Fall①


『スターク!どうすればいいんだ!』
無線からキャプテンの声と、周囲の人々の叫び声が聞こえた。

落下するヘリキャリア。エンジンは停止し、何もかもが作動しない。
このままではヘリキャリアにいる全員が、海の藻屑と化してしまう。
それだけは避けなければならない。何百人という命を救う手立てはないのか…。

動力室で必死で考えたトニーはふと思いついた。
「…これがあるじゃないか…」
トニーは、胸元で光るリアクターにそっと触れた。
リアクターをヘリキャリアの動力源とし再び起動させる…。それしか道はなかった。
だがそれは、一歩間違えればトニーの死を意味するのだ。
高度はどんどん下がっている。もはや時間はなかった。
「キャプテン、一つだけ方法がある。だが…決してこっちには来るな」
スティーブが返事をする前にトニーは一方的に無線を切った。
『トニー様、おやめください!』
「ジャーヴィス、安心しろ。機体の動力が戻るまでの間だけだ。だから大丈夫だ」
『ですがトニー様、トニー様はリアクターがなければ…』
「黙れ、ジャーヴィス!」
思わず怒鳴りつけたトニーだが、ペッパーの顔が浮かび頭を振った。
何も言わなければ、彼女は怒るだろう。だが、今話をすれば決意が薄らいでしまう…。
頬を軽く叩いたトニーは、アーマーを脱ぐとTシャツを捲り上げた。
青白く光るリアクターを外したトニーは、それをヘリキャリアの動力に接続した。

耳の奥で自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
「早くしろ…」
徐々に戻っていく動力。様々な機器のランプが付き始めるにつれ、トニーの胸は痛み始めた。
「くそ…」
何度も何度も深呼吸するトニーだが、胸の痛みは増す一方。
『トニー様、早くリアクターをお戻し下さい!』
耳に入れたインカムからジャーヴィスの悲鳴が聞こえる。だが、今接続を切るわけにはいかないのだ。ジャーヴィスの声を断つかのように、トニーはインカムを投げ捨てた。
「まだ…か…」
あまりの痛さに汗が全身から噴き出る。空気を求めるように喘ぐトニーだが、息が吸えない。
「く…」
胸元を押さえたトニーは、床に崩れ落ちた。
その瞬間、唸りを上げてすべての機器が復旧した。それと同時に、ヘリキャリアは再び上昇し始めた。
「や…った…」
ガッツポーズをしようとしたトニーだが、身体は言うことを聞いてくれない。
(早くリアクターを戻さなければ、このままではこっちがお陀仏だ…)
必死で手を伸ばすトニーだが、肝心のリアクターには届かない。
それでも何とかリアクターの置いてある台を掴んだトニーだが、床に倒れたままでは接続を切れるはずがなかった。
必死に手を伸ばすトニーを猛烈な痛みが襲った。それと同時にトニーは全く呼吸ができなくなった。
(人生が終わる瞬間、走馬灯のように思い出すなんて嘘だな…)
そんなことは分かるのに、意識が朦朧としているトニーは何一つ思い出すことができなくなっていた。
目の前が霞み、何も見えなくなったきた。
それでもトニーは必死で思い浮かべた。彼の最愛で唯一の存在を…。

「…ぺ…ぱ…」

だが、掠れた声は機器の唸るような音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。

***
ヘリキャリアが再浮上し、ようやく元の機能を取り戻した頃、各部署を見回っていたアベンジャーズのメンバーは、指令室へと戻って来た。だが、いくら待てどアイアンマンは戻ってこない。
「スタークは?」
だが、誰も姿を見ていないとみんな首を振るばかり。
「確か、動力室に向かったんじゃなかったか?修理するって…」
ブルースの言葉にスティーブは顔を上げた。突然切れた無線。最後に聞こえたのは『決してこっちに来るな』という声。
その瞬間、スティーブの脳裏に最悪の光景が過った。それは自己犠牲精神とは程遠いと思っていたトニー・スタークが、あのNY決戦で見せた姿以上のものだった。
「まさか…」
勢いよく立ち上がったスティーブは、動力室に急いだ。

動力室は正常に動いていた。だが…。
「スターク!!」
床に倒れているトニーに、皆思わず立ち止まってしまった。

彼はヘリキャリアを救ったのだ。自分の命と引き換えに…。

瞬時にして理解したブルースは、台の上で輝いているリアクターに気付くと、引っ手繰るように掴んだ。
スティーブはトニーの身体を起こしたが、顔面蒼白のトニーは息をしていないではないか。そして彼の胸元には青白い光が見当たらないばかりか、ぽっかりと空いた穴からは血が流れ落ちている。
「スターク!しっかりしろ!!」
ブルースがリアクターを本来の位置に戻した。再び輝き始めたリアクターだが、トニーはピクリとも動かない。
首筋に指を当てたブルースは、目に浮かんだ涙を振り払うかのように叫んだ。
「早く医務室へ!脈が触れない…」

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