翌朝、ペッパーは早速病院へ向かった。
本当は付いていきたいが足がまだ思うように動かないトニーの代わりに、彼の運転手であるハッピーが付き添ってくれた。
「ボスには助けてもらったんです」
ハッピーとは初対面のペッパーだったが、彼とトニーとの出会いを聞き、そしてハッピーの人柄に触れると、病院へ着く頃には2人はすっかり仲良くなっていたのだった。
「順調ですよ」
先月よりも大きく育った我が子のエコー写真を手渡されたペッパーに、医師は性別を知らせようかと尋ねた。
だが、性別は来月トニーと一緒に教えてもらうことになり、病院を出たペッパーは次の目的地へと向かった。
3週間後に迫った結婚式。大筋はトニーが密かに決めていたらしく、ペッパーは自分の希望をプランナーと打ち合わせた。
そして最大の仕事はウェディングドレス選びだ。
妊婦なのだから昔から憧れていた細身のドレスは着られない。
「ポッツ様はスタイルもいいですし、背もお高いんで、こちらなど…」
スタイリストの勧めてくるドレスを次々と試着しながら、ペッパーは3週間後トニーの隣に立つ自分の姿を思い浮かべた。
Aラインのレースを贅沢にあしらったタイプのドレスに絞ったペッパーだが、どのデザインも気に入り決められない。
トニーに相談してもいいのだが、やはり当日まで内緒にしておきたい。結局、母親か義母にも相談することになり、その日の打ち合わせを終えたペッパーは帰路に着いた。
「ただいま」
夕食の用意をしていたペッパーは、トニーの声にキッチンを飛び出した。
「おかえりなさい!」
腕を広げたトニーの胸元に飛び込むと、ペッパーは彼にキスをし始めた。
「いいな、こういうの」
ボストンで共に暮らしていた時もこうやって出迎えていたが、これからは夫婦としてずっと一緒にいられるのだ。その喜びを隠し切れない二人の口づけは次第に甘く深いものになっていった。
翌朝。早朝にも関わらず鳴り響くベルにトニーは大あくびをしながら目を覚ました。
「誰だよ…」
一晩中愛を囁いたペッパーはまだ夢の中。彼女を起こさぬよう起き上がったトニーは、足を引きずりながら玄関に向かった。
寝ぼけまなこでドアを開けたトニーは目の前に思いもよらぬ人物がいたため面喰った。
「お袋?!」
どうしてLAにいるはずの母親がNYにいるのだろうか…。
ポカンとしている息子にカバンを渡したマリアは、キョロキョロと辺りを見渡した。
「ペッパーちゃんは?」
「まだ寝てる」
不機嫌そうに唸る息子をマリアはニヤニヤと小突いた。
「そうよね。この2日間お楽しみだったんでしょ?もしかして寝てないの?ダメよ、トニー。赤ちゃんがいるんだから激しくしたら…」
むふふと笑う母親にため息をついたトニーは、髪をくしゃっと掻き分けた。
「何しに来たんだ」
つっけんどんな態度にも、さすがは母親。マリアはひるむことがない。
「やーね。相変わらず冷たいんだから。もうすぐ結婚式でしょ?あなたはまだ足が動かないんだから、準備はペッパーちゃん1人がやってるんでしょ?大変よ。たった3週間しかないんだから。それにペッパーちゃんは大切な時期なの。だからね、ママが手伝いに来てあげたのよ!」
確かに妊婦のペッパー一人に全て任せきりにするのはトニーもどうかと思っていた。ペッパーのことが気に入っているマリアのことだ。手伝って欲しいと頼めば喜んで引き受けてくれるだろう。だが、母親に頼むと彼女を取られることは目に見えている。そのため、トニーはあえてマリアには頼んでいなかったのだが…。
両手を広げてアピールするマリアだが、トニーは鼻を鳴らした。
「いいよ、別に。二人でできる」
と、断ろうとしたトニーだが…。
「もう、遠慮しないの!どうせ結婚式が終わったらロスに帰って来て一緒に住むんだから」
「は?」
思いもよらぬ言葉にトニーは思わず声を上げた。だが、マリアはここぞとばかりにベラベラと話し始めた。
「あちらのご両親もね、あなたたちが帰ってくるのを首を長~くして待ってるのよ。ペッパーちゃんもご両親のいるロスで出産の方が安心でしょ?だから結婚式が終わったらあなたはロスに転属。パパの下で副社長に就任よ。家は別でもいいってパパは言うけど、ほら、我が家は広いでしょ?正直、ハワードと2人きりだと面白くないの。それにあなたが仕事で不在の時にペッパーちゃんに何かあったら大変よ。だから私たちと住みましょうね。パパも賛成してくれたから」
ハワードは常々トニーに『しばらくは親子3人、NYで暮らせ』と語っていたので、おそらく母親にゴリ押しされたのだろう。
父親の申し訳なさそうな顔を思い浮かべたトニーは、盛大にため息をついたが、幸か不幸かマリアは全く気付いていない。
「ペッパーちゃんもだけど、孫と暮らせるのよ!あー!楽しみ!あなたとペッパーちゃんの子供でしょ!世界一かわいいに決まってるわ!だから毎年頑張ってね!どんどん子供を作ってちょうだい!双子でも三つ子でも大歓迎よ!あなたたち、若いし。何人でも面倒は見るから!」
まだ1人目が生まれてもいないのに、どうして話がそう飛躍しまくるんだろうか…。トニーが頭を抱えている隙に、マリアは勝手に部屋に入って行った。
結局、ペッパーはマリアに連れまわされ、ハネムーンの休暇のために深夜まで働くトニーとはすれ違いの日々が続いた。つまり二人きりになるどころか、キスすらも満足にできない日々が続いたのだった。