー。あなたの好きなドーナツよ。食べる?」
ペッパーの言葉に小さく頷いたトニーは、5人を見渡すと嬉しそうに笑った。
「トニー、良かった…」
声を詰まらせたブルースは、慌てて眼鏡を外すと目元を拭った。
「心配したのよ。それに怖かった。あなたを失うと思うと…」
「おい、スターク。ナットを泣かせた罪は重い。元気になったら償えよ」
泣きそうになったナターシャの肩を抱き寄せたクリントは、からかうように言ったのだが、トニーは肩を竦めると小さく舌を突き出した。
顔色はまだ悪く全快には程遠いのは一目瞭然なのだが、皆が気になっているのは別のことだった。それは、トニーが一言も言葉を発しないことだ。
「スターク、気分はどうだ?」
そう言いながら握手しようと手を伸ばしたスティーブだが、トニーは困ったようにスティーブを見つめると、口をパクパクと動かした。だが、その口からは声が発せられない。
困惑する5人に顔を顰めたトニーはペッパーを見つめた。
7人分の紅茶とドーナツをテーブルに置いたペッパーは皆に勧めると、トニーに用意したドーナツとマグカップを持ち、ベッドサイドに座った。
「声が出ないの」
『声が出ない』
仲間の脳裏には『後遺症』という言葉が浮かんだ。というのも、彼の心臓はあの時30分以上止まっていたのだから…。だがペッパーは『後遺症はない』と言っていたはず。
その空気を読み取ったペッパーは慌てて告げた。
「声帯には問題ないの。ヘリキャリアで意識が戻ってすぐは喋れたから…。でも、ここに移ってきて声が出なくなったの。つまり、精神的なものじゃないかって…。だから時間はかかるかもしれないけど、必ず声は出るようになるって言われたわ」
ね?とトニーに向かってほほ笑んだペッパーに、トニーは何か伝えようと口を動かした。
「何?」
トニーの口の動きを読んだペッパーは、トニーの手を握ると、スティーブたちに顔を向けた。
「『迷惑かけてすまなかった』ですって」
トニーの言葉に5人は息を飲んだ。迷惑だとは一度だって思ったことはない。そればかりか、感謝と謝罪をしたいのは自分たちの方だ。彼は命をかけて自分たちを守ってくれたのだから…。
「謝りたいのはこっちの方よ!」
「そうだ!迷惑だなんて思ってない!」
「スタークよ、すまなかった。お前にばかり負担をかけて…」
「そうだよ、トニー。悪かった。許してくれ」
一斉に喋り出した仲間に、トニーは目を白黒させている。
それを制したスティーブは、一歩前へ進むと、トニーとペッパーに向かって頭を下げた。
「スターク、君は大勢の命を救ったんだ。我々の命も…。感謝している。それに謝るのは私の方だ。あの時、駆けつけていれば、君はこんなことにはならなかったんだ。すまなかった」
頭を下げ続けるスティーブに、トニーは首を振ると、ペッパーに向かって何か訴え始めた。
何度か頷いたペッパーは、「分かったわ」と告げトニーの頬を撫でると、5人の方へ顔を向けた。
「もう、みんな、頭を上げて。トニーも言ってるわ。『君たちのせいじゃない。もう謝るのはやめよう』って。そうよね、トニー?」
大きく頷いたトニーは、皆に座るよう目線で促した。
「さぁ、食べて。トニーも食べるでしょ?」
そう言いながらドーナツを小さくちぎったペッパーは、トニーの口に放り込んだ。
ドーナツの味を噛みしめるかのように目を閉じ食べていたトニーだが、サイドテーブルに置かれたマグカップにチラリと視線を送った。
「ミルクよ。飲む?」
頷いたトニーにペッパーはマグカップを手渡した。左手にカップを持ったトニーだが、まだ手に力が入らないのかその手は震えている。それでも片手でカップを持ったトニーは、ペッパーに支えてもらいながらも不自由そうに飲み始めた。
何かがおかしい。もちろん怪我をして入院中なのだから、いつものトニーではないことは確かだ。だが、そうではなく、どこか違和感があるのだ。言葉が出ないのもそうなのだが、トニーは右手を使おうとしていないのだ。
仲間の不安そうな視線に気づいたトニーは俯いてしまったのだが、顔を曇らせたペッパーは言葉を選ぶように話し始めた。
「みんなには後遺症はないって言ったんだけど…実は…」
チラリとトニーを見たペッパー。それに気づいたトニーは顔を上げると、小さく頷いた。
「実はね、右手が動かないの。右足も…」
仲間の顔に緊張が走ったのに気づいたトニーは、再び顔を伏せてしまった。トニーの左手をキュッと握り締めたペッパーは、彼を安心させるように無理やり笑みを浮かべた。
「トニーがみんなには知らせるなって…。心配するから何ともないと言えって…。でも、もう隠し切れないわね…」
「スターク…」
絶句している仲間にも、ペッパーはトニーの代わりというように、必死に笑顔を向けたのだが、その目には次第に涙が浮かび始めた。
「リハビリすれば回復するそうよ。でも、今までのようには…難しいかもしれないって…」
ペッパーの目から小さな涙がこぼれ落ちた。暫く前からペッパーが泣いていることに気づいていたトニーだが、右手が動かない自分はその涙すら拭ってやることができないのだ。代わりにトニーは繋がれた手に力を入れた。
(泣かないでくれ、ペッパー)
まるでそう言われているように感じたペッパーは、涙を拭うと顔を上げた。
「でもね、トニーは頑張るって。元に戻る可能性が0ではない限り諦めないって…。必ず元に戻ってみせるって…。だから……」
だが、言葉を震わせたペッパーは再び顔を伏せた。そして、
「ごめんなさい…」
と言うと、耐えきれなくなったのだろう、涙を拭うと立ち上がり洗面所へと向かった。
そういうことだというように、肩を竦めたトニーは、涙目になっている仲間に向かって笑顔を向けた。
『生きてるんだ。それで十分だ』
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