何年経てばあなたは本心を包み隠さず明かしてくれるの?
「あなたが何を考えてるか分からない」
そう告げると、トニーは黙って部屋を出て行った。
昔に比べ、心の内を話してくれるようになったトニーだが、時折今日のようにじっと黙ったまま何も語らないことがある。
迷惑かけまいとしているのだろう。言えば心配するからだろう。
それは彼の優しさでもあり、悪い癖でもある。そして、結婚し夫婦になった今でもそれは変わらない。
だが、それが辛かった。自分だけはトニーのことを理解し支え愛することのできる唯一の人間だと思っているから。例え世界中の人間を敵に回したとしても、それだけは確かなことだ。
(喜びも悲しみも…苦しみも…全て分かち合うって誓ったのに…)
どうすればいいのか分からなかった。無理やり聞き出そうとしても彼は余計に口を閉ざしてしまうから。
情けなかった。悲しかった。思っている程、彼は自分のことを必要としていないのかもしれないとも思った。
(私はこんなにもあなたのことを信じ、必要としているのに…)
膝の上で握りしめた拳の上に、涙がポタポタと零れ落ちた。
「ママ?」
しばらくして、不安げな声が頭上から聞こえ、私は涙を拭うと顔を上げた。
泣き出しそうな顔をした小さな娘は、持っていたタオルをペッパーに差し出した。
「ママ、ないちゃダメよ。ママがなくとね、おそらのおひさまもかなしくなっちゃうってパパがいつもいってるよ」
娘の言葉に、私は先日トニーが娘に語っていた言葉を思い出した。
『パパはママの笑顔が大好きだ。ママが笑うと、まるで太陽が輝いているようにその場が明るくなるんだ。だからママはパパにとって太陽のような存在だ。悩んでいる時や辛い時、ママが笑って大丈夫と言ってくれるだけで、パパは元気になれるんだ』
そう、トニーはただ言って欲しいのかもしれない。
『大丈夫よ』と。
私に笑って言って欲しいのだ…。
全てを話してくれなくてもいい。例え夫婦でも、お互いに言えないことはあるのだから…。
「あのね…ママ。パパもね、ないてたよ。ペッパー、ごめん…ってないてたよ」
小さな娘を抱き上げると、彼女は内緒話をするようにペッパーの耳元で囁いた。
「あら、大変。じゃあ、ママはパパの様子を見てくるわね。エストはお部屋で待っててくれる?」
膝の上から飛び降りると、娘は父親そっくりの笑みを浮かべた。
「うん。パパ、きっとまってるよ。ママがわらってくれるのをまってるよ」
そう言うと、彼女はパタパタと走って行った。
ラボを覗くと、トニーは作業中だった。
背後から近付いても、彼は振り返りもせず黙ったままだ。
「トニー…」
そっと呼びかけると、トニーは首を振った。
「ペッパー、さっきも言ったが…話したくないんだ」
顔を背けたトニーは、持っていたスパナを投げ捨てた。
彼の気持ち全ては分からない。でも少しなら分かる。
『アイアンマンは世界に必要でない』
アベンジャーズのメンバーが彼抜きで戦っている映像を見た時、彼はショックを受けていた。
「これで5回連続だ…。呼ばれなかったのは…。私はもうチームにいらないということか…」
おそらくみんなは大怪我をし病み上がりの彼に気を使い、声を掛けなかったのだろう。
だが、彼はそれを許さなかった。仲間が苦しんでいる時に、一人じっとしているのが許せなかったのだ。例え自分が動くことができなくても、おそらく状況だけは知らせて欲しかったのだ。
そんなことはないと言ったけど、彼は自分の気持ちに蓋をして、本心を語ろうとしなかった。そしてその弱さを私に見せまいとしている…。
いつだったか彼は言った。『君の望む男でなくてすまない』と。
私が望むこと、それは彼が彼らしくいてくれること。彼が笑ってくれること。彼が幸せでいてくれること…ただそれだけ。
彼は優しく思いやりに溢れ、そして勇気のある、世界一素敵な男性。
彼は私が完璧だと言うけれど、それは私も同じ。私にとって彼は完璧…いいえ、私たちは2人でやっと完璧になれるんだから…。
いつも大きく広いはずの彼の背中が、突然小さく見えた。そして耐えきれないほどの重みを背負っているように見えた。
堪らなくなった私は、彼の背中に抱き着いた。
「トニー、あなたは世界に必要にされてないと思ってる。でも違うわ。あなたは必要なの。世界にアイアンマンは必要よ?それに何よりもね…私とエストにとってはあなたは必要。それだけじゃダメ?」
背中に顔を押し付け腕を彼の首に回すと、彼は小さく首を振った。私の手を握ったトニーは、顔を上げるとくるりと身体の向きを変えた。
「ペッパー…すまない。君に心配かけたくない。だが…正直、どう話していいのか分からない…。だから…」
大きな琥珀色の瞳は、まるで安らぎを求めるかのように憂いを帯びている。
彼の頭を抱え込んだ私は、柔らかな髪の毛を梳きながら頭に何度もキスをした。
「トニー、私には話して。私には弱音を吐いてくれていいの。何があっても、私はあなたのことを受け止めてみせるから…。だから大丈夫よ。私とエストがあなたのそばにいるから…」
彼は相変わらず無言だけど、私の背中に回された腕に力が入った。まるで私を自分のそばから逃がさないというように…。
年月が経ち私が学んだこと。
それは、待つということ。突き放さず、じっと待つということ。
彼が本心を明かしてくれるまで、支え慈しみ愛するということ…。
そうすれば、彼は話してくれるから。
ほら、こんな風に…。
「ハニー…聞いてくれるか?」