そして結婚式の2日前。サポーターも取れ、杖なしで歩けるようになったトニーは、クリント、スティーブやソーたちと独身最後のパーティーを開いていた。
ペッパーもナターシャやジェーンとパーティーをしており、トニーがペッパーと二人きりで会話らしい会話をしたのはもう3日も前だった。
そんな時、トニーの元にペッパーからメールが届いた。
『パパとママが到着したの。今日からホテルに泊まるわね。ペッパー』
「…もうダメだ…」
携帯を閉じるなり倒れこんだトニーに、クリントたちは目を丸くした。
「どうしたんだ?」
ポンと肩を叩かれたトニーは恨めしそうに顔を上げた。
「お袋に邪魔されたせいで、ペッパーと3週間もヤってないんだ!キスですら満足にできてない!せっかく一緒に暮らせるようになったのに…。我慢の限界だ…。もう死にそう…」
再び崩れ落ちたトニーに、クリントとソーは下衆な笑みを浮かべた。
「それはお前の母親の作戦だろ」
「式の後はハネムーンに行くんだろ?ほら、そういうことだ」
ニヤつく二人とは対照的に、スティーブは不思議そうな顔をした。
「どういうことなんだ?」
首を傾げるスティーブに、ソーは苦笑い。
「おい、スティーブ。お前、結婚して何年経ってるんだ?」
「つまりだな…」
クリントに耳打ちされたスティーブだが、みるみるうちに真っ赤になった彼は、その場に卒倒してしまった。
悶々とした気持ちのまま結局朝まで飲んでいたトニーだが、帰宅後ベッドに倒れこんだ彼は、ペッパーの匂いの移った枕を抱き締めると目を閉じた。
しばらくして、家の中が騒がしくなってきた。ぼんやりする頭を振ったトニーが部屋を出ると、父親であるハワードがマリアと何やらテレビを見ていた。
「トニー、目が覚めたか?」
「いつ来たんだ?」
「さっきだ。来るなりマリアに捕まってしまったよ」
苦笑いしたハワードからミネラルウォーターを受け取ったトニーは、ソファーに座るとテレビ画面に目を向けた。
「何でこんなの見てるんだ?」
両親が見ていたもの…それは、自分が生まれた時から両親が撮り溜めていたビデオだった。
「だってあなたが結婚するのよ。パパとママだけの可愛い坊やじゃなくなるの。だから最後の日くらい感傷に浸らせて」
わざとらしく頬を膨らませたマリアだが、その目が潤んでいることにトニーは気付いてしまった。
一人っ子の自分は、両親の愛情を一身に受け育ってきた。だが明日からは妻を娶り、彼女と共に新しい家族を作っていくのだ。ペッパーと共に暮らしていける喜びで深く考えてはいなかったが、ここまで育ててくれた両親の気持ちは、母親が言った通りなのかもしれない。
「…父さん、母さん…その…今までありがとう」
小さな声だが聞こえた息子の言葉。ハワードもマリアも真っ赤になり俯いている息子の言葉にそっと目元を拭った。
最後の夜だから…とマリアの提案で食事に向かうことになった3人だが、その道中の車内でマリアが徐に口を開いた。
「ねぇ、トニー。ロスで一緒に暮らすことだけどね…」
3週間前に告げられた後、いろいろと考えていたトニーは口を開こうとしたが、それより前にマリアは言葉を続けた。
「ペッパーちゃんのこともだけど、ママはあなたが心配なの。お嫁さんをもらうんだから、彼女に任せておけばいいって分かってるんだけど…。でもね、あなたはいつも一人で頑張りすぎるでしょ?それが家族のことになるとなおさらよ。だから少しでも近くにいて、助けてあげれることは手助けしてあげたいって思ったの。パパもママも…もう二度とあの時のような思いはしたくないの。あなたを突然失うんじゃないかって…」
あの時…すなわち数年前の銃撃事件で、危うく命を落としかけた。そしてつい数か月前も、無理をしたせいで大怪我を負い2か月間ベッドから起き上がれず迷惑をかけたばかりだ。あの時も、自分一人でどうにかしようと思わず、両親に頼ればよかったのだ。
『あなたは一人じゃないの。あなたには守らなければならないものがあるの。だから無理しないで?』とペッパーに言われ気が付いた。自分はもう一人身勝手にしていた頃とは違うのだと。果たすべき責任と守るべき物がたくさんあるのだと。そしてそれは自分一人の力で全て解決できるものではないということを…。
涙ぐんだ妻を抱き寄せたハワードは、向かいに座り黙ったままの息子の膝を軽く叩いた。
「トニー、マリアはお前のことばかり気にしているんだ。父さんがそばにいても、口を開けばお前の話だ。それはお前が生まれた時からずっとそうだ。もちろん父さんもお前のことはいつも気になっている。子離れできていないと言われるかもしれない。それに新婚のなのだからお前は彼女と…」
「分かってる。親父とお袋の気持ち、分かってる」
父親の言葉を遮ったトニーは、姿勢を正した。
「俺からも改めて頼もうと思ってたんだ。親父、ハネムーンから帰ってきたら、俺を本社で働かせて下さい。それからお袋、本社に戻ったらまた1から仕事を覚えないといけないから、忙しくなる。だからペッパーのこと、頼んでいいか?」
「トニー…」
何度か瞬きをしたマリアの目からは涙が零れ落ちた。
「あれから俺も考えたんだ。もちろんペッパーとも相談した。二人きりでいることに正直憧れはある。だけど俺たちには俺たちを支えて愛してくれる素晴らしい両親がいる。だからこの瞬間を大事にしようって。これは俺たち二人で決めたことだ。だからお願いします」
顔を見合わせ笑みを浮かべたハワードとマリアだが、頭を下げているトニーにマリアが抱きついた。
「きゃー!!!念願の同居よ!!ママ、嬉しいわ!!あなたたちがハネムーンに行っている間に、お部屋は準備しておくから!期待しててね!!」
顔中にキスをしようとしてくる母親の猛攻を避けながら、トニーは恨めしそうに父親を見つめた。
「…頼むからあまり干渉しないでくれ…」
だが、ハワードは…。
「トニー、諦めろ。それは無理だ」
と、残念そうに、それでいて嬉しそうに肩を竦めた。