―およめちゃんになってあげゆ―
―君が年頃になったら迎えに行くよ―
またあの夢を見た。
遠い昔、NYの街中で交わした子供同士の口約束。あの時、自分よりも遥かに年下の赤毛の小さな女の子は、青一色だった世界から少しばかり私を解放してくれた。
あの後、何度かあの公園へ足を運んだが、あの少女と出会うことは二度となかった。そして気がつけば探していた。時が経ち、美しく成長したであろう赤毛の女性を…。
あれから30年以上経った。少女の名前も姿形もうる覚えだが、あの時の言葉は今でも私の心に刻み込まれている。
(赤毛……。確か名前は…)
遠い昔の記憶を掘り起こしたトニーは、少女の名前を不意に思い出した。
「ジニーだ…」
聞き覚えのある名前。なぜなら2日前に永遠の愛を誓い合ったばかりの女性も、その名前を持っていたからだ。
「おい…まさか…」
トニーは思わず隣で眠るペッパーを見た。
すやすやと眠るペッパーをじっと見つめていると、あの時の少女の姿が鮮明に蘇ってきた。
赤毛をポニーテールにした少女。そばかすの可愛らしい少女は、彼女と同じく透き通るようなオーシャンブルーの瞳をしていた…。
この話はペッパーにしたことはなかった。なぜならあの時の少女が、まさか長年そばにいる彼女だとは結びつかなかったから…。
「君があの時の少女なのか?長年探していた…」
そう呟いたトニーは、最愛の女性の頬をそっと撫でた。
「どうしたの?」
頬を擽る感触に目を覚ましたペッパーは、トニーが懐かしそうな表情で自分を見つめていることに気付いた。
「なあ、ペッパー。小さい時、NYにいたことはないか?おそらく君が2歳か3歳くらいの時だ」
突然何を言い出すの?と戸惑ったペッパーだが、トニーが不意に話題を振ってくるのはいつものことなので、遠い昔を思い出すかのように小首を傾げた。
「えぇ…。そう言えば…うんと小さい時にね、家族で旅行に行ったことがあるわ」
ペッパーの言葉にトニーは顔を輝かせた。
「その時、誰かに会わなかったか?男の子とか…」
もう30年以上前のことなので、すっかり忘れていた。いや、正確には10代の頃までは鮮明に覚えていたが、年を重ねる毎に、夢物語のようなあの話は記憶の隅に押しやられていたと言ってもいいかもしれない。
だが、トニーに言われ思いだした。遠い昔、NYで出会ったあの少年のことを…。
こげ茶色の瞳をした『トニー』という名の男の子を…。
「あ…」
と小さな声を出したペッパーは、トニーを見つめた。
「男の子に会ったわ…。と、トニーって言う………」
信じられなかった。ずっと一緒にいた彼が、あの時の少年だとはにわかに信じられなかった。
だが、ペッパーは確信した。あの時の少年が、自分の愛する男だということを。なぜなら、目の前のトニーとあの時の少年の笑みは同じだったから…。
「もしかして….あなただったの?」
頷いたトニーは、手を伸ばしてきたペッパーを力いっぱい抱きしめた。
ずっと探していた。あの時の子供を…。
あの時、幼いながらに思った。この子の手を永遠に繋いでおきたいと…。
「まさか君だったとは…。しかも君に出会って何年経ったと思ってるんだ?20年以上だぞ?それなのにお互い今まで気が付かなかったなんてな」
おかしそうに笑ったトニーは、ペッパーの頬にキスをすると悪戯めいた笑みを浮かべた。
「本当ね。でも私たちの出会いが実はあの時の公園だったなんて」
ふふっと笑ったペッパーは、ふとあの時の約束を思い出した。
「でも、あなたは、約束を守ってくれたのね。私をお嫁さんにしてくれるという約束を…」
ペッパーの言葉に、トニーはわざとらしく鼻を鳴らした。
「当り前だ。私は約束を守る男だ。約束通り迎えに来ただろ?」
嬉しそうに微笑んだペッパーは、あの時自分を助けてくれた少女の笑顔と同じだった。
(ペッパー、私はあの時、小さな君に救われたんだ。そして今も君に救われている…。ありがとう、ペッパー…。約束を守ってくれてありがとう…)
照れ臭くて面と向かって言えないトニーは、言葉にする代わりに、ありったけの愛を囁いた。
※”Blue”→”Hands”の続きです。