「人生180度変わったのは、あの事件からだが…」
と前置きしたトニー・スタークは、足を組み直すと咳払いをした。
「本当に変わったのは、彼女に出会ってからだったのかもしれない。彼女は様々な意味で私の目を開かせてくれたから…」
そう言うと、トニー・スタークは左手の指輪に触れた。その瞬間、彼が微笑を浮かべたのに気付いたのは、目の前にいた私だけだったかもしれないが…。
「どういう意味ですか?ミス・ポッツ…いえ、ミセス・スタークがあなたの秘書になった時点で、あなたたちは…」
『関係があったのか』という言葉は、スターク氏に遮られて言えなかったが、彼は私が何を聞きたいのか分かったのだろう。
「断じて言うが、私たちは君たちが想像しているような関係ではなかった。一線を越えたのは恋人になってからだ。つまり、出会った頃は彼女の魅力に気付かなかった。いや、気付いていたが気付かないふりをしていた。本心を告げることで彼女が私の元から離れてしまうことを恐れた。だが、アフガニスタンでの日々において、彼女の存在の大きさに気付いた。あの苦しい日々、彼女の存在だけが私の支えだった。必ず生きて帰る、ペッパーに再び会うまでは…と考え、勇気を奮い起こした。今思えば、あの出来事は必然だった。私の生き様を変えるために、そして彼女との関係を前進させるために…」
何か思い出したのか、苦しそうに顔を歪めたスターク氏は、膝の上で組んだ手を見つめた。
「話が前後するが、彼女は私の秘書になって以来、私に良い意味で影響を与えてくれた。彼女は私がそれまで出会った女性と違っていた。それは秘書としてもだが、一人の女性としてもだ。彼女は私のことを理解しようとしてくれた。見せかけではない、本当の私を…だ。彼女は何があっても私のことを受け入れてくれる。そして道を踏み外しかけた時は、正しい方向へ導いてくれる。それは欲得のためではない。本当に私のことを考えてくれるからだ。彼女の無償の愛が私を変えた。だから決めた。彼女の手を離してはならないと。彼女は私にとって不可欠な存在だと。これからは彼女を守って生きていきたいと…。簡単に言うとそんなところだ。私が彼女を選んだ理由は」
一気に話すとテーブルの上の水を飲み干したスターク氏。その姿はテレビを介して見る彼とは違い、一人の女性をただひたすら愛するトニー・スタークという一人の人間だった。
大物カップルの結婚という話題で特集を組むためインタビューを行ったが、我が誌はゴシップ誌なのだ。二人の…というよりもスターク氏の過去のスキャンダルの一つや二つを載せればバカ売れするだろうと思っていたのに、これではご結婚おめでとうございますな幸せお裾分け号にしかなりそうもない。カメラマンや他のスタッフは残念だと言わんばかりにがっかりしているが、私は違った。なぜならスターク夫妻は本当にお互い愛し合っているということが伝わってきたから…。
「ありがとうございました、スタークさん。以上で終わりです」
部屋の雰囲気に気付いたのだろうか、若干ムッとした表情を浮かべていたスターク氏だが、笑顔で終了を告げると、少しだけ口の端を上げた。
彼の運転手兼ボディーガードであるホーガンが彼の荷物を持ち、いよいよ退室しようとした時だった。私はどうしても聞きたいことがあった。それは原稿には載っていない質問。
「あの…これはインタビューではなくて私個人がお聞きしたいんですけど…よろしいでしょうか?」
勇気を振り絞った私の言葉に、ドアのそばにいたスターク氏が振り返った。
「何だ?」
まだ何か聞かれるのかと眉を吊り上げたスターク氏に、私は一歩近づいた。
「今、幸せですか?」
私の質問に部屋の空気が変わった。分かってる。もっとスキャンダラスなことを聞けと後で怒られるのは分かっている。でも、私は聞きたかった。トニー・スタークの口から聞きたかった。
部屋を見渡したスターク氏は、指輪の光る左手をわざとらしく前に突き出すと私を援護するかのように告げた。
「何だ。いい質問ができるじゃないか。今日一番の質問だな。もちろん幸せだ。人生で最高に幸せだ」
そう言うと、ウインクをしたスターク氏は部屋を後にしたのだった。